特集 科学的防災のススメ 進化する観測システム——陸海統合地震津波火山観測網

構成/河﨑貴一

地震大国・日本は、地震、津波、火山活動に関して最も進んだ観測システムを有する国の一つだ。全国の陸域から海域までを網羅する約2100カ所の観測データを統合し、気象庁などの関係機関と効率的に情報共有を行うため、防災科学技術研究所は陸海統合地震津波火山観測網(MOWLAS)の本格的な統合運用を2017年に開始した(図1)。地震発生直後に緊急地震速報が配信され、約1分半で震度情報が出される。これができるのは日本だけだ。

国立研究開発法人防災科学技術研究所 地震津波火山ネットワークセンター長

青井 真(あおい・しん)

1991年、京都大学理学部卒業。1996年、同大大学院理学研究科修了、博士(理学)。同年、防災科学技術研究所入所。2000〜2001年、アメリカ地質調査所にて文部科学省長期在外研究員。2005年、文部科学省研究開発局地震・防災研究課地震調査官。2006年、防災科学技術研究所地震研究部地震観測データセンター強震観測管理室長。2010年から現職。2013年から防災科学技術研究所総括主任研究員、2019年から同研究所地震津波防災研究部門部門長、同研究所南海トラフ海底地震津波観測網整備推進本部副本部長を兼任。

図版提供:防災科学技術研究所

図1 陸海統合地震津波火山観測網(MOWLAS)観測点配置図防災科研では、全国の陸域から海域までを網羅する陸海統合地震津波火山観測網(MOWLAS:モウラス)の構築と運用を行うとともに、そこから得られる観測データを使った研究を行っている。

今(2022年10月27日13時09分頃)、中部地方(三重県北部)でM3.7の有感地震(最大震度2)が起きました。ディスプレイの地図上の赤い丸が同心円状に拡がっているのは地震の揺れの伝わりを表しています。白い丸は過去24時間以内に起きた地震。プラス印は過去1カ月以内の地震。色が白から灰色になるに従って、古い地震となります。

(横に設置された別のディスプレイを見ながら)波形のグラフは、地震の揺れと時間経過を表しています。1秒ごとに全国から送られてきたデータをリアルタイムで表示しており、ディスプレイ1画面で10分間のデータを表しています。

日本では地震は絶えず起きている

防災科学技術研究所(防災科研)に送られてくるデータには1日に500個程度の地震があり、年間15万~20万個の地震のデータが集まってきます。日本は、体に感じないものも含めると、絶えずと言っていいほど地震が起きています。

兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が1995年1月17日に起きるまでは、日本の地震の研究は、地震の短期予知といって、「1週間後に地震が来ます」「明日起きます」というように、地震の発生を事前に予知するのが研究のメインテーマの1つでした。当時、東海地震説というのがあり、社会的に大きなインパクトがある地震が東海地方で起こるだろうと考えられていました。その予知をするために、東海地方を中心に多くの観測リソース(資源)が注ぎ込まれていました。地震学者はもちろん、東海地方以外では地震が起きないと思っていたわけではありませんが、結果として、東海地震の指定地域外で起きた兵庫県南部地震により6400人以上の方が亡くなるなど、大変大きな被害を出した阪神・淡路大震災が起きました。この地震の最大震度は7でしたが、地震発生直後には政府はそれを把握することはできず、震災の概要を把握するのに数時間から半日かかったといわれており、それは社会的に非常に大きな課題となりました。

その教訓をもとに、それまでの研究のあり方を見直し、地震防災対策特別措置法に基づいて地震調査研究推進本部(地震本部)が設置されました。地震本部により策定された基盤的調査観測計画により、防災科研は地震の観測を担当することになりました。当時、科学技術庁長官が本部長を務めており、初代本部長は田中眞紀子衆議院議員でした。その後、科学技術庁は文部省と統合して文部科学省となり、現在の本部長は永岡桂子文部科学大臣です。

