特集 子どもの栄養 〈巻頭インタビュー〉
子ども時代の「栄養」が生涯にわたり影響を与える

構成/飯塚りえ

幼児期の栄養、その後の各ライフステージの栄養が、成人期の健康に影響を与えることがわかってきた。青年期以降は自分の意識の変化から食事や行動を変えてより良い栄養状態につなげることができるが、子ども、特に幼児期の栄養状態をより良いものにするためには、養育者との関わりだけでなく、周囲の環境を整えることも重要だ。スクリーンタイムなどきわめて現代的な課題や、食品多様性といった新しい視点が示されるなど、子どもの栄養を体系的に考える知見もそろいつつある。

国立保健医療科学院生涯健康研究部上席主任研究官

石川みどり(いしかわ・みどり)

2002年、女子栄養大学大学院栄養学研究科博士課程修了(栄養学)。 独立行政法人国際協力機構(JICA)栄養専門家としてガーナ、フィジー、グアテマラ、 アフガニスタン等で活動。その後、大学教員(公衆栄養学)を経て、2014年から現職。管理栄養士。 現職では、自治体保健行政に従事する管理栄養士等への研修、WHO国際研修、国際協力機構(JICA)事業等に携わっている。2015年度厚生労働省乳幼児栄養調査企画・評価研究会委員。JICA技術専門員(栄養)。

人生の各ライフステージに特徴的な栄養の課題を捉えて、適切に対応していくことの重要性が認識されるようになっています。ある時期の栄養不良が、その後に続くライフコースに大きな影響があることがわかってきたからです。子どもの場合、出生時の体重が少ないまま、不適切な母乳育児や食事が続いて小児期の栄養不良が改善されないと、慢性栄養不良となったり知的可能性に影響が出たりすることがわかっていますし、母親が痩せていると低体重の子どもが生まれやすいといった報告もあります。胎児期の低栄養が、成人期の生活習慣病の発症リスクを上げる可能性も指摘されるなど、子ども時代の栄養状態は生涯にわたって影響を与えることが見えているのです。

幼児期のガイドラインが抜け落ちている

ライフコースを見据えた、妊娠期から成人期までの栄養状態を左右する要因は、生物学的、物理的、社会的行動、また日常生活の経験など多岐にわたります。ライフコースを通して良くない栄養状態が継続されることは、個人の健康状態に影響を及ぼし、また世代を超えて集団の健康格差を生む可能性もあります。そのため、子どもの栄養状態に影響を及ぼす食事の把握が重要であると考えています(図1)。

(Herman DR, Baer MT, Adams E, et al. Life course perspective: Evidence for the role of nutrition, Matern Child Health J, 18:450-461, 2014を改変して引用)

図1 人間の栄養状態に影響する重要な時期に必要とされる食品/栄養素の例人の生涯を乳幼児期、学童期・思春期、成人期、高齢期、妊娠期と5つに分けて考えると、それぞれに重要な栄養問題がある。その点に適切に介入し、食事摂取と健康を育むことができると考えられている。

生涯を通した栄養への支援を行うべく、日本には、母子の健康に対する「健やか親子21」や「健康日本21」といった国民運動や、保健事業として、母子健康手帳、妊婦健診、1歳6カ月児・3歳児健診、学校における健診、給食があります。ガイドラインには妊産婦と授乳、離乳に関しての指針、食生活指針、支援ガイド、食事摂取基準があります。ところがこの一連の施策の中で幼児期の支援のためのガイドラインがすっぽりと抜け落ちてしまっているのです。

確かに保育所の食事提供などのガイドラインはありますが、養育者に向けたものはなく、また食事以外の支援についても方向性が提示されていません。子どもの栄養への介入は、母親のおなかにいるときから切れ目なくつなげることが重要というのは、栄養関係者の一致する意見ですので、私も参加する研究チームなどで幼児期のガイドラインの作成に向けて現在、作業をしています。

