特集 ペットと暮らす 〈巻頭インタビュー〉
動物とのふれあいは人の健康にどのような効果をもたらすか

構成/飯塚りえ  イラストレーション/小湊好治

動物とふれあうことで前向きになれたり、気持ちが穏やかになったりすることを実感する人は多いはずだ。動物好きにとってペットを飼うという行為は、単なる飼育を超える特別な意味合いを持っているようだ。事実、海外では、ペットが人の感情に影響し、健康に良い効果をもたらすという、これまで経験的に理解されていた「通説」についての研究が進んでいて、確かなエビデンスも出てきている。このように科学的に証明されたペットの効用は、実社会でも取り入れられつつある。

東京都立大学大学院都市環境科学研究科名誉教授

星 旦二(ほし・たんじ)

1950年、福島県生まれ。福島県立医科大学卒業。竹田綜合病院で臨床研修後、東京大学で医学博士号を取得。東京都衛生局、厚生省(現・厚生労働省)大臣官房医系技官を併任。英国・ロンドン大学大学院留学を経て、現職。公衆衛生を主要テーマとして、健康長寿に関する研究を続ける。

私は公衆衛生をテーマに、健康長寿に関して研究を続けてきました。その一環として、ペットが人間の健康に与える影響について、考えるようになりました。

ペットは「家族の一員」

振り返れば、私が動物のちからを意識するようになったのは、娘が仔犬を拾ってきたときからです。その仔犬は、たちまち家族のアイドルとなり、そして、近所の子どもたちとも一緒に遊ぶようになりました。その様子を見るにつけ、ペットが子どもの情操教育に影響を与えているように感じていました。そんな折にペットに関する海外の論文集に触れる機会を得て、経験的に理解していたペットのちからについて、体系的に論じられ、科学的なエビデンスも得られているのを知り、関心を持つようになったのです。

日本ペットフード協会の調査によると、2023年時点で、全国のイヌの飼育頭数は約684万頭、ネコの飼育頭数は約907万頭と推計されています。ペットはかつて「番犬」や「ねずみ捕り」のような役割を担っていましたが、現在は、ペットに対する考えが変わってきています。家族の形態が変わり、本来は人間が担うべき役割をペットが担うようになっています。それによって、ペットは「家族の一員」として、養育や保護、愛情の対象と見なされるようになりました。

健康とペット飼育との関連を見てみると、ペット飼育者では、医療機関を受診する回数は少なく、医療費も少ないという研究結果がありま

特に、イヌを飼っている人の運動量が、他のペットを飼っている人やペットを飼っていない人に比べて多い傾向にあります。イヌを飼っていると散歩をするので運動量が多くなるだろうと推察できますが、興味深いのは、イヌの散歩以外でも体を動かすことが増える傾向にあることです。いくつかの研究で報告されています。

例えば、アメリカ・ミシガン州の住民を対象とした調査では、イヌを飼っている人が1週間に150分歩く割合は、イヌを飼っていない人に比べて34%も上回ると報告しています。加えて、余暇に体を動かす活動をする人の割合もイヌを飼っている人は、イヌを飼っていない人に比べて69%も上回るという結果が出ていま。ペットの飼育が、日常生活の行動にも変化を与えていると推察できます。運動が心身の健康に貢献することは疑いなく、特に高齢者の医療費の増大が問題になる今、注目すべきペットの効用といえます。

実際、ペットは、老若男女を問わず、多くの人の心身の健康に影響を与えています。まず、子どもについて見てみましょう。

ペットを飼ったことのある保護者であれば、子どもの豊かな成長にペットが寄与していることを実感していると思います。就学前の子どもを保育する施設で、本物のイヌを置いたときとぬいぐるみのイヌを置いたときの行動の差を調べた実験を見てみましょう。

本物のイヌがいる場合は、子どもたちはイヌに触ったり、話しかけたりして、親密な関係が生まれ、さらに子どもたちには自ら行動する意識が生まれたというのです。本物のイヌからは、子どもたちに挨拶をして回るなどの働きかけがあり、それが子どもたちの考えるちからや理解力、判断力などを活性化しているのだろうと報告しています。また、先生の指示に従うようにもなったそうです。ぬいぐるみのイヌでは、子どもたちにこのような変化は起こりませ

