特集 脳と体と心 最新fMRIが可能にした脳の動きの「見える化」

構成/河﨑貴一

年々増加している精神疾患は経済的な影響も大きく、社会問題として対策が急がれている。それにもかかわらず、有効な生物学的マーカー、つまりは血糖値や血圧のような客観的な測定値がないため、効果的な治療法が確立されてこなかった。しかしMRIの普及や、さらに、リアルタイムで脳の回路とその活動を見ることができる、より進化したfMRIの登場で、治療法は新たな段階に入ったといえる。

国際電気通信基礎技術研究所(ATR)・脳情報通信総合研究所所長

川人光男(かわと・みつお)

1976年、東京大学理学部物理学科卒業。1981年、大阪大学大学院博士課程修了(工学博士)。2003年、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)脳情報研究所所長、2004年、ATRフェロー。2010年からATR脳情報通信総合研究所所長。2016年から理化学研究所革新知能統合研究センター特任顧問、2018年から同特別顧問。その間、2017年からベンチャー企業XNefのCEOを兼務。

年々増加傾向にあったうつ病や統合失調症などの精神疾患が、コロナ禍で急増しています。

日本における精神疾患の総患者数は、2017(平成29)年では約419万人と第1位の疾患で、これに糖尿病の約329万人(ともに厚生労働省平成29年「患者調査」)が続きます。精神疾患には、うつ病や躁うつ病(双極性障害)などの「気分・感情障害」、「統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害」、パニック障害や心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの「神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害」などがあります。精神疾患は、第6次医療計画(2013年)から、それまでの4大疾病(がん、心筋梗塞、脳卒中、糖尿病)に加えられて、5大疾病になりました。それほど、精神疾患の患者は、ここ10年から20年で増えています。

さらにアメリカでは、うつ病の有病率が2017~2018年に8.7%だったのが、新型コロナウイルスの世界的感染が広まり始めた2020年4月には、14.4%と数年で約1.7倍に急増しています。現時点では、2倍を超えているのではないかと予想されています。日本でも、アメリカと同様に精神疾患の急増が予想できます。

若い女性ほどPTSDになりやすい

私は大手電気通信事業者とも共同研究をしていますが、このコロナ禍で、ゲーム依存やスマホ依存、ネット依存も増えているという結果が出ています。これらのIT機器による依存症になると、若い人ほど危険性が数倍に増える傾向があります。2020年8月くらいから、若い女性の自殺が増えています。精神疾患の危険度を、数千人を対象にネット上で調べたところ、PTSDというトラウマで恐怖が起きるような精神疾患になる傾向の強いのが、若い女性だとわかりました。

精神疾患は、患者本人の問題だけではありません。患者を支援・介助する人たちも必要で、家族の負担も大きくなります。うつ病だけで日本の社会的損失は約2兆円あるといわれています。統合失調症は入院期間が長いので約3兆円。発達障害なども加えると、精神疾患全体で、社会的損失の総額は、約10兆円もありえるでしょう。

世界保健機関(WHO)によると、精神疾患の中でも特にうつ病が社会に与える負担・損失は、障害調整生命年(DALY)という評価法で、2004年にはワースト3位でした。それが、2030年にワースト1になると予想されています。精神疾患は、世界的な問題にもなっています。

  • 障害調整生命年(DALY):疾病が社会に与える損失。「障害生存年数+損失生存年数」で求める。

他の病気、例えば糖尿病なら血液検査を行います。心臓病の疑いがあれば心電図を測ります。肺がんや肺炎は、胸部X線撮影をします。

ところが、精神疾患は社会的影響が大きいのにもかかわらず、生物学的なマーカー(測定データ)は存在しません。うつ病かどうかを診断するには、患者に問診でテストを行います。

問診は、①抑うつ気分、②興味/喜びの喪失、③体重増加/減少、食欲減退/増加……⑨自殺念慮/自殺企図の9項目です。これらのうち6項目以上に該当すれば、「あなたはうつ病です」と診断されます。初診は、内科などで受診されることが多いのですが、精神科や心療内科でも複数の専門医の診断一致度(カッパ係数)はわずか28%。約4分の3は、医師による診断が一致していません。

