暮らしの科学第39回食べて、飲んでしっかり水分補給!

文/茂木登志子  イラストレーション/大塚美智子

風薫る季節となった。これから梅雨を経て夏に向かう中で多くなるのが「こまめに水分を摂りましょう」という、脱水症予防の注意喚起。だが、ここで疑問がわく。「水」と「水分」には何か違いがあるのだろうか? 何を、どのように、どれだけ摂ればいいのだろうか? 今回は「水分」に焦点を当て、健康との関係を探ってみた。

〈今月のアドバイザー〉
谷口英喜(たにぐち・ひでき)。神奈川県済生会横浜市東部病院患者支援センター センター長/栄養部部長/麻酔科医。専門は経口補水療法、周術期体液・栄養管理などで、著書『イラストでやさしく解説! 「脱水症」と「経口補水液」のすべてがわかる本【改訂版】』(日本医療企画)は広く読まれている。


水と水分。文字数では、一文字か二文字かの差だが、その内容を見ると両者には大きな違いがある。

「水はH2O。水分は、水にさまざまな成分が溶け込んでいるものです」

こう教えてくれたのは、私たちの体と水分の関係に詳しい医師であり、神奈川県済生会横浜市東部病院で患者支援センターのセンター長および栄養部部長を務めている谷口英喜さんだ。

「私たちの体の大部分は水分でできています。例えば、小児は体重のおよそ70%を水分が占めています。年齢層によってこの比率は変わり、成人は約60%、65歳以上の高齢者は約50%。生まれる前の、お母さんのおなかの中にいる胎児は約90%といわれています」

体重に占める体液の割合
体重に占める体液の割合は年齢層によって異なる。母親のおなかの中で育つ胎児は約90%、新陳代謝の著しい成長期の子どもは約70%と実にみずみずしい。だが、成長期を過ぎると、成人は約60%、高齢者は約50%という具合に、加齢に伴い減少する。

このような私たちの体の中にある水分を「体液」という。

「体液にはいろいろなものが溶け込んでいますが、いわば水はそれら溶解物の運搬役ともいえます。例えば、酸素やブドウ糖を体の隅々に届けたり、不要になった老廃物を体外に運び出したりという具合です」

体の中の水分といえば、すぐに思い浮かぶのが血液だろう。谷口さんによると、血液だけではなく、涙、唾液、リンパ液、消化液、そして脳脊髄液なども体液だ。老廃物として出ていく尿も体液であり、便にも体液が含まれているという。

「また、汗も体液の一つで、病気や運動などで体が熱くなったときに、汗として体外に出ることで体温調節を行っています」

体液の主成分は運搬役の水だ。そこに溶け込んでいる成分は、電解質と非電解質に大別される。水に溶けると陽イオン(+)と陰イオン(-)に分かれる物質を電解質というのだが、例えば栄養素ではナトリウム(Na)、カリウム(K)、カルシウム(Ca)など、新陳代謝を促し、体の調整役として働くミネラルが該当する。エネルギー源になるブドウ糖や体をつくるタンパク質などは非電解質だ。また、老廃物として体外に排出される尿酸なども非電解質だ。

谷口さんによると、「こまめに水分を摂りましょう」という注意には、「運搬役の水だけではなく電解質と非電解質をバランスよく補充しよう」という意味が込められているのだという。

要注意! 子どもと高齢者

体液は毎日入れ替わっているが、その量は常に一定であるように調節されている。何らかの理由でこのバランスが崩れ、体の水分つまり体液が足りなくなった状態が「脱水」だ。そして脱水に伴って何らかの症状が出た場合を「脱水症」という。

「もともと私たちの体で水分の多い場所というのは、筋肉や脳、消化管。この辺りは十分な水分がないと機能しません。ですから、脱水になるとこうした部分に初めに異常が生じます」

体の水分不足を知らせる最初のサインが、口こう渇かつだ。のどが渇いて水が飲みたくなる。これが黄色い注意信号だとしたら、脱水症で出現するさまざまな体調不良は、命の危険を知らせる赤信号だ。谷口さんは十分な水分がないと機能しない例として以下のような症状を挙げた。これらは重複して生じることもあるという。