身体的な健康状態が維持される

さらに、学習能力についての南アフリカからの報告は興味深いものがあります。

小学3年生を対象とした読み聞かせの研究では、イヌに読み聞かせるグループ、大人に読み聞かせるグループ、クマのぬいぐるみに読み聞かせるグループでその習熟度を比較しています。すると、イヌに読み聞かせたグループの子どもは、他のグループの子どもに比べて、読書速度や正確性、理解力が高まるというので(図1)。

Le Roux MC, et al. Child and Youth Care Forum, 43:655-673, 2014.より改変

図1 性別と4つのグループにおける読解年齢の相互関係読み聞かせの調査では、イヌに読み聞かせたグループが他のグループに比べて速度、正確性、理解力が高まっていた。イヌの存在が気持ちを安定させ集中力を高めたと推察できる。

子どもの体に与える影響はどうでしょうか。

成人の場合は、ペット、特にイヌを飼育するようになると、外出の機会が増えるため、心肺機能が向上し、あらゆる面で身体的な健康状態が維持されることをいくつもの研究が示していますが、子どもの場合も同様の報告がされています。

9〜10歳の子ども2065人を対象とした英国での調査では、イヌを飼っている家庭の子どもは、活動量が多く、1日の歩数も多くなることが分かりまし。散歩の必要があるのはもちろんですが、家庭の中でもイヌなどのペットの飼育のために体を動かすことが増えるのでしょう。肥満予防の効果があるという結果も出ています。別の研究では、イヌがいると、子どもの運動能力が向上し、積極的に、また素早く行動するようになるという報告もありま

日本では、子どもの運動時間の減少に伴う運動能力の低下が問題になっていますが、その点だけを見ても、ペットがいることが健康に寄与することが分かります。

また、過去の研究により、子どもの言語機能は運動機能とともに発達することが分かっています。つまり、ペットの存在は運動機能の向上、そして学習機能の向上につながることがいわれているのです。

イヌは医療施設でも活躍しています。アメリカでの研究では、手術後、間もない5〜18歳の子ども25人をイヌが訪問するというイヌ介在療法(ドッグセラピー)を実施したところ、肉体的な痛みや精神的な苦痛が減ったという回答が多く得られまし。イヌとのふれあいによって、鎮静作用を持つエンドルフィンなどが分泌されたのだと思われます。アメリカ・ネブラスカ州のある大学では、3〜6歳の子ども23人の医学的検査の際に、イヌが傍らにいる場合といない場合を比較するため血圧、心拍数を調べたところ、どちらも低く抑えられ、ストレスが軽減されていることが分かりまし。医療の現場でも、イヌがちからを発揮する場面があるということです。

興味深い研究の一つにアレルギーの話題があります。

厚生労働省による調査では、アレルギー患者が年々増加しています。中でも気管支、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎が多く、気管支喘息は年間120万人を数えて、19歳以下が38%を占めています。乳児期にアトピー性皮膚炎と食物アレルギーを同時に持っている子どもも多く、成長につれて、こうしたさまざまなアレルギーを連鎖的に起こすアレルギーマーチという現象も懸念されています。

アレルギーを持っていると、動物とのふれあいを避けようとする傾向がありますが、スウェーデンの研究では、1歳未満で2匹以上のイヌかネコに接触した子どもたちは、まったく接していない子どもに比べて6〜7歳に成長したときのアレルギー(チリダニ、イヌ、ネコ、ブタクサ、ブルーグラス)の検出率が非常に低いという結果が出まし。7〜8歳の3431人を対象にしたスウェーデンの疫学調査では、家族が喘息にかかったことがあると子どももかかる傾向がある一方で、ペット、特にネコがいる家庭で喘息のアレルギー症状が出にくい傾向にあるともいっていま