血流動態反応を視覚化する技術

本題に入る前に、物理学を専攻していた私が、なぜ精神疾患について研究をするようになったのかについて触れておきます。

私は、大学の理学部に在籍していたとき、物理学的な研究を続けたいと思っていました。核融合や生物物理学、脳科学などいろんな選択肢がありましたが、こうして進路を悩んでいるのは自分の脳だと気づいて、悩む脳の仕組みを物理学的な手法で解き明かすと面白いと思いました。大学院では、数学を使う理論物理学的な手法で神経科学を研究するようになりました。私が研究を進めるうえで大変参考になったのは、小川誠二先生(東北福祉大学特別栄誉教授)が1990年代初めに原理を発見された機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)で、血流動態反応を視覚化する技術です。

脳神経細胞が活動するときには、安静時よりもエネルギーとなる糖分を消費し、酸素を必要とします。酸素は、血液中のヘモグロビンで運びますが、ヘモグロビンに酸素が付いている酸化ヘモグロビンと、酸素が取れている還元型ヘモグロビンでは磁化率(磁化の起こりやすさ)が異なります。

fMRIという装置は、磁気共鳴を起こすようなラジオ波(周波数の高い電磁波)を出して、磁化率の違いから、「脳のこの部分は酸素が多い」とか、「この部分は酸素が少ない」というように、酸素の量から脳活動を間接的に推定することが可能です。fMRIは、医療用のMRIと機械は同じですが、シーケンス(プログラム)を切り替えれば、脳の回路を調べられるようになります。

脳は、重さでいうと体全体の約3%に過ぎませんが、エネルギー消費量は全体の約20%にもなります。しかも、「一生懸命頭を使っているな」と思うときと、寝てはいないが「ボーッとしている」ときでは、酸素消費量の差はあまりありません。ボーッとしているときの消費量は、頭をフル回転させているときの約95%です。

ちなみに、脳の活動を測定するには、放射性物質を使用する陽電子放出断層撮影(PET)なども使うことはできますが、現時点で脳の活動を測定するには、fMRIは最も優れた方法です。ほぼリアルタイムで画像が表示できて、患者を測定する時間は10分ほどで済みます。

タイプ別に精神疾患の判断が可能に

fMRIで脳のさまざまな領域の活動の時間的な変化を求めると、ある脳の領域と異なる領域との間で、どのくらいの相関があるかを計算で測定することができるようになります。活動変化が似ていれば「正の相関(0<)」で、まったく逆に動いていれば「負の相関(<0)」、無関係だと「0の相関」です。

具体的には、脳を例えば300個の小さな領域に分けて、相関を計算します。脳を300個の小領域に分けると、相関の組み合わせは「300×299÷2」で、約4万5000通り。「2で割る」のは、組み合わせを考えるときに、「AとBの領域の相関」と「BとAの領域の相関」は同じだからです。

相関を調べると、異なる領域の間で、「正の相関でつながっている領域」と「負の相関でつながっている領域」、「関係のない領域」のデータが出てきます。私たちは、これらの脳の回路の情報を「脳機能結合回路」と呼んでいます。

さらに、脳の回路の情報について、人工知能技術で相関のパターンを分析すると、患者の精神疾患をタイプ別に判断することが可能になりました(図1)。

図1 安静時脳機能結合rs-fcMRI脳回路マーカーによる診断補助情報脳を300の領域に分け、既存のMRIを使って脳の活動を計測し、領域ごとに活動の相関を求める。その相関パターンのデータをAIで分析すると、精神疾患のタイプを診断する補助として利用できる。

私たちは、人工知能(AI)と脳科学、イメージング(画像)の3つを組み合わせて、他の診療科で行われているように、診断補助のバイオマーカー(生体内の物質による指標)を提供しようと考えました。同じ精神疾患でも、生物科学的には多くのタイプがあります。「うつ病」や「統合失調症」は、診断名であって病名ではありません。

それなのに、多くの精神疾患には選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が使われているのが現状です。SSRIは、かつては“夢の薬”と呼ばれましたが、うつ病患者の約40%にしか効きません。それでも、いろいろな精神疾患に「まず、SSRIを使ってみましょう」と処方されます。

バイオマーカーが可能になれば、同じ精神疾患でも、客観的に、この患者はどういうタイプだから、この人はこのタイプの薬が合う、この人は認知行動療法が合う、この人は磁気刺激治療(rTMS)が合うというように、最適な診断と個人の治療法を結びつけることが可能になります。プレシジョン・メディシンとか、インディビジュアライズド・メディシンなどと呼ばれる精密医療・個別医療です。