〈筋肉の異常〉

  • 体中が痛くなる。
  • 筋肉に力が入らなくなる。
  • 筋肉の痙けい攣れん(こむら返り)が起こる。

〈消化器の異常〉

  • 食欲がなくなる。
  • 下痢、便秘が起こる。
  • 消化吸収の不良。

〈脳の異常〉

  • 集中力が低下する。
  • 頭痛がする。
  • 意識障害が起こる。

脱水になりやすいのは「筋肉のない人」「子ども」「高齢者」だという。それぞれの理由を尋ねると、一つ目の筋肉と脱水には、こんな関係があった。

「体液は全身にあります。体の中でいちばん多く体液があるところは、筋肉なのです。体液の量は筋肉量に比例しています」

例えば、焼き肉やステーキを思い浮かべてみると、分かりやすいかもしれない。新鮮な肉はみずみずしく、焼く前は水分がいっぱい含まれている。ところが、焼くうちにその水分が飛ぶ。焼き過ぎると、水分がカラカラになくなり肉が硬くなってしまう。

というわけで、運動習慣があって筋肉の多い人は、体液が多い。反対に、子どもや高齢者などは筋肉量が少ないので、体液の貯水量も少ない。だから脱水になりやすいのだ。なお、体に脂肪の多い人も、体液が少ないので脱水にならないように注意が必要だ。なぜなら水と脂は混ざらないので、脂肪では体液を蓄えることができないからだ。

二つ目。子どもが脱水になりがちなのはなぜか?

「前に述べたように、子どもの体は、体重のおよそ70%が体液です。言い換えると、子どもはそれだけ多くの体液を必要としているということ。70%の体液を維持していくのは大変です」

しかも、成長期の子どもは新陳代謝が著しいので、ミネラルを必要とする。つまり、電解質が欠かせないのだ。だから、注意しないとちょっとしたことで脱水になりやすいというわけだ。

三つ目。高齢者と脱水の関係は?

「加齢に伴って筋肉量が減り、体液の貯水力が低下するため、もともと水分不足なのです。体重比50%という数字からもそれが見てとれます。また、加齢に伴って感覚機能も低下するため、のどが渇いても自覚しにくい傾向があります」

このほかにも、高齢者の場合、利尿作用のある降圧薬を服用している人が少なくない。尿という形で体液を体外に出してしまうので、これもこまめな水分補給を怠ると脱水を招く一因になる。

脱水の確認方法

体液維持と補給は食事から!

脱水にならないようにするには、どうしたらいいのだろうか?

「体液の維持には、運搬役の水だけではなく電解質と非電解質をバランスよく補充することが大切です。そのためにいちばん大事なことは、食事をしっかりと摂ることです。なぜなら、食事には体液を構成する水や栄養などのさまざまな成分が含まれているからです」

食事を基本にして、気温の上昇や活動・運動量など、一人ひとりの生活状況に合わせて、体液の主成分である水を補給すればいいと谷口さんはいう。

「多くの水分を必要とする成長期の子どもの場合は、量や飲む時間を制限してはいけません。制限するのは、飲み物の種類だけです」

谷口さんの助言は以下のとおりだ。

  • 子どもが飲みたいときに、飲みたいだけ、存分に飲ませる。
  • 何歳の子どもは何ml飲む、と決めるのは危険、同じ年齢でも体型が大きく異なるため。
  • 甘い飲み物は糖分摂取過多になるので、避ける。

「理想的なのは、授業中も自由に飲んでもいいという環境ですね。集中力は高まるし、体にもいいです」

子どもがいつでも水を飲める環境づくりに努めるのが大人の役割だ。飲み過ぎても過度な心配をしないように、と谷口さんは助言する。飲み過ぎたら、トイレが近くなるとか、おなかが痛くなるとか、子どもは自分の体で適量を体得するからだ。

水分不足でのどの渇きを自覚しにくい高齢者の場合は、お茶や水を器に注いでも、なかなか口に運ばないケースもある。

「薬のように、時間と量を決めて飲みましょう。例えば、1時間おきにコップの水3㎝分を飲む、というように。少量でも確実に飲める量を、回数多く。これがコツです」

また、薬を飲む機会を有効活用するのもいい。服薬時にコップ1杯の水を用意したら、薬を飲み終わっても、残りの水を捨てないで最後の1滴まで飲むことを谷口さんは推奨する。

一般成人は、アルコール以外の好きな飲み物を飲めばいい。緑茶やコーヒー、紅茶などには利尿作用のあるカフェインが含まれている。だが、カフェインは体が慣れてくるので、毎日飲み慣れている人であれば、心配しないで楽しめばいい。ただし、脱水時にはこれらの飲み物は厳禁だ。また、子どもの場合と同様に、糖分の多い飲料も、避けたい。