日本は他国に比べると、子どもの栄養に関する研究が少ないといわれることがありますが、そこには、日本には幸いにも発育曲線の範囲からはみ出る子ども、つまり極端に痩せている、あるいは極端に太っている子どもの割合が少ないという背景があるからかもしれません。成人の肥満は、生活習慣病に結びつき、医療費の増加を後押しすることになるため大きな問題となるのですが、肥満傾向児の割合は、2015年度以降、幼児で2~3%、学童期で10~11%を推移しています。この程度の割合だと、各支援現場でそれぞれの子どもを見守りながら対処できる範囲であるとも考えられます。ただ、先般報告のあった2020年度学校保健統計調査では、子どもたちの体形に変化が見られました。

肥満傾向の子どもが増加している

11歳男子の肥満傾向の割合は13.31%など、各年齢で、前年に比べて肥満傾向の子どもが増加しているのです。コロナ禍での特殊な環境における結果ですが、保育所給食の中止や、養育者のテレワークの実施頻度増加などにより、人々の行動や生活が変化したことも考えられます。2011年の東日本大震災と福島県の原子力発電所事故後にも、肥満傾向の子どもが増えたことがわかっています。こうした生活の変化や社会状況を踏まえ、関係者は来年度以降の調査結果を注視しています。

コロナ禍では、学校の活動が制限されてつらい環境であることは想像できますが、その中でどのような食事が子どもの肥満につながるのかは明らかになってはいません。あるいは運動不足かもしれませんし、間食を摂りすぎるからかもしれません。しかし、少なくとも健やかな発育や発達のための支援について考えるとき、食事内容について指導するだけでは不十分だということは想像できます。2019年、ユニセフの資料には、子どもの食事に影響を与える環境の要因が記されています(図2)。

(UNICEF: The Innocenti Framework on Food systems for children and adolescents. The State of the World’s Children 2019: Children, food and nutrition, P56を翻訳して引用)

図2 子ども(離乳期から思春期頃まで)のための食環境子どもの栄養に直接的に影響するのは食事の内容だとしても、その食事の内容は、間接的な周囲の環境に大きく左右される。

まず家に保管してある食料を調理して食べるという家庭内のダイナミクスにおいて、この家庭がアクセスできる食品によって、子どもに提供される食事の質が違ってきます。経済状況の影響はわかりやすいとしても、近隣のスーパーではどのような商品が売られているのか、その食品は安全なのか、手頃な価格で買えるのかといったことで食事の質が左右されるのです。また、小売店で販売される食品は、衛生的に生産・加工されたものなのかという、食料システムにも影響されます。さらに、子どもの食事は、保育所や認定こども園といった子どもの預け先でどのようなメニューがどのように提供されるのか、保育士の栄養への理解はどの程度あるか、など周囲の環境にも大きく影響を受けます。乳幼児の健やかな発育のための食環境が整えられるように、周囲が条件をそろえなくてはなりません。

子どもの栄養を取り巻く環境に関して、最近、しばしばとりあげられるキーワードが2つあります。1つが「食品多様性」です。

これまで、成人や高齢者などを中心に、年齢に応じてバランスの良い食事を摂ることが重要であるといわれてきました。一方で、幼児期や学童期の子どもについては、母乳育児の重要性や、鉄、カルシウムといった不足しやすい栄養素の摂取に対して注意喚起がなされる程度で、幼児期における「バランスの良い食事」をどのように考えるべきかという問題が残っていたと思います。

その点について、国際連合食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、ユニセフといった国際機関はこの数年、そろって「子どもには多様な食品を食べる経験をさせること、すなわち、食品多様性が重要である」と示すことが多くなっています。

「子どもが食べようとしない」「養育者の好みではない」という食品でも、子どもが食べてみようかなと思う機会をつくる、多様な食品を食べる経験をさせてみることが、子どもの潜在的な可能性を高めるために重要だと、世界が共通して認識しつつあるのです。それが結果的に子どもの良好な栄養バランスにつながるのではないか、またそうした多様な食品を食べた経験のある子どもは、大人になって自分で食事を選ぶようになったときにも栄養バランスに気をつけて食べることが多いのでは、などといった仮説も出ています。

