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ヘルシスト 284号

2024年3月10日発行
隔月刊


人に寄り添って人を高める技術

帝国ホテル2代目本館の設計でも知られるフランク・ロイド・ライト(1867〜1959年)は、2019年にはグッゲンハイム美術館などの作品8件が世界遺産にも登録された、アメリカが誇る近代建築の巨匠の一人です。

手がけた設計は、形になったものだけでも500以上。中西部の平原にふさわしいプレイリースタイルの住宅や、手頃な価格でも安心してくつろげるユーソニアンハウスシリーズなど、固定観念や様式にとらわれない、環境や風土、用途に根ざした「有機的建築」は、特有の統一感と意匠が印象に残り、人々を惹きつけてやみません。

またライトの先見性に驚くのが、当時の科学技術(自動車や飛行機、電話やラジオ、テレビ)の普及が人々の空間や時間の感覚を変えつつあるとし、これから人は群れる必要がなくなり、そういう変化を受け入れて住み方や都市の形を考えていく必要がある、「変化は成長の法則として認識されるべき」と説いていることです。

恐慌や大戦を経験し、私生活も平坦とはいえない日々を送りながら、91歳で亡くなるまで活動を続けたエネルギーの源は何であったのか。

自伝に、住居と事務所を兼ねたタリアセンで弟子たちと囲む朝食についてつづったくだりがあります。「失敗から抜け出すために……」と始まるこの一篇によれば、「前の晩の軽く早い夜食と早く寝床に就くことが、朝食を楽しい消化とする条件である」とし、食卓には、傍らの菜園から摘んできたばかりの山盛りのイチゴにクリーム、二重鍋で4時間炊いたスコットランド・オートミール、巣から取りたてのまだ温かい卵に焼いたベーコン、収穫したてのアスパラガス、牛乳、蜂蜜、手作りのジャムにピクルス、コーヒーとグラハム・トーストが並んでいます。そして皆で楽しく食べ、「朝食とは、断食が完全に破られたことを意味する」と弾む筆致で記しているのです。ライトの元気を支えていたのは、この朝食の習慣にあったのかもしれません。


今号の第1特集で取り上げている「人間拡張」技術は、人間の機能を「身体」「感覚」「認知分析」「コミュニケーション」の4つの分野に分け、それぞれの機能を、コンピュータを介して補強・補完するという、注目されているテクノロジーです。

「人間拡張」とはなかなかなじみの薄い言葉ですが、実は身近にも存在していて、例えば身体分野では、筋力の増強(身体機能拡張)が介護の現場で使われるようになってきていますし、AIによる作業の支援(認知分析機能拡張)や障がい者の知覚機能支援(感覚機能拡張)などもすでに実用化されています。

ただ、機能を単純に補ったり、自ら操作をしないような技術は、「人間拡張」とはいえないのだそうです。産業技術総合研究所人間拡張研究センターの持丸正明研究センター長は、巻頭インタビューの中で、「人間拡張」技術の中核になるポリシーは、Sense of Agency(自己主体感)とSense of Efficacy(自己効力感)の2つだと説いています。

自己主体感とは機械との一体感のことで、遠隔ロボットやウェアラブル機器などを体の一部として自在に操作するという感覚です。一方、自己効力感とは、自分が行った操作や作業が、周囲や社会に何らかの影響・効果・共感を及ぼしていることを自覚する感覚です。

このように各分野での活用が見込まれる「人間拡張」技術ですが、実は、操作する側にも、操作のスキルが上達するにつれ、自身の能力そのものが向上していくという利点があるのです。

多様な技術の集合体である「人間拡張」技術が今後、社会に受け入られ貢献するには、分かりやすい定義は必須で、そこで提唱されたのが「人に寄り添って人を高める技術」なのだと持丸正明研究センター長は言います。

「人間拡張」技術は、「変化は成長の法則として認識されるべき」とし、科学技術の普及とともに住み方や都市の形を考えていく必要があると主張したフランク・ロイド・ライトの先見性に、まさに合致するものだというほかありません。

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