特集 科学的防災のススメ 増える洪水・土砂災害——情報活用で適切な行動を!

文/茂木登志子

大規模な水害が世界各地で多発している。日本でも洪水や土砂災害が各地で起こっている。いざというとき、適切な避難行動を取るためには確かな情報は不可欠だ。今は気象庁の危険度分布情報サイト「キキクル」をはじめ、インターネットやマスメディアから、信頼できるさまざまな防災情報が得られる。また、地方自治体が公表しているハザードマップを見れば、身の回りの危険をあらかじめ把握できる。適切に行動するには、情報を総合的に活用することが何より重要なのだという。

静岡大学防災総合センター教授

牛山素行(うしやま・もとゆき)

1968年、長野県生まれ。信州大学農学部森林工学科卒業、岐阜大学大学院連合農学研究科博士課程(信州大学配置)修了。岐阜大学博士(農学)、京都大学博士(工学)。東京都立大学地理学教室客員研究員、京都大学防災研究所助手、東北大学大学院災害制御研究センター講師、岩手県立大学総合政策学部准教授、静岡大学防災総合センター准教授などを経て、2013年から現職。専門は災害情報学。風水害を中心に、人的被害の発生状況、災害情報の利活用、避難行動などの調査研究に取り組む。

静岡大学防災総合センターの牛山素行教授は、規模の大きな風水害が発生すると、人的被害が生じた箇所を中心に現地調査を行っている。また、日本で発生した洪水・土砂災害による犠牲者(死者・行方不明者)の発生状況についても継続的な調査を続けている。

洪水・土砂災害は起こりうる所で発生する

「そうした調査を重ねるたびに実感するのが“洪水や土砂災害は、起こりうる場所で発生する”ということです。洪水と土砂災害に関していえば、予想もつかないような所で人的被害が発生することは極めて少ないといえます」

土砂災害や洪水の人的被害が起こりうる場所とは、一体どんな所なのだろうか。

「土砂災害が起こりうる場所は、基本的にはハザードマップで色が塗られている所です。私の調査結果によると、土砂災害の場合、その犠牲者の約9割は、ハザードマップで示されている土砂災害警戒区域内やその付近で発生していました」(図1)

静岡大学防災総合センター牛山研究室調べ

図1 「土砂」犠牲者発生位置と土砂災害警戒区域等*1の関係1999〜2020年の土砂災害犠牲者の92%が、土砂災害警戒区域等の範囲内またはその近傍で遭難していた。

ハザードマップは、自然災害が発生したときに、どこで、どのような災害が起こるのかを予測し、地図に示したものだ。被害の軽減や防災対策に使用することを目的とし、災害の種類ごとに、地方自治体などにより作成・公表されている。

だが、ハザードマップを過信するのは危険だ。土砂災害は、ハザードマップで危険を示す色が塗られている所だけで起こるわけではないと、牛山教授は言葉を重ねた。

「注意しなければならない典型例は山間部の道路です。崖に面している、近くに川がある、渓流を渡る箇所がある。そういう道路はいくらでもありますが、そのすべてがハザードマップで色が塗られているわけではありません」

なぜか?

「土砂災害警戒区域などは、住家など“人がいる建物が存在する場所”が基本的な指定対象だからです。ですから、地形的に土砂災害が起こりうる場所でも、人がいる建物がなければハザードマップには色が塗られていないのです」

山間部の道路で、急斜面沿いや土石流の危険性がある渓流付近を通る道は、ハザードマップに色が塗られていないからといっても決して安全な道だと判断してはいけないと、牛山教授は警鐘を鳴らす。

大きな川ではないから安全との判断は危険

一方、洪水の場合、ハザードマップの洪水浸水想定区域付近で発生した犠牲者は、災害時に水関連で亡くなった方々(洪水・浸水に起因する犠牲者と、増水した川に接近して転落するなどして生じた犠牲者の合計)の5割強程度だという(図2)。

静岡大学防災総合センター牛山研究室調べ

図2 「洪水」「河川」犠牲者発生位置と洪水浸水想定区域*3の関係1999〜2020年の洪水・河川災害犠牲者の54%が、洪水浸水想定区域またはその近傍で遭難していた。

