野本教授の腸内細菌と健康のお話38 ビフィズス菌の腸内定着

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
客員教授

野本康二

ヒト腸内の最優勢嫌気性菌群の一種であるビフィズス菌は、パリのパスツール研究所附属病院に小児科医として勤務していたアンリ・ティシエ(Henri Tissier、1866〜1916年)によって、小児便から分離され。ティシエは、食事治療にビフィズス菌の培養液を処方してい。まさに、プロバイオティクスの臨床利用の起源といえるだろう。

ヒトの腸内から分離されるビフィズス菌種は、Bifidobacterium adolescentisB. angulatumB. bifidumB. breveB. catenulatumB. faecaleB. kashiwanohenseB. longum subsp. infantisB. longum subsp. longum、およびB. pseudocatenulatumの9菌種2亜種であると報告されてい。通常分娩児では、出産時に母親由来の腸内細菌や内細菌を受け取ると考えられている。これを「垂直」という(一方で、外部環境由来の微生物群も腸内フローラ構築に関与することが示唆されている:水平伝播)。母親から子どもへのビフィズス菌の垂直伝播を示す興味深い研究結果があ。すなわち、母親と子どもの複数の組み合わせにおいて、母親の出産前後および子どもの便中のビフィズス菌の遺伝的な解析を行ったところ、母子の便から分離されたビフィズス菌株の遺伝子配列は同一であった。他方、異なる母子間では分離菌株は異なっていた。

また、166人の子どもについて生後1日目から3年目にわたって新鮮便の細菌叢を調べたところ、出生後短期間に菌叢構成が劇的に変化することがわかった。最も早く腸内に定着する菌群の大勢は大腸菌やブドウ球菌のような通性嫌気性菌であったが、生後1カ月後になると、ビフィズス菌が大腸菌やブドウ球菌に取って代わり、3カ月目には最優勢に達し。さらに、様式(経腟分娩と帝王切開)や栄養形式(母乳と人工栄養)が乳児腸内におけるビフィズス菌の定着に影響を及ぼすことも示され。最近の研究においても、生後間もなくの大腸菌類(腸内細菌科菌群)の占有率が最も高い状態から、ビフィズス菌を主体とするフローラに遷移し、さらに1歳ほどを目途に成人型の多様な嫌気性菌を最優勢とする腸内フローラに至ることが報告されてい

成人腸内におけるビフィズス菌の恒常的な腸内生息を示す興味深い研究結果があ。すなわち、健常な日本人成人ボランティア6人(A~F)について、連続した8カ月間に、便中に含まれるビフィズス菌の菌種(グループ)レベルの数が月に1回、定量的に調査された。その結果、例えば、Aでは調査期間を通じて5菌種のビフィズス菌(B. adolescentisB. catenulatumB. longumB. bifidumB. breve)が検出され、各菌種の菌数レベルは期間を通じてほぼ安定していた。B、C、Dの3人においても個人ごとに特徴的な組み合わせのビフィズス菌種のみ(3~4菌種)が、試験期間中に多少の増減はあるものの菌数レベルを維持した状態で常に検出された。Eについては、試験期間を通じてほぼ1種類(B. longum)しか検出されず、菌数も他の被験者に比べてはるかに低かった。また、試験開始前に抗生剤を服用していたFでは、調査開始から2カ月間はビフィズス菌は検出されず、3カ月目に至ってB. catenulatumおよびB. breveが検出され、次いでB. adolescentisおよびB. longumがこれらに加わる、という推移が示された。これらの結果は、総じて見れば、健常成人において、腸内のビフィズス菌が個人ごとの特徴的な構成を持って長期間安定して生息する、という腸内フローラの恒常性の一端を示しているといえる。

以上のような固有のビフィズス菌種の腸内定着のメカニズムはいまだ不明であるが、特定の炭水化物源(オリゴ糖などのプレバイオティクス)の継続的な摂取とこれの高い利用能を有するビフィズス菌種の腸内定着誘導が示唆されてい

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