特集 多様な性 性差医学に基づく薬の研究と安全性の追求

構成/河﨑貴一

一般的な市販薬の「用法・用量」には、男性と女性の区別はないのだが、処方箋を必要とする処方薬には、男女で用量などに差があるものもある。また医薬品の開発では、不整脈の副作用の試験を必ずするのだが、性ホルモンが不整脈に関与していることから、副作用による不整脈の重篤度はおのずと男女の差が出てくる。そのため、性差医学の知見に基づく薬物治療の研究や安全性の追求が進んでいる。

静岡県立大学薬学部薬学科/薬学研究院教授

黒川洵子(くろかわ・じゅんこ)

1993年、東京大学薬学部卒業。1998年、同大大学院薬学系研究科博士課程修了(薬学博士)。1998年、アメリカ・ジョージタウン大学ポスドク。1999年、アメリカ・コロンビア大学ポスドク後、2003年、同大リサーチアソシエート・海外特別研究員。2004年、東京医科歯科大学難治疾患研究所で助教、2006年、助教授。2016年より現職。

性差医学とは、男性と女性の生理学的な違いや、疾患における臨床的な違いを解明しようとする学問です。その性差医学で明らかにされたエビデンスに基づいて実践される医療を性差医療といいます。

私は、薬の心毒性について研究をしていたこともあって、男女で薬の安全性に違いがあるか、もし違いがあるとしたら注意喚起をしなくてはなりませんので、性差薬学を標榜して研究していきたいと考えています。

薬と死因における性差

では、薬における性差とは何でしょうか。

一般的な市販薬の「用法・用量」を見ると、身体の機能では男女はほとんど同じなので、薬の使い方に男女の差はありません。

その一方で、処方される薬については、男女の差が問題になるものがあります。一例をあげると、入眠剤の「ゾルピデム(商品名:マイスリー)」は、2013年から女性の用量は男性の半分に設定されています。入眠剤は、眠くなるときだけ効いて、次の朝まで残ってはいけません。ゾルピデムが体内に残っていると、車の運転をするときには非常に危険です。女性は、ゾルピデムが排出される速度が、男性よりも遅いといわれているので、半量に設定されているのです。

性差は、死因にも表れています。

日本を含めた先進国では、死因のワースト3は生活習慣病がメインです。ところが、日本人の死亡原因を男女別に見ると、少し変わってきます(表)。

表 日本人の死亡原因日本人の死因は、男女とも1位悪性新生物と2位心疾患は同じだが、3位以降は男女で異なる。薬も、男女で効き方や安全性が変わるものがある。
(厚生労働省「2018年人口動態統計月報年計」より)

女性は、老衰が3位と男性より高いのですが、要介護期間は女性のほうが長いので、脳血管疾患など循環器系の病気の性差も重要と思われます。

かつて、心筋梗塞や心疾患はメタボに関係していて、男性優位の病といわれていました。これらの疾患のリスクを低くするために、アメリカではコレステロール低下政策が実施されて、確かに男性の死亡率は劇的に下がりました。ところが、コレステロール低下政策は、女性にはまったく効かなかったので、1980年代の初めには、これらの疾患による死亡率が、アメリカでは男女で逆転してしまったのです。

図1 各種疾患における性差循環器系の疾患は、老化と関連があり性差が顕著である。性差医学発祥(1980年代)のきっかけとなる。
(Statistisches Bundesamt 2007; B Babitsch, GiM Charité Univ.)

図1は、ドイツのデータですが、狭心症と急性心不全、脳卒中、高血圧性高脂血症は、男性より女性のほうが高くなっています。循環器系の疾患は、老化と関係があり、性差が顕著です。そのことから1980年代にドイツで性差医学が発祥し、アメリカや日本でも研究されるようになりました。

朝鮮人参に心筋保護作用がある

その頃、私は、心臓に発現するイオンチャネルと不整脈に関する研究を行っていました。イオンチャネルとは、心筋の細胞膜にある膜タンパクで、細胞の外側と内側のイオンを選択的にフィルターにかけて、電気による心臓の動きに関する情報伝達を行っています。