陸域から海域までを網羅する観測網

それからは、日本ではどこでも地震が起こり得ることを前提に、特定の地方を重点的に観測するのではなく、全国を均一に覆うように観測網を整備してきました。観測の目的は、地震による被害の軽減と地震現象の解明で、具体的には、

1) 長期的な地震発生の可能性の評価
2) 地殻活動の現状把握・評価
3) 地震動や津波予測(ハザードマップ)の高度化
4) 緊急地震速報などのような地震に関する情報の早期伝達

の4つを目標にしています。

防災科研では、陸域においては以下5つの観測網を整備し、1900カ所以上で観測を行っています。

高感度地震観測網(Hi-net)は、揺れを感じることができないような非常に小さな地震まで観測しています。観測施設は、全国に約20㎞間隔で約800カ所あります。

全国強震観測網(K-NET)は、非常に強い揺れでも観測機器が振り切れることなく観測できる強震観測網で、計測震度計としても使われています。観測施設は、全国に約20㎞間隔で約1000カ所あります。

基盤強震観測網(KiK-net)では、地表だけでなく地中にも強震計が設置されており、強い揺れへの地盤の影響の解明にも役立っています。Hi-netと観測施設を共用しています。

広帯域地震観測網(F-net)は、周期の長いゆっくりとした揺れまで捉えることができる広帯域の観測網です。全国に73カ所設置されています。

これらに加えて、基盤的火山観測網(V-net)により、16火山55観測点で火山活動を観測しています。防災科研の陸域の観測では、地震計や強震計、傾斜計が使われます。それらに加えて、火山の観測ではGNSS(衛星測位システム)を使った地殻変動の観測も行っており、マグマの上昇に伴い山体が膨らんだりして2地点間の距離が変わるのを捉えることができます。

2000年代初頭ぐらいには陸域に関してはおおむね現在のような観測ができるようになりました。しかし2011年3月11日に、強い揺れだけでなく巨大な津波による被害を伴う東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震が起きました。この地震は関東地方を含む広域で震度5弱以上(最大は宮城県栗原市の震度7)が記録されましたが、死者・行方不明者2万人以上、全半壊の住家被害40万戸以上(消防庁調べ)という甚大な被害の多くは東日本の太平洋沿岸を中心に襲った大津波によるものでした。

気象庁は、「津波警報は3分以内に出す」ことを目標にしてきました。それは、1993年の北海道南西沖地震(M7.8)によって発生した津波によって、奥尻島(北海道)では死者202人・行方不明者28人の被害が出ましたが、このとき、「地震発生から3分で津波が到達した」といわれたのがきっかけでした。

沖合20㎞の観測機器が大きな津波を計測

東北地方太平洋沖地震でも気象庁は地震発生後3分で津波警報を出すことができました。ただ、この地震のマグニチュードはM 9.0でしたが、地震発生直後の観測ではM7.9と評価されました。「M9.0」と「M7.9」は、わずか「1.1」しか違いませんが、エネルギー量にすると、約40倍の差があります。当初の津波警報で「1~6m」だったのが、28分後に「3~10m以上」と、倍以上の津波高であると警報が更新され、実際に高い津波による大きな被害が起きました。28分後に津波警報を更新できたのは、沖合約20㎞の所に係留されていたブイ式の観測機器(国土交通省のGPS波浪計)が大きな津波を計測したからでした。津波警報が更新されたときにはすでに広域で停電が起きているなどにより、情報を必要とする人に情報が届かなかったことが、多くの人的被害を出した原因の1つであるといわれています。陸域における地震の観測データだけから津波を推定することは、精度だけでなく時間的にも困難であることが改めて認識されました。

これらの教訓をもとに、政府は日本海溝海底地震津波観測網(S-net)を構築することを決め、防災科研がその構築を実施しました。S-netは、東北地方太平洋沖を中心に北海道沖から房総沖の海域の海底に設置した150カ所の観測点を総延長約5500kmの海底ケーブルで結び、海域で発生する地震と津波をリアルタイムで観測することのできる世界最大規模の観測網です。

