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ヘルシスト 270号

2021年11月10日発行
隔月刊


死について学ぶ

——医療技術の進歩により平均寿命が格段に延びても、我々の死亡率はやっぱり100%!であるなら、いつかは必ず直面する自分自身の死と、身近な人の死に対する準備が必要である——

ドイツに生まれたアルフォンス・デーケン(1932~2020年)は、1959年に来日。司祭となり、大学で「死の哲学」を教えながら、生涯にわたって講演や著書で「死への準備教育」を呼びかけ、ホスピスの普及に尽力し、死をタブー視しがちな日本の人々へ、死生学(死に向き合い、死までの生き方を考える学問)を広めることに努めました。

著書の一冊『より良き死のために』では、まず死について学ぶことを勧めています。死を迎える人の心理状態において、どういう恐れや不安があるのか。また愛する人を亡くした人がたどる悲嘆の過程はどのようなものか。それらはどこから来て、自分でコントロールできるものであるのか、できないものなのかを明確にします。そして変えることができないものは受け入れ、変えられるものは改め、備えるべきことは準備するという対処の仕方を、体験したエピソードをもとに説いているのです。

全編に紹介されている死に逝く人、見送る人のこまやかな姿からは、死は遠い一様のものではなく、各自が近くに引き寄せて自由に考え、それぞれの価値観を携えて臨むべきもの、と実感させられます。

欧米では、子どもの頃から学校などで死について学び、考える機会が設けられていると聞きます。やがて訪れる自分の死、そして愛する人々の死について考えるのは勇気が要ることです。けれども、死は生の延長線上にあり、向き合い、備えることで、試練は心豊かに生きる時間へと変えることができる、死はすべての終わりではない、という教えは、背中をそっと押してくれます。


死とは何かを生物学の視点から考察した『生物はなぜ死ぬのか』の著者・小林武彦教授(東京大学定量生命科学研究所)のインタビュー記事が、今号に掲載されています(「細胞と遺伝子」)。大宅壮一ノンフィクション賞受賞のノンフィクション作家・河合香織さんは冒頭、死が不可避なのはわかるが、「死ぬために生まれてくる」というのはどういうことだろうか。死ぬために生まれる理由を考えるには、まず地球と生物の成り立ちを振り返らなければならない——と、問題提起をします。それに対して小林教授はこう応じます。

「地球の最大の魅力が、『ターンオーバー』です。作っては分解して作り替えるリサイクルで、常にすべてが生まれ変わり、入れ替わっています。生物についても同様に、大量に死んで消えてなくなる絶滅があるからこそ、新しい生物が生まれたのです」

地球上の生物にとって死は、進化と繁栄のための自然の摂理です。しかし「不老不死」という欲望にかられた私たち人間は、いつの時代も、老いもせず、死にもしない方法を見つけるべく尽力してきました。その結果、「不死」はかなわないにしても、「不老」は、老いのスピードをなんとか遅らせることができるまでにはなってきました。

ただ、私たちが欲望だけを追求し、自然破壊を繰り返し、摂理に反して他の生物を死に至らしめれば生物多様性はあっというまに崩壊し、その報いはいずれ還ってきます。小林教授は、人類はこの先、50年ももたないかもしれないと危機感を持ちます。

私たちはどうしても、死を私的なイベントと考えてしまいますが、生物学的には進化と存続のかかった未来に向けた必然であり、公的なものです。

『よく死ぬことは、よく生きることだ』は、乳がんの闘病記を死ぬまで書き続けたジャーナリスト・千葉敦子さんの名著のタイトルです。死についてさまざまな観点から学び、「よく生きる」とはどういうことなのか——自分なりに考察してみてもいいかもしれません。

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