また、脳の回路で、精神疾患のどのタイプかを見分けると、創薬支援技術にもつながります。

バイオマーカーを作成するにあたり、広島大学や京都大学、東京大学、昭和大学など全国13施設で、精神疾患の人と健常群の脳の回路3000サンプルのデータを取っていただきました。そのデータをもとに、精神疾患の人と健常の人を見分けるというAIのプログラムを作成しました。

そのプログラムによって、うつ病患者の分布(赤色)と健常者の分布(青色)の峰に分けることができて、脳回路の重み付けが分類アルゴリズムの閾値より高ければうつ病で、低ければ健常者という判断ができます(図2)。あるいは、うつ病である確率は「○%」という情報を提供することも可能です。

図2 診断を補助する脳回路情報は、一般医でも診断一致率を向上患者の脳回路情報を分析し、分布図の閾値(点線)の右側にあればうつ病である確率が高く、左側なら確率は低い。その下の横軸は、うつ病である確率を示し、1からその確率を引くと、うつ病でない確率を表す。

これらの研究の線上にあるのが、ニューロフィードバック(neurofeedback)という、脳活動を可視化して活動を訓練する方法です。精神疾患の患者がfMRIで可視化した脳の活動状況を見ながら、「ここが正の結合になっていますが、負に変えてあげると、病気の治療になるのではないでしょうか」などと医師が理論的に教えることができます。

fMRI画像での新しい診断技術

私たちは、脳の状態を望ましい方向に導くことを可能とするデコーディッドニューロフィードバック(DecNef)法を開発しました(図3)。このDecNefを行うと、うつ病と統合失調症、自閉症、PTSDの患者にはいろいろな症状がありますが、1週間で良くなって、2カ月後にはさらに良くなりました。これから、二重盲検の臨床試験に入ろうとしているところです。

図3 DecNef:対象は恐怖症、PTSD、強迫性障害(OCD)、疼痛精神障害の治療法「DecNef」は、患者の脳活動パターンを、目標の脳活動パターンになるように脳活動を視覚化して誘導を行う。恐怖症、PTSDなどの治療効果は高い。

脳科学を医療に活用する私の研究は、2008年、BMI(Brain-machine Interface:脳と機械をつなぐ技術)から始まりました。BMIによって、脳活動でロボットを動かすとか、脳の障害で四肢が動かなくなった方が人工の手や足を動かせるようになるとか、視覚障害の方のために人工網膜を開発するなどの国家プロジェクト研究のまとめ役を続けてきました。

その研究を進める中で、脳の活動を調べたデータから精神疾患の患者のタイプ分けや、治療も選択肢に入ってきました。「fMRI画像での新しい診断技術」「創薬支援技術」「診断に基づく個別治療技術」を3つの大きな柱として(図4)、中でも「fMRI画像での新しい診断技術」についての長年の研究成果を社会還元したいという思いがあって、私は国際電気通信基礎技術研究所に所属しながら、XNef社を4年前に創設してCEOに就任しました。この会社で、症状に基づくfMRI画像での診断補助技術「ブレイナライザー(Brainalyzer)」を、医療機関向けに提供したいと考えています。

図4 研究開発と社会還元のビジョンfMRIを活用する脳イメージング(脳情報の視覚化)により、精神疾患(特にうつ病)の診断精度が上がり、診断に基づく個別治療、創薬支援が可能になる。

医療機関で、備えられているMRIのシーケンスを変えてfMRIとして精神疾患の患者のデータを測定し、XNef社に送信してもらいます。それを画像処理用サーバで解析し、結果を元の医療機関に送り返します。そのデータを、担当医は判断指標の一つとして使用するという流れになります。

ブレイナライザーはすでに実用段階にあって、4年前から医薬品医療機器総合機構(PMDA)と相談を続けてきました。この開発が2021年中には完了し、2022年度には医療機器プログラムとして承認される見込みです。

5年後には、脳の回路を見ることでうつ病のタイプ分けができるようになり、10年後にはうつ病だけでなく、統合失調症や自閉症などの精神疾患と発達障害全体について、タイプ分けとニューロフィードバックの治療が選択肢に入っている状態にしたいと夢を描いています。

(図版提供:XNef 川人光男)

この記事をシェアSHARE

  • facebook

掲載号
THIS ISSUE

ヘルシスト 270号

2021年11月10日発行
隔月刊

特集
SPECIAL FEATURE

もっと見る