S-netでは、海底の揺れを測るための地震計に加え、津波を測るために水圧計を使っています。津波が水圧計の上を通るとき、海の深さが変わって水圧が変化するため、水圧計を使って津波を測ることができるのです。長さ2m余りの金属製耐圧筐体(ケース)に組み込まれた観測装置は海底ケーブルによって数珠つなぎにされ、接続された陸上局に24時間・365日連続で観測データを伝送しています。陸上局は基本的に海底ケーブルの両端に1カ所ずつ設置されており、データを双方向に伝送することにより、ケーブルが大地震に伴う海底地滑りなどで切断された場合でも、残った海底ケーブルを使って観測データを受信できるようになっています。観測装置と海底ケーブルの敷設は、通信ケーブルの敷設で用いるケーブル敷設船によって行われます。水深1500m以浅の海域での敷設に際しては、底引き網漁など漁業へ極力影響を与えないよう、1m程度の溝を掘り海底下に観測装置や海底ケーブルを設置しています(図2)。

相模湾に設置されている海底地震観測装置の模型。

海域の観測網に使用されている海底ケーブル。

高感度地震観測網(Hi-net)の観測装置。

図2 防災科研の地震津波観測網に使用されている観測装置

南海トラフでは近い将来巨大地震が発生し、地震や津波で大きな被害が出ることが懸念されています。御前崎(静岡県)沖から志摩半島(三重県)沖の海域では、気象庁が構築した東南海ケーブル式常時海底地震観測システムで、同庁が監視を行っています。またその西の海域には、地震・津波観測監視システム(DONET)が構築されています。DONETは、熊野沖を観測するDONET1と、紀伊水道から室戸岬までの沖合を観測するDONET2の2つのシステムがあり、全部で51カ所の観測点が設置されています。

直後に緊急地震速報や震度情報を配信

防災科研は、これら全国の陸域から海域までを網羅する7つの観測網を、陸海統合地震津波火山観測網(MOWLAS: Monitoring of Waves on Land and Seafloor)として統合し、2017年11月より本格運用を開始しました。MOWLASの観測点は、全国に全部で2100カ所余りあります。それらのデータを防災科研に集めてから気象庁に転送すると時間がかかってしまいます。そこで、IP-VPN(インターネットの仮想プライベートネットワーク)上に「EarthLAN」という地震観測に特化したネットワークを構築することにより、防災科研(茨城県つくば市)だけでなく、気象庁の本庁(東京都)と大阪管区気象台の3カ所へ同時に直接データを送信できるようにしています。大学や研究所、自治体、博物館、鉄道事業者などにデータを伝送しているほか、世界中にインターネットを介して観測データを公開しています。

日本では、地震が発生し最大震度が5弱以上と予想された場合には、震度4以上が予想される地域を対象に気象庁により緊急地震速報(警報)が発表され、テレビやラジオ、スマートフォンなどを通じて配信されます。また、地震発生後1分半くらいでテレビに全国の震度情報が表示されます。これほど詳細な情報が国全体で出るのは、世界の中でも日本だけと言っていいでしょう。気象庁は2023年2月1日から、従来の震度の情報に加え、長周期地震動の情報も緊急地震速報として発表する予定です。

DONETの西側、高知県沖から日向灘にかけての海域は現在、地震津波観測の空白域となっています。防災科研はこの海域に、南海トラフ海底地震津波観測網(N-net)を構築するためにシステムの開発・整備を進めているところです(図3)。

図版提供:防災科学技術研究所

図3 南海トラフ海底地震津波観測網(N-net)イメージ図南海トラフ海底地震津波観測網(N-net)を構築することにより、地震動や津波の即時予測の迅速化と高精度化や、地震や津波の現象解明を可能とすることで地震津波災害の軽減に貢献する。

(図版提供:防災科学技術研究所)

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2023年1月10日発行
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