野本教授の腸内細菌と健康のお話24 次世代プロバイオティクスを探る腸内嫌気性菌の培養法

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
動物共生微生物学研究室教授

野本康二

腸内細菌のほとんどは下部消化管(主に大腸)に生息している。その主体は、嫌気性菌と呼ばれる酸素を嫌う(酸素のある〈好気〉条件下では増えることができない)細菌群である。したがって、嫌気性菌を培養するために、嫌気的な環境(空気を、3種混合ガス〈窒素、水素、二酸化炭素〉で置き換えた環境)が必要となる。培地には、増殖に必要な栄養素に加えて還元剤を入れておく。嫌気性菌の培養で特筆すべきは、北里柴三郎先生(1853~1931年)による破傷風菌の嫌気培養であろう。北里先生は、亀の子シャーレという扁平なガラス容器にゴムチューブをつないで、これに「キップの装置」(希硫酸と亜鉛を混ぜて水素を発生させる装置)から水素を流すことで、シャーレ内の酸素を除去して嫌気環境を作成し、見事に破傷風菌を嫌気的に純粋培養することに成功した。

Blautia coccoides群は、健常成人の腸内に最も多く存在する嫌気性菌群であり、酪酸、酢酸およびプロピオン酸などの有機酸やポリアミンなどの有用物質を産生する菌群、胆汁酸の代謝を行う菌群など極めて多くの菌種を包含する。筆者らは、この菌種多様性に富むB. coccoides群をサブグループ化して各グループごとに定量的な解析を行うことを試みた。17に分けたサブグループのうち16サブグループの標準菌株として既知菌株を用いることができたが、残る1グループの標準となるべき菌については、DNA配列は報告されていたものの生きた菌として未分離であった。そこで、この配列のDNAを豊富に含む健常成人の便を選んで嫌気培養することにより目当ての菌株を新規に分離することができ、Fusicatenibacter saccharivoransと命名した。F. saccharivoransを含む17のB. coccoides サブグループの標準菌株が揃ったので、ヒト腸内のB. coccoides群の生態を年齢ごとに比較したところ、若年、壮年、高齢者の各クラスターを特徴化するサブグループの存在が明らかとなった。F. saccharivoransは潰瘍性大腸炎の患者の腸内で少ないことも報告されている。

我々の健康に有意な作用を及ぼすものの、未だ分離されていない未知の腸内細菌が多く存在する。特徴的な代謝作用を示す微生物は、これをマーカーとして分離することができる。例えば、我々がヒト腸内フローラからエコー産生菌を分離した際には、微生物が利用して増殖するための30種類ほどの異なる炭水化物源とエコールの基質となるダイゼイン(大豆イソフラボンの一種)を含有する液体培地で、便を嫌気的に培養した。毎日、これを同じ培地で植え継ぐ作業を繰り返すことにより、特定の炭水化物を資化して増殖するとともにダイゼインを代謝してエコールを産生する細菌を集密培養した。多くの種類の菌が利用可能なブドウ糖などを糖源とした場合、エコール産生菌は他の細菌との栄養の競合に負けてしまって十分に増殖できないが、ソルボースやアドニトールなどを利用してよく増殖し、かつ強いエコール産生性を有するSlackia NATTS株を首尾よく分離することができた。

  • 注) エコール:イソフラボン類の一種。エストロゲンレセプター(女性ホルモン受容体)への結合能が非常に高く、抗酸化活性が強いことから、乳がんや前立腺がん、更年期症状、骨粗しょう症などといった性ホルモン依存性疾患の予防効果が期待されている。(https://institute.yakult.co.jp/dictionary/word_3630.phpより抜粋引用)

プロバイオティクスとしてよく利用される乳酸桿菌の多くは通性嫌気性である。基本的に、酸素のない状況で糖分を発酵することで生育する。発酵産物の主体が乳酸であることが菌名の由来となっている。ただし、酸や酸素に対する耐性の強化された菌株が乳製品(発酵乳や乳酸菌飲料)に利用されている。最近では、特定の培養因子(グルタミン酸やマンガンなど)の濃度が乳酸菌の酸や酸素に対する抵抗性の増進に寄与していることもわかってきた。

  • *1 檀原宏文監修(林志津江ら共訳). 破傷風菌病原体について. 北里柴三郎学術論文集(学校法人北里研究所、東京), 109-126, 2018.
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ヘルシスト 270号

2021年11月10日発行
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