そのイオンチャネルの分子は、200から2000ぐらいのアミノ酸で構成されていますが、遺伝子に変異が入ると、不整脈を起こしやすい体質になってしまいます。私は、遺伝子の変異によって、イオンチャネルの機能がどのように変わっていくのか、不整脈を抑える薬がどこに効いて不整脈を抑えるかなどを研究していました。

そのとき、中国・内モンゴル自治区出身の中国人留学生が、「朝鮮人参に、ものすごく心筋保護作用がある」と話しました。それなら、朝鮮人参に含まれる成分の研究をしようということになって、朝鮮人参の成分でとても変な動きをするイオンチャネルを見つけました。

それまでは、薬がイオンチャネルに付くか、あるいはプロテインキナーゼ(細胞内のタンパク質にリン酸基の転移を触媒する酵素)によるリン酸化によってイオンチャネルが機能すると考えられていました。ところが、朝鮮人参の成分によって、心臓の細胞にある性ホルモンの受容体からNO(一酸化窒素)が発生し、そのNOがイオンチャネルに働くことを見つけたのです。

しかし、心筋細胞になぜ性ホルモンの受容体があるのか、そのメカニズムについては、分かっていませんでした。

薬物治療における性差についての研究は、2001年、アメリカ会計検査院の報告で、急に活発になります。同院の「市場撤退した薬剤のリスト(1997~2000年)」によると、有害事象(副作用)で市場を撤退した薬が10剤あって、そのうち8剤で男女について有意差がありました。しかも3剤は、心室性不整脈という重篤な副作用が生じて、突然死に至る危険性がありました。そして、8剤のうちの5剤は、心室性不整脈と心臓弁膜症を含めて、循環器系に対する副作用があったのです(図2)。

図2 心臓突然死・薬剤性不整脈アメリカ会計検査院の報告(2001年)では、有害事象(副作用)が原因で、1997~2000年に市場を撤退した10剤のうち、8剤で健康被害が女性に有意に起きたと報告された。それらのうち5剤は女性に循環器系の副作用が起き、しかも3剤は、心室性不整脈を起こして突然死に至る危険性があった。

なぜ、女性に重篤な副作用があることが事前に治験で分からなかったのでしょうか。薬の安全性試験は、インビトロ(試験管レベルの実験)で細胞レベル実験を行い、次に動物実験が行われます。実験に使われる動物は主にげっ歯類やイヌです。しかし、ヒトでの治験は、かつてサリドマイドの社会問題(胎児の催奇性)が起きたために、基本的に成人男性で安全性試験を行った後で、少数の患者で試験を行って、市場に行くという流れでした。成人女性では、安全性試験は行われていなかったのです。

男女で違いがある心電図

アメリカ市場から撤退した薬の副作用は、心不全などの循環器系が多いと前述しました。そこで、心電図を見ておきましょう(図3)。

図3 心電図波形の男女差心臓から血液を拍出させるQT間隔は、女性(赤線)のほうが男性(白線)より長い。QT間隔が長いと拍数が早いときに不整脈を起こす危険がある。

心電図は、心臓の心房の興奮がP波で始まります。その後、心室でQ、R、S、Tのように興奮が起こり、QからTの終わりまでは、心室が収縮して血液を絞り出してから、拍出し終わって、弛緩する動きが続きます。これをQT間隔と呼びます。

実は、1920年には、イギリス系アメリカ人生理学者のヘンリー・C・バゼット(オックスフォード大学教授)が心電図に関して書いた論文に、QT間隔は女性のほうが長いことが報告されていました。

女性のQT間隔が長い理由については、臨床研究から性ホルモンが関与することが分かっていたので、1980年代から1990年代にかけて、エストロゲン(卵胞ホルモン)の働きについて調べられていました。ところが、テストステロン(男性ホルモン)やエストロゲン、プロゲステロン(黄体ホルモン)で解析すると、すべての性ホルモンが基本的にQT間隔を延長する方向に働いたので、性差によるQT間隔の違いについては、まったく説明ができませんでした。

