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ヘルシスト 277号

2023年1月10日発行
隔月刊


千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす

宮本武蔵(1582?〜1645年)は江戸時代初期に実在した武芸者で、芝居や小説、映画などにも、たびたび取り上げられてきました。

武蔵の青年期は関ヶ原の戦いの前後で、所領や家禄を失った武士が仕官の途を求めて各地を回る武者修行が、盛んに行われていました。武蔵は20代の終わりまでに60回余りの命を懸けた勝負に臨み、一度も負けを知らなかったといいます。そして後半生は、勝った道理を探求することに努め、また姫路の本多家や明石の小笠原家、熊本の細川家などの大名の客分となって、その子弟や家臣に剣術や兵法を教え、多くの弟子を育てました。

武蔵が死の直前に書き上げた『五輪書』は、がなくなった時代に生きる武士たちに、武士としてのあるべき姿を伝えようとした指南書といわれています。現代に読み継がれ、今や10を超える言語に訳され海外でも読まれていますが、それは多くの実戦から得た合理的で率直な言葉が、時代や立場を超えて読む人それぞれに、行く道を照らす人生訓として響くからに違いありません。

印象に残ったのは、体を使って得るものを重んじていること。例えば剣術の鍛錬は、常なるときも、戦いのときも、心は真ん中に置いて、静かに揺るがせる、という心の持ち方の教えから始まります。これはなかなか難しそうですが、千日の稽古、万日の稽古を積み重ねていくことで、やがてそういう感覚をつかむことができるようになるというのです。

全編にわたり、「能々工夫すべし」「よく吟味すべし」と細かく繰り返し、読むだけでなく実際に自分の体で試し、工夫してみるのを促しているのも、その効果を知るからでしょう。

頭で考えるのと同様に、体を使って得る作用があることを、忘れてはならないのです。


気候変動が原因と考えられる多くの気象災害が、世界各地で起きています。日本も例外ではなく、近年は巨大化した台風がたびたび到来するようになり、線状降水帯や、いわゆるゲリラ豪雨が各地に深刻な洪水・土砂災害をもたらすようになってきました。一方、日本はこれまで数多くの深刻な被害を経験してきた有数の「地震災害国」で、いつか、どこかで大規模な地震が確実に発生することを覚悟しておかなければなりません。私たちはこれから、気象災害と地震という2つの災害と向き合っていかなければならないのです。

日本はトップレベルの地震・津波・火山活動の観測・予測システムを有する国です。気象庁の観測・予測の精度は各段に進歩しています。さらに緊急地震速報や予測・避難といったアラートも、防災無線・メディア・アプリなど多様な方法を用いて迅速かつ確実に伝達できるようになってきています。

観測・予測システムがいかに進化しようと、災害をもたらす自然現象は必ず発生します。対する防災は、過去の記録を考慮して災害の発生を抑止することが基本的な考え方でした。しかし、特に気象現象は極端になっていくことが確実視されていて、災害を抑え込むという考え方はもはや現実的ではなくなってきています。今では、ある程度の災害は許容しつつ住居を移すなど、環境を整備することで生活を守る手段へと転換しつつあるといいます(P2参照)。

確かに日本には、観測・予測・情報伝達・防災など、自然災害に対する高いレベルの危機管理システムがあるのですが、最も大切なことは、私たち一人ひとりが、今後起こりうる気象現象の危険性を把握し、いざというときは情報を正しく理解して適切に行動できるかどうか―ではないでしょうか。

宮本武蔵は「読むだけでなく実際に自分の体で試し、工夫してみる」と説いています。実際に体を動かして体感する「防災訓練」が、これからは必要になってくるのかもしれません。

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