共に生きる喜び
「ドリトル先生物語」と聞くと、原作者のヒュー・ロフティング(1886~1947年)の名前は出てこなくても、動物と話のできる心優しい医師の冒険譚を思い出す人は少なくないでしょう。
この物語は、土木技師としてアフリカや西インド諸島で鉄道敷設に従事していた英国人のロフティングが、第一次世界大戦で出征中、傷ついた軍馬の扱いに心を痛めたことをきっかけに発案し、幼い子どもたちへ書き送った絵物語が原形であったといわれています。
1920年、1作目の『ドリトル先生アフリカゆき』が出版されるとたちまち人気は沸騰。続編を望む声に押されてロフティングは作家になり、主にこのシリーズを執筆。61歳で亡くなるまでに、全12作の物語を書き上げました。
田舎町に住む、お金に無頓着で、いつも貧乏で変わり者という動物好きの医師ジョン・ドリトルは、飼っていたオウムから動物の言葉を教わり、知恵者のフクロウや気働きのあるアヒル、忠実なイヌ、食いしん坊の仔豚たちとともに、病気の動物を救うため世界各地に出掛けては、彼らの身の上に心を寄せ、冒険を繰り広げます。
それは紛れもなく想像の賜物のおとぎ話なのですが、手に取るように生き生きと描かれた動物の様子や、大人にも子どもにも動物にも、同じように敬意を持って接するドリトル先生の姿、そしてイヌは嗅覚、鳥は視界の広さと、動物たちがそれぞれの特性を活かして助け合う活躍劇を読んでいると、知らず知らずのうちに、命あるものへの尊敬、共に生きる喜びや心強さ、ちからを合わせる楽しさが湧き上がってくるのを感じます。
ドリトル先生物語のシリーズは10を超える言語に訳され、最初の本の発行から100年以上たった今も版を重ね、新訳も登場しています。それはロフティングが物語に込めたメッセージが、時代を超えて心に響くものであるからに他なりません。
今号の第1特集「ペットと暮らす」は、動物とのふれあいが人間にどのような影響を及ぼすか——という、ペット好きには興味深いテーマとなっています。動物とのつながりが人々の生活や心身の健康にもたらす影響についての論文は海外では数多く発表されていて、科学的に証明されたエビデンスも少なからず存在します。
また、例えば「ファシリティドッグ」と呼ばれる高度な訓練を積んだイヌを、専属の「職員」として病院に常駐させ、入院中の患者やその家族をサポートする役割を担わせるなど、動物の持つちからを積極的に役立てようという試みも行われています。
現在に至るまで、人と動物はさまざまに関わり合いながら暮らしてきました。人は動物のちからを借りることで身を守り、食料を獲得し、そして動物と共により良い生活を可能にしてきたのです。換言すれば、人類の繁栄の一端を陰で支えてきたのは、人間には備わっていない、もしくははるかに優れた能力を持つ多くの動物だったのではないでしょうか。
しかし時代が進み、ライフスタイルの変化とともに人と動物の関係は大きく変わっていきました。家庭で飼われているペットは、飼育されている動物という概念を超え、家族の一員として養育や保護、愛情の対象と見なされるようになり、人を精神的に支える存在となっていったのです。
ペットと暮らすということはまさに、ドリトル先生物語に描かれている、動物たちとちからを合わせる楽しさ、共に生きる喜び、心強さ、命あるものへの尊敬を体現する世界に他ならないのです。