継続は力なり
「手のひらを太陽に」の作詞者で「アンパンマン」の生みの親、やなせたかし(1919〜2013年)といえば、子育て世代で知らぬ者はいない漫画家ですが、ブレイクしたのは、なんと60歳近くになってからだといいます。
漫画家として注目される日を夢見ながら携わったのは、広告デザインに始まって、テレビやラジオの台本作り、コンサートの構成、作詞、舞台美術、雑誌の編集など多岐にわたりました。この模索の日々や生い立ち、5年に及ぶ従軍体験などを率直につづった文章は人々の心を捉え、90歳を超えて自伝やエッセイ集が相次いで出版されました。
それらの本の中で、やなせが実感を込めて伝えているのが、その日その日を大事にして、それを積み上げていく大切さです。平凡でささいなことの積み重ねが、いつか非凡と思っていた結果へ手が届くことにつながると、体験を基に繰り返し説いています。
93歳のときには長寿法の本も出しますが、驚くのは夫人を亡くした70代半ば以降、自らを“十病人”と称するほど深刻な病にたびたび見舞われていたこと、そして健康に役立ちそうだと実行していることの多さです。
その幾つかを挙げてみますと、「朝、起きたら鏡に向かって笑う」「朝と昼に腕立て伏せを40回、加えて朝は40分体操」「夕食前に電動自転車こぎ」「朝食後はゆっくりトイレに籠城」「食後は歯を磨く」「寝るときはマスク」「食事は決まった時間で、間食はしない」「毎朝夜、特製の『野菜スープ』を飲む」「ショウガを食す」「ビフィズス菌のサプリを摂る」「おしゃれに手を抜かない」など。
東日本大震災後のラジオで、「アンパンマンのマーチ」のリクエストが絶えないと聞くと、やなせは子どもたちのために、復興をテーマとしたアンパンマンの映画制作に励んだといいます。実行していた健康法は、一つひとつはささいなことかもしれませんが、それを続けたところに、生涯「人を喜ばせる漫画家」でありたいという真剣な思いを感じます。
どんなことでも確かな生活様式を続けていくことが大切であり、健康を保つ秘訣でもあることを、あらためて認識させられます。継続は力なり——。この格言はがん医療にも当てはまるのではないでしょうか。
がん治療の一つである化学療法は「細胞障害性抗がん薬」、いわゆる抗がん剤が治療の中心でした。第一次世界大戦で使用された毒ガスから生まれた抗がん剤は、がん細胞を破壊する能力の高さが特徴です。ただ毒性が非常に強く、正常細胞にも影響を与えて副作用を引き起こすことが大きな課題でした。そのため、つらい副作用に耐えきれず、抗がん剤を中止しなければならなくなる人は少なからずいます。治療を諦めざるを得なくなったとき、ある専門医は、「5年間頑張れば、そのときはより良い薬が登場しています」と、治療の継続を説得してきたといいます。
事実、がん細胞をピンポイントで狙う「分子標的療法」がその後開発され、抗がん剤に続く選択肢の一つとして加わりました。分子標的療法は正常細胞を傷つけるリスクが低く副作用も比較的強くはないのですが、薬剤としては毒性が弱く、攻撃力は抗がん剤に及ばないという弱点を持ちます。
そこで考え出されたのが、がん細胞だけに結合する抗体に、抗がん剤など毒性が強力な薬剤を結合させた「武装化抗体」を用いる方法です。武装化抗体はがん細胞に正確に届くため病変組織を集中して攻撃することができ、一方、正常細胞への影響は最小限にとどめられます。多様な薬剤の構成が可能なため、他の病気にも応用できる汎用性を有する画期的な手法と注目されているのです。
実際、5年前と比較すると治療法は多様化し、「薬物療法」は劇的な進化を遂げています。そして今、武装化抗体を用いた新たな治療法の開発が進んでいます。もはや5年待つ必要はないのかもしれません。