特集 「新型コロナ」ここが知りたい! オミクロン株に隠れた「後遺症」の苦痛

構成/渡辺由子  イラストレーション/青木宣人

パンデミックの主体が、高齢者や基礎疾患のある人を除き重症化することが少ないとされるオミクロン株にほぼ置き換わり、社会活動との両立が模索されている。しかし忘れてはならないのが後遺症だ。感や気分の落ち込み、思考力の低下など症状はさまざまで、苦痛を訴える患者は増加の一途をたどっている。長期化すれば生活に大きな影響を及ぼす恐れもあり、適切な治療を早めに開始したい。

ヒラハタクリニック院長

平畑光一(ひらはた・こういち)

山形大学医学部卒業。東邦大学医学部付属大橋病院(現・東邦大学医療センター大橋病院)、国立病院機構東京病院を経て、東邦大学医学部付属大橋病院消化器内科で大腸カメラ挿入時の疼痛、胃酸逆流に伴う症状などについて研究を行う。胃腸疾患のほか膵炎など、消化器全般の診療に携わる。2008年に「ヒラハタクリニック」を承継し、院長に就任。2013年、医療向けIT企業の「メイドインクリニック」設立。2020年3月から「新型コロナ後遺症外来」を開設。

新型コロナウイルス感染症の患者数は、変異株の登場に伴って増減を繰り返す一方、後遺症とみられるさまざまな症状を訴える患者は、増加の一途をたどっています。

軽視できない後遺症の多様な症状

当院では、2020年3月に「新型コロナ後遺症外来」を開設しました。その前に、消化器系疾患で通院していたかかりつけの患者が、持続する発熱、身体のを訴えて来院。他の内科で行った検査では異常が見つからず「原因不明」とされ、「心因性だと考えられるので、精神科の受診を勧めます」と告げられたそうです。

当時、国内では新型コロナウイルス感染後遺症(以下、新型コロナ後遺症)についてはあまり知られていませんでしたが、その患者の症状から新型コロナ後遺症を疑い、症状に対応する治療を行いました。

その後、当院のホームページに「長期微熱を呈している患者が増えていて、治療を行っている」と書き込んだところ、同様の症状に悩む方が次から次へと来院。これは「新型コロナ後遺症に間違いないだろう」と考え、感染後の後遺症状に悩む人が、これほどたくさんいることに驚き、目の前で苦しんでいる患者を何とか助けようと、専門外来を開設したのです。通常の診療時間以外にもオンライン診療を行い、連日、遠方の患者や強い倦怠感に襲われて来院できない患者などを診察しています。

新型コロナ後遺症の患者データを2020年11月下旬から登録して、さまざまな角度から解析を進めており、ウェブ上で広く公開して、患者や医療関係者に情報を提供しています。

当院で臨床的に新型コロナ後遺症と診断した患者数(図1)は、2021年12月18日時点で3183人、そのうちPCR検査等で新型コロナウイルス感染症であると確定されている患者は2342人、確定診断されていない患者(非確定例)は841人です。非確定例とは、検査体制が十分でなく、強い症状があるのに検査を受けられなかった方々や、症状が軽くて検査を受けなかった方々などで、その後に新型コロナ後遺症と考える症状が現れた患者数を指しています。

(単位:人)
COVID-19 確定数 2342
非確定例 841
PCR陽性 2139
抗原陽性 222
抗体陽性 39
(ヒラハタクリニック調べ/2021年12月18日時点)

図1 新型コロナウイルス感染後遺症統計値2020年3月に「新型コロナ後遺症外来」を開設。感染後のさまざまな症状で悩む患者に既存の治療法で回復を後押ししている。

新型コロナ後遺症とされる症状は、実にさまざまです。患者の訴えの多い順に、倦怠感、気分の落ち込み、思考力の低下、頭痛、息苦しさ、不眠、身体の痛み、などと続きます(図2)。脱毛、下痢、めまい、頭に霧がかかったようになって集中力や記憶力が低下する「ブレイン・フォグ」も確認されており、痛や無月経といった訴えもあります。

(ヒラハタクリニック調べ/2020年11月下旬~2021年12月18日)

図2 新型コロナウイルス感染後遺症の多様な症状ヒラハタクリニックで診察した患者が訴える新型コロナ後遺症の症状の数々。症状はさまざまで、後遺症への無理解が患者を追い詰めているという

それぞれの症状の程度は、患者によってさまざまで、倦怠感を例に挙げると、だるさを感じる程度から、「身体が鉛のようで指一本動かせない」「寝たきりでトイレにも行けず、家族にお尻を拭いてもらっている」という重症例まであります。

重症者は「呼吸器系」軽症者は「倦怠感」

新型コロナ後遺症を訴える10歳以下の子どもについても100人以上診ていますが、、腹痛、下痢の症状が多く見られます。「立ち上がるだけで脈拍が30~40くらい上がる」「10分と立っていられない」といった症状もあり、「体位性頻脈症候群(POTS)」と考えられています。

