特集 脳と体と心 心の動きと体をつなぐ脳内3つの「ネットワーク」

構成/大内ゆみ

気持ちや気分といった、いわゆる「心」と関係する3つのネットワークが脳に存在することがわかってきた。例えば元気なときは、気持ちが顕在化してネットワークの一つを優位にして「やる気スイッチ」を入れ、逆に、疲労を感じているのに無理やり体を動かすことが心理的トラブルの一因となることも、このネットワークが関与しているという。脳と体と心をつなぐメカニズムが解明されつつある。

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院助教

小谷泰則(こたに・やすのり)

1966年生まれ。1991年、筑波大学大学院体育研究科体育方法学専攻修了後、東京工業大学工学部(当時)にて、一般教養保健体育の指導に当たる。1996年、東京工業大学大学院社会理工学研究科助教、1998年、東京都立大学大学院理学研究科生物学専攻修了、博士(理学)。2016年から現職。研究領域は生理心理学・精神生理学。基礎研究の他に、非接触脳活動センシング技術など企業との共同研究にも取り組む。

近年の脳研究の成果により、脳の中には大規模なネットワークが3つあることがわかってきました(図1)。一つは「デフォルトモードネットワーク」といい、わかりやすくいうと「ボーッとネットワーク」で、集中していないOFF状態のときに活動しています。皆さんも経験があるように、ボーッとしているときには、頭の中に過去・現在・未来にわたるさまざまなことがランダムに浮かんできて、時にひらめきをもたらすこともあります。「うつ」とも関連し、うつ病の患者は、このネットワークの働きが強くなることがわかっています。

図1 3つのネットワーク近年の脳研究では、OFF状態の「デフォルトモードネットワーク」とON状態の「中央実行ネットワーク」、両者を切り替える「顕著性ネットワーク」の存在がわかっている。

一方で対照的なのが「中央実行ネットワーク」で、いわば「集中ネットワーク」です。与えられた課題に集中して取り組んでいるといった“集中したON状態”のときに働きます。短期記憶(秒単位の時間しか保持されない記憶)と関連する脳領域や、注と関連する脳領域から構成されています。

  • *1 注意:ある周囲の事物や事象の特定部分、または心的活動の特定の側面に対し、選択的に反応したり注目したりするように仕向ける意識の働き。

実は面白いことに、これら2つのネットワークの脳のエネルギー消費量は大差ありません。OFF状態でも脳は活発に動いているのです。

バランスが崩れると「うつ」症状のように

デフォルトモードネットワーク(OFF状態)と中央実行ネットワーク(ON状態)の切り替えを行っているのが、「顕著性ネットワーク」です。外界の環境の変化に対し、生体を安定した状態に保つ恒常性維持(生命維持)のために、重要な情報を検知し処理する働きがあります。

近年、3つのネットワークの関連性によって心の状態が変化するという「トリプルネットワーク理論」が提唱され、これらのバランスが崩れると、「うつ」症状のようになり、統合失調症状態を示すことがわかっています。つまり、2つのネットワークを切り替える顕著性ネットワークの働きはとても重要なのです。

この顕著性ネットワークで中心的な役割を担っているのが、島皮質という脳領域です(図2)。島皮質は、末梢からの神経の入力を受け、体からの情報を得ていることがわかっています。そして、体からの情報は島皮質の中でも右脳の島皮質の前方部分(右前部島皮質)に送られ、そこで体の状態を「意識」に変えると考えられています。

図2 島皮質と扁桃体脳を上から見た断面図。島皮質は大脳の外側溝の奥に存在する。扁桃体は側頭葉内側の奥に存在する。

例えば、ヘビを見て体がびくっとなると、その情報が右脳と左脳の島皮質に伝わり、最終的には右前部島皮質にいき、ここで「びっくりして体がびくっとなった」とわかること(意識化)がfMRIの解析により明らかになっています。つまり、島皮質は体と心をつなぐ非常に重要な脳領域だといえるのです。

  • *2 fMRI:MRIを使って血流の変化などの脳の機能活動を画像化する方法。

以上の知見から、顕著性ネットワークは体の状態を検知してそれを意識化し、ON状態とOFF状態を切り替えているのではないかと私は考えています。あくまでも仮説ですが、食事も睡眠もしっかりととれていて元気なときには、顕著性ネットワークがそれを意識化して、中央実行ネットワークを優位な状態にして活動させる、逆に疲労状態のときには疲労感を意識化し、デフォルトモードネットワークに切り替えてボーッとさせ体を休ませることにより、生命維持を図っていると考えられます。実際に、疲労度が高くなるとデフォルトモードネットワークの働きが強くなるという研究結果が報告されています(図3)。

図3 疲労度とデフォルトモードネットワーク神経難病の多発性硬化症の患者を対象に、fMRIを用いて、うつ病の症状と倦怠感、脳のネットワーク機能の関連をみた研究。疲労度が高くなるとデフォルトモードネットワークの働きが強くなることが示された。

しかしながら、私たちは疲れていても仕事をするなど、意志によって体を無理やり活動させることもあります。こうした顕著性ネットワークの抑制により、デフォルトモードネットワークと中央実行ネットワークのバランスが崩れ、心理的トラブルの原因になり得ることも考えられます。さらに重要なのは顕著性ネットワークが、他の2つのネットワークと異なり、年齢とともに発達するネットワークだということです。そのため、特に青少年期で顕著性ネットワークを抑えすぎると、心理的なトラブルの原因になりやすいとも考えられます。