では、子どもにどうやって多様な食品の摂取を促せばいいのでしょうか。

厚生労働省の2015年度乳幼児栄養調査を見ると、2~6歳の子どもが1日1回以上摂取する食品がわかります(図3)。これを見ると、穀類は98.8%の割合で摂取されていますが、全体に摂取する食品の数が少ない傾向であることがわかります。養育者には、健康的な食事のために「野菜が良い」「甘くない飲料が良い」という情報が浸透しているためか、高い割合で1日1回は摂取していることが見て取れます。肉も魚も卵も大切な栄養素摂取源なのですが、子どもに野菜を食べさせることへの養育者の意欲が強いことがうかがえます。

(2015年度乳幼児栄養調査結果報告〈2~6歳の子ども対象の調査〉より引用)

図3 食品群別 1日1回以上摂取するものの割合1日1回以上、野菜を摂取している割合が意外に多いが、他方で食品数に偏りが見られる。

私も、子どもの食品多様性とその要因について知るべく、子どもの食事や生活習慣について研究しています。先の厚労省のデータから、1日の食品数を8点満点で点数化し、3点以下を多様性の低い群、4点以上を高い群とします。そのデータと生活習慣、家庭環境などとの関連を分析することで、食品多様性と関連があるだろうと思われるいくつかの要因が見えてきました。

まず、経済的なゆとりがある家庭の子どもは多様な食品を食べていることが多いようです。これは理解しやすいものではあるのですが、もう一つ注目したいのが、テレビ、ビデオ、ゲームといったいわゆる「スクリーンタイム」です。子どもの食品多様性とスクリーンタイムに強い関係があるという研究報告は、日本だけでなく複数の国から出ていますが、日本でも、平日、休日ともに食品多様性スコアが3点以下の子どもは、一日のスクリーンタイムが2時間以上という層に多く属していました。また食品多様性が低い日本の子どもは、ファストフード、インスタントラーメンを食べる者が多いという結果も出ています。

生活リズムが食品多様性と関連する

子どもの場合、本人の行動だけでなく、同居家族など周囲の行動にも影響されるので、食品多様性に関連する、養育者が気をつけていることも分析してみました。

その結果、「栄養バランスに気をつけている」という養育者の子どもに食品多様性が高いことが確認されました。加えて、間食の内容に気をつけている場合も、朝昼晩の食事で摂取しきれなかった食品を摂っているようです。幼児は、一回の食事の量が少ないので、食品の多様性を高めるには間食を上手に使うことが必要です。おやつとして甘いお菓子ばかりではなく、ヨーグルトを与えてみるなどの工夫をするだけで、多様性が高くなるのです。

興味深いのは、養育者が規則正しい食事時間に気をつけている場合、子どもの食品多様性が高かったという結果です。これまで乳幼児健診での育児・栄養指導において、生活リズムを整えるために、食事は決まった時間に規則正しく摂りましょう、という指導がされてきましたが、その生活リズムが食品多様性と関連するということは新鮮な発見でした。私の仮説ではありますが、その関係性に、間接的にスクリーンタイムが含まれるのではないかと感じています。

子どもの栄養には、養育者と子どもという関係と、その関係に誰がどのように関わっているか、つまり家庭内で何をするかということと、食品を販売する商店や食品メーカー、あるいは保育所など、家庭の外の環境とが相まって、子どもの栄養状態に影響を与えます。このときに食品多様性を獲得した子どもは、成人期の食品多様性にもつなげていけるでしょう。子どもの栄養が養育者の影響を大きく受けるとしたら、養育者自身も多様な食品に触れた経験をしていなくてはなりません。そういう養育者となるように、子どものうちから支援することも必要になってくるのではないかと考えています。

子どもの栄養は、倫理的配慮を重ねる必要があって調査が難しい部分があります。しかし、必要性への理解が進み、調査研究が十分にできれば、その後に続く学童期や思春期との共通性を探ることができるようになります。そうすれば、ライフコースを通した栄養への支援もいっそう充実すると考えています。

(図版提供:石川みどり)

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ヘルシスト 272号

2022年3月10日発行
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