経口補水液の利用方法

しっかり食事を摂り、適度に水を飲んでいれば脱水の心配はない。だが、食べられない人やこまめな水分補給ができない人は、経口補水液を利用するといい。

経口補水液は、ブドウ糖とさまざまな電解質を配合した飲料で、軽度から中等度の脱水状態の改善を目的としている。脱水状態の場合は、単純な水不足ではなく、電解質など体液に含まれる成分が不足している。そのため、普通にのどを潤す飲料ではなく、経口補水液での体液補給が望ましい。経口補水療法で周術期の患者の回復支援を行っている谷口さんは、市販の経口補水液を取り入れている。

「手術前は絶飲食になり、場合によっては下剤を用いることもあるため、脱水状態になる恐れがあります。通常の食生活が成り立っていないので、最低限の水分補給として患者さんに“飲む点滴”の経口補水液を飲んでもらっています」

口から飲む、ということにも意義がある。患者さんの口渇感を抑えることができるのに加え、不安感も減るからだ。

「かつては、点滴の薬液に鎮静剤や安定剤などを入れていました。しかし、補水液を口から飲んでいると日常生活の感覚が維持できて気持ちも安定するため、そうした薬剤が必要なくなります」

具体的には、手術前日の夕食後から手術の2時間ぐらい前まで、患者に経口補水液を飲んでもらう。その量は人によって異なるが、およそ1~1.5ℓ。これはちょうど食事を1~2回抜いたときに不足する水分の量に相当するという。

谷口さんによると、例えば朝ごはんを抜いてしまった場合、水分を補うという点では経口補水液を500㎖ほど飲むといいのだという。エネルギーは摂取できないが、最低限の水分補給になる。

「言い換えると、1食抜くと、それくらい体の水分が足りなくなるということです。しっかり食事を摂ることが、本当に私たちの健康にとって大事だということが分かるでしょう」

日々の生活の中でしっかりと食事を摂り、水不足にならないように好みの飲料で適切に補給する。そして、万が一、脱水の不安を感じたら、経口補水液を活用する。脱水に体調不良が伴う場合は、医療機関を受診する。体に水分が必要な理由を理解してこのような対策を実践し、これからの季節も健やかに過ごそう!

体と水分と健康を理解するキーワード

■ミネラルの働き
人は水がないと生きられない。だが、水だけでは体を動かせない。水に電解質が含まれている、つまりミネラルが溶けていると、新陳代謝を促したり、体を動かしたりすることができる。

■脱水になりやすい下痢・高熱
急性胃腸炎(ノロウイルス・ロタウイルスなど)による下痢・嘔おう吐とや、インフルエンザなどによる高熱・発汗は、脱水になりやすい。経口補水液の摂取で脱水の進行を抑制することができる。

■梅雨は熱中症に注意
汗をかいて体から熱を放出するのも体液の働きだ。だが、ジメジメした梅雨時は、汗が蒸発しにくく、体温調節が阻害されやすい。そのため、脱水症より熱中症になりやすい。

■食べる水分をおやつに
5月くらいから店頭に並び始めるスイカは、食べる経口補水液ともいえる。また、みずみずしいトマトやキュウリなども同様だ。旬の果物や野菜で、食べる水分補給を楽しもう。

■電気を通す電解質
心臓が休みなく拍動し、私たちが自在に体を動かせるのは、脳からの指令が電気信号として神経や筋肉に伝達されるから。電気を通す性質がある電解質は、こうした伝達にも関わっている。

■大腸内視鏡検査前に
検査前に下剤を用いて腸を空にするが、医師の許可があれば検査の2時間前までならば脱水予防のために経口補水液を飲んでも大丈夫。便にならないので、飲んでも内視鏡検査に支障はないからだ。

■“貯筋”で“貯水”
体の中でいちばん水分が多いのは筋肉だ。水分不足にならないように、日頃から食事でたんぱく質を摂り、適度な運動をして、筋肉を増やそう。

■スポーツ飲料との違い
スポーツ飲料は運動で失ったエネルギー補給のための飲料だ。経口補水液とは含有成分濃度が異なる。水分補給を目的とする場合には、経口補水液を選択しよう。

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ヘルシスト 261号

2020年5月10日発行
隔月刊

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