顕著性ネットワークには島皮質の他に、情動と関係する扁桃体や報酬と関係する腹側被蓋野と呼ばれる脳領域が含まれています。顕著性ネットワークは、ON状態とOFF状態の切り替えとともに、喜怒哀楽といった情動ややる気にも大きな影響を与える可能性があることも考えられます。なかでも扁桃体は過度に活動すると、不安や怒りが生じ感情がコントロールできなくなるため、大脳皮質から抑制系の神経がつながっています。しかし、大脳皮質から扁桃体への神経のつながり(投射)の量よりも、扁桃体から大脳皮質への神経のつながり(投射)の量のほうが多いことがわかっています。つまり、「体」からの情報のほうが「意志」よりも強く反映されやすいという脳の仕組みになっていると考えられます。多くの人が経験しているように、いくらやる気があってもどうしても集中できないというのは、意志の強さだけではどうにもならないことを示しているのかもしれません。

以上のことから、脳のネットワークの機能を高めるには、しっかりと食事と睡眠・休養をとり体の調子を整えることが重要だといえるでしょう。加えて重要なのが運動です。中央実行ネットワークの働きは1日の運動時間が長いと強くなり、逆に座位時間が長いほど弱くなるという研究報告があり、運動は仕事などのパフォーマンスを高める可能性があります。

また、高齢者を対象とした研究では歩く速さが速いほど、顕著性ネットワークの働きが強くなることがわかっています。他にも、運動が脳に良い効果をもたらすという研究結果は数多く報告されています。

体と心をつなぐ脳領域「島皮質」

私たちは、顕著性ネットワークで中心的な役割を果たす島皮質に着目し、基礎的な研究を行っています。島皮質は体の状態の意識化をはじめ、前頭葉(認知)、頭頂葉(注意)、側頭葉(言語・聴覚)や帯状回(感情・認知)、扁桃体(感情)、視床(情報伝達)など幅広い脳領域と双方向的につながり、運動・認知プロセス、意思決定、知覚・情動など多くの機能に関与しています。そのため、脳卒中などで島皮質が損傷されると、さまざまな影響が出ることがわかっています。

例えば、脳卒中などで右島皮質が損傷されると、氷を入れた水に手を入れても、我慢できる時間が長くなるという研究報告もあります。これは、体が冷たいと感じても、右島皮質の損傷により、その情報が意識化されないからだと考えられます。また、右島皮質が損傷すると、禁煙の達成率が約80%にも及ぶといった報告もあり、「たばこを吸いたい」という情報がブロックされていると考えられます。

さらに島皮質は、近年の研究により予期・予測にも大きく関与していることがわかっています。例えば、「ヨーイ・ドン」という場面を用いて脳波を測定すると、準備を促す「ヨーイ」と、運動の開始を促す「ドン」の間に緩やかな電位変化(緩電位)が出現します。この緩電位の主な発生源が島皮質だとされています。そこで私たちは、人の声、メロディ、ビープ音と、音刺激を変えて、被験者にはどの音刺激が出るかをあらかじめ示し、緩電位がどう変化するのかについて研究を行いました。

その結果、声は聞こえるとわかった瞬間から、メロディやビープ音よりも緩電位の振幅が増加していることがわかりました(図4)。また、音が呈示されてから、脳内の情報処理量を反映する脳波(P3)は、声を聞いたときに最も振幅が大きくなっていました(図5)。これは、声からより多くの情報を引き出していることを示しています。私たちは、人の顔写真や文字、記号などの視覚刺激において同じような研究を行っており、なかでも顔写真は声と同様の脳波の変化を示しました。つまり、私たちにとって人の声や顔は重要な情報で、多くの情報を処理する必要があり、事前に準備を行っていると考えられます。

図4 予測に関わる脳波の違い2000msの時点で、声・メロディ・ビープ音のいずれかのFB(フィードバック刺激)が呈示されるが、その1.5秒前~1秒前で声はメロディやビープ音より緩電位の振幅が増加していた。

図5 脳内の情報処理量を反映する脳波(P3)の違いP3は刺激が出された直後に出現する脳波。脳内の情報処理量を反映する。声を聞いたときの振幅が大きくなっていた。

「予期・予測」は、人間が行動を迅速かつ的確に行うために重要な能力です。島皮質はネットワークを切り替えるだけではなく、体の状態を意識化しながら、予測し、次の行動を調整するという切り替えセンターとしての役割を果たしていると考えられます。そして、予期・予測における島皮質の機能を高めるためにも体を整えることが重要でしょう。

体の状態が脳に影響を与える

しかしながら、コロナ禍の現在では、体を整えることが難しくなっています。特に在宅勤務などによる運動量の減少は問題です。あるリサーチ会社の調査結果によると、関東のビジネスワーカーの通勤で消費される平均的なカロリーは約569㎉で、ランニング1時間分に相当します。多くの人が通勤で運動量を確保していたわけです。運動量が減少し、生活リズムが崩れると、心への影響が懸念されます。海外の研究では、ロックダウンによる生活リズムの崩壊が、メンタルヘルスを悪化させる大きな原因だという報告もあります。こうした状況下において、生活にどう運動を取り入れていくか工夫していくことが大切でしょう。

私たちは、人間の「心」は脳の中にあると考え、ついつい脳を中心に考えてしまいがちです。しかし、これまで解説してきたように、体の状態が脳の活動に影響を与えることも少なくありません。今後も、これまでの基礎研究とともに、脳波やfMRIよりも簡便な測定方法の開発に取り組み、心の動きと脳の活動とがどう関わり合い、体が心の動きと脳の活動にどのように介入していくのか、解明していきたいと考えています。

(図版提供:小谷泰則)

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2021年11月10日発行
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