「ハザードマップに示されている洪水浸水想定区域の指定は主な河川を中心に作業が進められているため、国管理の大きな河川はほとんど整備が完了しています。しかし、都道府県などが管理する中小河川ではまだ指定が進んでいない地域もありますし、さらに小さな河川も洪水と無縁ではありません。ハザードマップに色が塗られていない、あるいは大きな川ではないからといって安全だと判断してはいけません」

洪水の起こりうる場所は、地形に特徴があるという。

「地形は“山地・低地・台地”の3つに大きく分けられます。この3つのうち、洪水の可能性がある地形は低地です。実際、水に関連する犠牲者について、その発生位置と地形の関係を調べたところ、約9割の犠牲者が低地で発生していました」(図3)

静岡大学防災総合センター牛山研究室調べ

図3 「洪水」「河川」犠牲者発生位置と地形の関係1999〜2020年の洪水・河川災害犠牲者の90%が、地形的に洪水の可能性がある低地で遭難していた。

地形的な低地とは、標高などではなく、“川の高さとあまり変わらない高さの低平な土地”を指している。また、川の高さとは、普段の水面ではなく、満水時の水面の高さだ。

「低地は、現在でも川の水によって形成が行われている地形であり、洪水が起こりうる場所です。しかも低地は特殊な場所ではなく、市街地や集落となっていることも多くあります。ハザードマップで色が塗られていなくても、川と同じくらいの高さにある場所は、洪水の影響を受けうると理解しておくといいでしょう」(図4)

静岡大学防災総合センター牛山研究室調べ

図4 「川と同じくらいの高さ」の場所は洪水の可能性がある洪水が起こりやすい「低地」は、図のような「川と同じくらいの高さ」を指している。ハザードマップで洪水浸水想定区域と示されていなくても、こうした低地は洪水の影響を受けやすい。堤防などがない中小河川では特にその危険性を理解しておく必要がある。

洪水や土砂災害など何らかの危険が身に差し迫っているときに、そうした自然災害から「生命または身体を保護するための行動」が避難行動だ。

避難行動にもさまざまな形がある。災害の危険性がある場所を離れ、安全な場所に移動する行動は「立退き避難」と呼ばれている。こうした立退き避難の避難先として誰もがすぐに思い浮かべるのが避難所ではないだろうか。

「避難行動イコール避難所に行くこと、というのは誤解です。避難所に行くことは、あくまでも避難の手段の一つです」

牛山教授がこれまで調査してきた事例の中には、避難途中や避難先で命を落としたというケースがあったという。

「2009年8月9日夜、兵庫県・佐用町での豪雨災害では同町内で死者・行方不明者20人が生じました。実は、このうち12人は、避難先に向かう途中で被害に遭ったのです。こうした事例などもきっかけとなり、避難所に向かうことだけが適切な避難行動というわけではないといわれるようになりました」

危険がある所では立退き避難が原則

内閣府のガイドラインでは立退き避難の避難先として、市町村が指定した「指定緊急避難場所」とともに「安全な親戚・知人宅、ホテル・旅館等の自主的な避難先」が挙げられている。特に新型コロナウイルス感染症流行以降は、感染予防の視点も加わり、避難所に行く以外の避難のあり方も広く受け入れられやすくなったと感じられると牛山教授は言う。

だが、宿泊施設がすべて安全というわけではない。2022年9月に発生した台風15号による豪雨で、静岡県静岡市葵区の温泉旅館が洪水と土砂災害に襲われ、宿泊客などが市消防ヘリコプターに救助されるという被害事例が発生した。

「宿泊施設でも親戚・知人宅でも、避難しようとする先が安全かどうか、ハザードマップなどで事前に確認しておくことが大変重要です。また、宿泊施設は避難場所として無料開放されるわけではなく、通常通り宿泊費を支払う必要があります」

立退き避難をしなくても、建物の上階に移動したり、高層階にとどまることで安全が確保できる場合もある。このような行動を「屋内安全確保」という。

「土砂災害の危険性がある場所では立退き避難が原則とされています。また洪水浸水想定区域のうち“家屋倒壊等氾濫想定区域”とされている所は、洪水時に家屋が流出・倒壊等の恐れがあるので、やはり立退き避難が基本です。一方、浸水の可能性があってもマンションなど高い建物に住んでいたり、想定される浸水があまり深くないような場合には屋内安全確保も避難行動の一つとされています。ただしその場合は、建物付近の想定される浸水深を確認した上で、浸水により孤立しても数日程度は対処できるよう事前に準備しておくことが必要です」