英国で51万人を対象にした調査研究で、新型コロナウイルス感染症の症状が重かった人は呼吸器系の後遺症になりやすく、無症状や軽症だった人は倦怠感をメインにした後遺症になりやすいことが報告されています。当院の患者データでの解析は今後の課題ですが、その傾向を診察の中で実感しています。

倦怠感が強い場合、悪くすると神経免疫疾患の一つである「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)」へ移行することがあります。これは、強烈な全身倦怠感が回復せずに日常生活が著しく困難になる疾患で、2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行後、香港でSARS発症の数年後に27%の患者がME/CFSの診断基準を満たしていたと報告されています。

当院でも、新型コロナウイルス感染症から回復した後に体調を崩してしまい、休職や休学を余儀なくされた方々の中には、ME/CFSに移行している方も少なくないと推察しています。ME/CFSの特徴的な症状である「PEM(Post-exertional malaise):労作後倦怠感」が、当院の新型コロナ後遺症患者の40%に見られます。これは、買い物など軽い家事をしたり散歩に出かけたりすると、5~48時間後に負荷に見合わない強さの身体のだるさを感じるものです。PEMがあるのに、だるさが出てしまうレベルで身体を動かしてしまうと、数日~数カ月も寝たきりになる「クラッシュ」を起こすこともあるので、注意しなければなりません。

なぜ多様な後遺症が現れるのかは不明ですが、2021年10月に京都大学・上野英樹教授らの研究チームが発症メカニズムの一端であろうと考えられる研究結果を報告しています。免疫細胞の一つで、複数のタイプがあるT細胞に着目して、倦怠感の強い患者の血液を分析したところ、ウイルスを排除する免疫細胞と、その働きを抑える免疫細胞の2つが、倦怠感の弱い患者よりも多かったことがわかりました。つまり免疫機能の乱れが、全身のさまざまな部位で後遺症として発症する一因だと考えられます。

さらに国内外の多数の研究報告によると、新型コロナウイルスは、細胞のアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体と結合して細胞内に侵入します。ACE2は、肺・鼻腔・腸・心臓・脳などに分布していることから、これらの臓器が障害されたことが後遺症に関係するとのことです。他にも自己免疫に関連して、自分を攻撃する抗体ができてしまうなど、さまざまな要因が組み合わさって新型コロナ後遺症が起きているのでしょう。

新型コロナ後遺症外来での診察から、わかってきた特徴や傾向があります。男女比ではどの研究の統計でも女性のほうが多く、多くの研究で男性の1.5倍、当院では1.4倍です。年齢層は、新型コロナウイルス感染症の第5波以降は30代が多くなり、若年化の傾向が見られます。

家庭生活に大きな影響を及ぼす

新型コロナ後遺症の発症率は、論文や自治体の調査などから、感染者の半数前後に少なくとも軽微な症状が見られ、専門外来での受診が必要な患者は10%の割合でいると考えられます。発症の時期は、新型コロナウイルス感染症の発症からそのまま後遺症へと経過して長期間にわたって悩まされている患者が85%にのぼっており、海外で「Long COVID」と呼ばれていることを表しています。残りの15%は、一度治ってから数カ月~1年後に症状が現れています。また、長期間にわたって同じ症状が継続することもあれば、いろいろな症状が出たり消えたりを繰り返すこともあり、海外では「もぐらたたき」とも呼ばれています。新型コロナ後遺症を発症してから治癒するまでの期間は、数週間のこともあれば、新型コロナウイルス感染症の感染拡大から2年を経ても、その後遺症に悩まされ続けている方もいます。

新型コロナ後遺症が長期間継続すると、就業や就学、家庭生活に大きな影響を及ぼすことがわかっています。新型コロナ後遺症患者1832人に対して、経過中で一番状態が悪かったときの日常生活への影響を調べました(2020年11月下旬~2021年12月18日)。新型コロナウイルス感染症と確定診断された何らかの仕事をしている、あるいはしていた労働者1553人のうち、解雇・退職・廃業が114人、休職が736人、在宅・時短が186人という結果になりました。一番状態が悪かった時期を乗り越えて、復職、再就職された方がいる一方で、無職の状態が長く続き生活が困窮している方もいます。「大学進学を諦めた」といった高校生もいます。

「後遺症なんて、たいしたことはない」と思われがちですが、それは新型コロナ後遺症に対する理解不足によるもので、専門外来で見える現実は、「働き(学び)盛りの人が、働け(学べ)なくなる病気」「普通の生活ができなくなる病気」なのです。