私たちが、心筋の細胞膜にある性ホルモン受容体からNOが放出されるのを見つけたのは、この頃でした。

私たちは、モルモットの心室筋の細胞で、テストステロンの働きを実験すると、ちょうど男性の血漿中のテストステロンの濃度で、QT間隔が短くなるのを発見しました。女性のQT間隔が長くなるシグナルがあるのではなく、男性のQT間隔が短くなると提唱しました。この論文は、循環器系雑誌の最高峰の一つ「Circulation」に掲載されました。さらに、世界でいちばん権威がある『グッドマン・ギルマン薬理書』という教科書にもこの説が引用されています。

なぜ、QT間隔にこだわるのかというと―。心臓は、興奮したら収縮し、それから弛緩します。ところが、収縮する時間が長くなると、次の心臓のサイクルにかぶってしまい、血液を心臓に流入する時間がなくなって、致死的な不整脈を引き起こしてしまいます。

不整脈が起きる原因はいろいろありますが、心臓がリズミカルに興奮できなくなることが、重要だと考えられています。例えば、運動して拍数が速くなっているとき、電話のベルで驚いたりすると、発作で不整脈が起きることがあります。発作を起こすのは、女性のほうが多いといわれています。

私たちは、そういうシミュレーションも行って、交感神経の活動が急に上がると、女性のほうが不整脈を誘発しやすいという論文を、アメリカの研究者との共同研究で、今年発表しています。

さまざまな薬物が不整脈を起こすリスク

男女で心電図に違いがあるメカニズムについてはある程度は分かってきました。それでもまだ解明できていないところがあります。

現在、医薬品の開発における安全性試験では、不整脈の副作用があるかどうかを必ず試験しなくてはいけません。さまざまな薬物が、hERGというカリウムイオンを通過させるイオンチャネルの分子に結合して、働きを抑えると不整脈(QT延長症候群)が起きることが分かっています。

ここ数年のことですが、学会で出会う臨床の先生方から、エストロゲンについてよく尋ねられます。というのは、私たちがエストラジオール(エストロゲンの一種で強い活性がある)を使って実験を行うと、低濃度で少しだけQT間隔を延ばすことを見つけたからです。エストロゲンは、経口避妊薬に含まれていて、不整脈を起こす可能性のない女性に不整脈を起こすリスクがあるということが、根強くいわれています。しかし、前述した男性ホルモンの作用に比べれば、QT間隔にはほとんど影響はありません。

さらに研究を続けると、エストラジオールが、hERGチャネルの働きを抑えて不整脈を起こすタイプの薬(hERG阻害薬)の作用を増強することを見つけたのです。そして、モル濃度が10nMぐらいの量で効く薬を、エストロゲンと一緒に入れると、薬の作用が増強される可能性を見つけました。

これはどういうことなのか。私たちは、アメリカの研究者たちとの共同研究で、コンピュータシミュレーションを使って、タンパク質の分子構造から薬物の接合部位を探す専門家に、解析をお願いしました。すると、アメリカで処方されている抗不整脈薬とエストラジオールが、同じhERGのポケットに、一緒に結合できて、作用が増強することを見つけたのです(図4)。つまり、抗不整脈薬やその他の薬も、hERGのポケットに結合して、予期しないぐらい増幅される可能性があるという仮説を立てられるわけです。

図4 エストラジオールとhERG阻害薬の相互作用黒川教授らの研究により、エストラジオールが、低濃度でhERGチャネルの働きを抑えて、不整脈を起こすタイプの薬(hERG阻害薬)の作用を増強させることが分かった。コンピュータシミュレーションによって、抗不整脈薬とエストラジオールが、同じhERGのポケットに一緒に結合できて、作用が増強する可能性を見つけた。

実際に、アメリカでボランティアを募って、安全面を確認しながらhERG阻害薬を投薬した実験では、抗男性ホルモン薬が入っていないピルを服用していた女性では、不整脈のリスクが増大しました。

私は今後、使用されている薬や開発中の薬を網羅的にスクリーニングして、薬物の適正使用のための情報を発信していきたいと思っています。

(図版提供:黒川洵子)

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ヘルシスト 262号

2020年7月10日発行
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