土砂災害は山の中、洪水は川の近くや低地で起こる。悪天候が予想されるときには、こうした災害のリスクがある場所には近づかないことも一種の避難行動だ。また、土砂災害では“水が濁る”というような前兆現象があるといわれる。だが、牛山教授は、そういうことが起こってから避難準備を始めても間に合わないという。

「そうした現象は、もうどこかで斜面が崩れたりして土砂が動き始めている、つまり災害発生を示す情報です。それが土石流ならば、自分がいる所に到達するまでに残された時間は秒単位しかない可能性があります」

こうした避難行動は、どの時点で始めればいいのだろうか。

「最初のタイミングは、気象庁で記者会見が行われたり、テレビなどで普段の天気予報以外の枠で天気に関する情報が出されたりするようになったときです。“平常時ではない状況”が始まっていると受け止めてください」

水深50㎝以下でも流されることがある

平常時ではない状況が始まってからの避難行動には、適切なタイミングと判断が不可欠だ。その際に役立つのが、それぞれの場所の、危険性の認識と情報収集だ。

「危険性の認識についての基本は、繰り返しになりますが、洪水・土砂災害の危険性がある所には近づかない、ということです。なぜならば、前に述べたように、私の研究結果では、洪水・土砂災害の犠牲者の9割前後はそうした災害が起こりうる場所で発生しているからです」

天候が悪化してから家の周りに土のうを積む作業をしたり、田畑や近くの川に様子を見に行ったりするのは絶対に避けたい行動だ。また、雨脚が強まってきて浸水が始まっている状況下では、徒歩でも自動車でも移動は避けたい。私たちが予想する以上に簡単に押し流されてしまう危険があるという。

「防災パンフレットなどでよく“水深50cm以上になると流される”という記述を見かけるのですが、これは誤解を与える表現だと危惧しています。流されるかどうかは、水深と流速の組み合わせで決まります。水深が50cmより浅くても流速が速ければ流されてしまいます。また、体力や体格など、個人差も関係します」

自動車の場合、30㎝くらい浸水すると、エンストして制御不能になるという。また、自動車が水に浮いてしまうと、これも制御不能でなすがない。このようなときは周囲を洪水が激しく流れている状況となっている可能性も高く、そうであれば仮に自動車から脱出できたとしても人はその場で流されてしまう。

「水が流れていたら、人も自動車も、そこに入ってはいけません。水に立ち向かって避難所へ向かうような必要はありません。水からは逃れなくてはなりません。水は低いほうに流れるので、少しでも高い所に逃げてください」

平常時ではない状況が始まってからは、いくつかの気象情報をトータルで活用していくことが重要であり、そうした情報収集で役立つのが、気象庁の“キキクル”だと牛山教授は推奨する(図5)。

出典:気象庁HP

図5 キキクル(危険度分布)の例キキクルは気象庁が公開している危険度分布の無料情報サイトだ。スマートフォンやパソコンの検索サイトで「キキクル」と検索すると公式サイトにアクセスできる。

「気象庁のウェブサイトにある情報で、“洪水キキクル ”や“土砂キキクル ”など、地図上に、洪水とか土砂災害の危険性が色で分けてリアルタイムに示されます。雨量は報道でもよく伝えられますが、どの程度の雨が降れば災害につながりうるかは地域による差が極めて大きく、雨量だけで危険性を読み取ることは困難です。しかし、キキクルならば色でわかります」

自然災害の引き金となる悪天候時には、市町村から避難情報が発令される。事後に、発令の遅さを指摘する声が出ることもあった。しかし、状況が急変することもあるため、避難情報を待つ受け身の姿勢では被害を防げない場合もある。

文部科学省の学習指導要領の下、小学校から高校まで、防災を含む安全に関する教育が実施されている。大学入試共通テストの地理では、災害・防災に関わる問題が頻出でもあるそうだ。マスメディアをはじめ、インターネットやさまざまなアプリなど、防災に関する情報を提供する仕組みも飛躍的に向上している。

「気象庁は精度の高い予測を、市町村も適切な避難情報を出せるようそれぞれ頑張ってはいます。しかし、住民一人ひとりに対して『あなたはこうしてください』といった行動指南をすることはできません。私たち自身が身の回りの危険性を把握し、情報を活用して適切な行動を取ることが重要です」

(図版提供:牛山素行)

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2023年1月10日発行
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