表1 新型コロナ後遺症チェックシートヒラハタクリニックではオンラインでの新型コロナ後遺症外来も実施。後遺症外来を受診するかどうかの判断に利用できるチェックシート。「1~9」の数字をチェックした場合は、新型コロナ後遺症の疑いがある。

新型コロナ後遺症の治療法はまだ確立されていませんが、あらゆる症状への対抗策があるので、それを選択して行っています。重い後遺症でも、適切な治療をすれば改善することも多く、当院の統計では、準寝たきり以上の状態から、働くまでには至っていないものの普通の生活を送れるようになる改善率は、70%にのぼっています。

当院では、「生活療法」「上咽頭擦過療法」「漢方薬服用」を中心に、鍼灸、サプリメントなど、さまざまな治療法を組み合わせています。

生活療法で何よりも大切なのは、「だるくなることをしない」ことで、自宅で安静に過ごし、身体をしっかりと休めます。入浴は体力を消耗するので、シャワー浴や湯船につかるのは短時間で済ませるくらいにしておきます。

療養で落ちた体力を取り戻そうと、運動をするのは危険で、軽い散歩でもクラッシュを引き起こすこともあります。WHO(世界保健機関)の公開資料では、PEMがある場合は運動を控えることを明記しています。

頭を使う作業は脳の疲労を招くので、しばらくスマートフォンやパソコンを避け、ぼーっとのんびり過ごすようにすることです。仕事への復帰は、焦らずに、身の回りのことができるようになってからにします。出社して「しばらく休んだから」と無理をして残業などすると、悪化する危険性が高いので、ゆっくりと再開させるのがよいと考えます。

「鼻うがい」も簡単で効果的

新型コロナ後遺症で高頻度に現れるのが「胃食道逆流症」です。胃酸が上咽頭まで上がると、上咽頭の炎症が悪化するので、注意が必要です。食事は胃酸の分泌を促進するような脂っぽいもの、辛いもの、炭酸やカフェイン飲料、アルコール、食べすぎは避けるようにします。

上咽頭擦過療法は、新型コロナ後遺症では非常に有効な治療法です。「EAT(Epipharyngeal Abrasive Therapy)」や「Bスポット療法」とも呼ばれ、50年以上前から行われ、安全性が高く、安価な治療法です(図3)。

図3 上咽頭擦過療法新型コロナ後遺症では、上咽頭に炎症があり、めまいや倦怠感、咳などを訴えるケースが多々見られた。上咽頭擦過療法は、消炎剤の塩化亜鉛溶液を鼻と喉から擦り付ける治療法で、症状の改善が見られた。

上咽頭は、鼻の奥の喉に下りていく曲がり角の所で、鼻から入った空気が直接当たり、免疫機能が集中し、多数の神経が通り、脳にも近い部位です。上咽頭で炎症が起こっていると、全身のさまざまな部位で不調が起こるとされています。新型コロナウイルス感染症では、この部分に炎症が起きている人に後遺症を発症しているケースが多く見られました。当院でも、後遺症患者の上咽頭を調べてもらったところ、ほとんどで慢性上咽頭炎を併発していることがわかりました。

EATは、炎症が起きている上咽頭に、消炎剤である塩化亜鉛溶液を擦り付ける治療法で、内科の医師でも治療できるのですが、痛みや出血を伴うこともあるため、治療法に慣れている耳鼻咽喉科で施行していただいていることが多いです。

そもそもEATはME/CFSにも効果がある治療法だと知り、ME/CFSを発症する新型コロナ後遺症にも適応するのではないかと考え、当院の患者に対し、耳鼻咽喉科でEATの治療をしてもらいました。非常に効果があり、EATと他の症状に対する対症療法を組み合わせることで、新型コロナ後遺症の改善効果を発揮しています。現在、新型コロナ後遺症で来院する患者全員にEATを勧め、居住地近くでEATを行っているクリニックを紹介しています。

また、家庭で簡単にできる「鼻うがい」も勧めています。1日2~3回、体温程度の温かい食塩水(濃度0.9~2%の食塩水)を使った鼻の中の洗浄です。

漢方薬は、患者の体質やさまざまな症状に応じて処方できるので、非常に使いやすく、新型コロナ後遺症に適した内服薬だと考えています。サプリメントについても、脱毛や味覚障害・嗅覚障害には亜鉛、倦怠感にはBCAA(必須アミノ酸のバリン・ロイシン・イソロイシンの総称)などが有効であると実感しています。

2022年に入り、変異株のオミクロン株による感染が急拡大しています。軽症が多く、重症化が少ないとされていますが、感染から治癒した後の後遺症の発症率が高くならないか、非常に心配しています。新型コロナ後遺症については、世界各国で研究が進められています。解明されることが増えるにつれ、一人でも多くの患者が新型コロナ後遺症から復活できることを願っています。

(図版提供:平畑光一)

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ヘルシスト 272号

2022年3月10日発行
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