一方、ペットの飼育が喘息症状を悪化させるという報告も多くあります。免疫のメカニズムは複雑で、ペットの飼育とアレルギー反応の関連性には明確な結論が出ていませんが、いくつかの研究では動物との接触が免疫の作用に何らかの影響を与える可能性を示唆しています。特に、私が注目しているのは腸内細菌などの常在菌です。家族の一員としてペットが家にいると、ペットの常在菌に触れることになります。それが人の免疫作用に影響を与えるのではないかと推定されます。

イヌに癒やされて精神的に安定する

ペットと高齢者について見る前に、健康づくりの前提について触れたいと思います。

世界保健機関(WHO)は、健康づくりのためには、保健、医療、福祉だけでなく、教育、輸送、住居、都市開発、工業生産、農業といった分野を健康に関連づけていくことの必要性を説いています。背景には、カナダやアメリカの行政機関が、健康維持に貢献する分野は医療が10%程度で、生活習慣(50%)や環境(20%)のほうが医療よりも大きな役割を持つと報告したことがあるでしょう。

WHOは、健康維持のために望ましい医療とともに、生涯学習を含む教育や社会関係を保ち、外出を増やすこと、移動を支援すること、家族の団らんや身だしなみを整えるのに適した住居、生きがいや、森林などの緑に接する環境の維持を挙げています。

これを踏まえると、イヌやネコといったペットを飼育することの健康効果はどこにあるでしょうか。

イヌを飼っていると、他の人に対しての責任感が生まれたり、一緒に活動する“仲間”を得て、イヌに癒やされて精神的に安定したり、また、イヌによって家族の結びつきが増えたり、他者への関心が育まれたりするなど、前向きな気持ちが生まれるとされていま

もちろん身体的な効果も報告されています。日本での研究では、65歳以上の高齢者339人を対象にした調査で、イヌを飼っている118人はイヌを飼った経験のない人に比べて、掃除・洗濯や料理、買い物などの家事一般や交通機関の利用、電話でのやりとり、スケジュール調整など、複雑な日常生活の活動(手段的日常生活動作)が維持されることを報告していま

私たちも、高齢者の健康とイヌやネコといったペットの飼育がどのように関連するのか、そして2年間の累積生存率(ある期間を通じての生存率)との関連を明らかにすべく、全国の16市町村に住む在宅高齢者2万551人に生活、健康状況、またその後の累積生存率について調査をしています。

その結果、2年後の生存率は、ペットを飼育している人のほうが高いことが分かりました。しかも、そのペットの世話をよくしている人ほど、長く生きることも明らかになりました(図2)。

図2 ペットの飼育と世話の生存率への影響在宅高齢者2万551人の生存と死亡を2年後まで追跡した結果、ペットを飼育するだけでなく、世話をすることが健康に貢献すると分かった。

認知症の発症リスクが4割低くなった

ペットを飼育、世話することのどのような側面が長生きにつながるのでしょうか。

まず、ペットを飼育するには一定以上の収入が必要だということが分かります。現実的に、収入が健康を維持する上での重要なファクターになることは間違いないのですが、この調査では、収入額そのものがその後の生存維持に直接的には連動していないことも見えています。それよりも、ペットの世話をする高齢者は、生活満足度や主観的健康感(「自分は健康だ」と思う気持ち)が高く、外出の頻度も高い、という結果が出ました(図3)。

図3 生存日数と要因生存日数に直接影響するのは、イヌ・ネコの世話をすること、間接的には年間収入額だった。この関連構造は、男女とも同様の傾向だという。

高齢者の疾病といって認知症を思い浮かべる人も多いと思いますが、これについても、イヌを飼っている人は、飼っていない人に比べて認知症の発症リスクが4割低くなったことが報告されています。ただ、残念ながらネコでのリスク低下は見られなかったとのことです。

しかし、韓国ではペットとしてコオロギを飼育することで、高齢者のうつ病と認知機能にプラスの効果があることを示す研究が発表されていま

私は、高齢者の健康で大切なことは「きょうよう」と「きょういく」と考えています。

があって」「ところがある」ことが、日々を送る生きがいとなります。ペットの存在は、この2つを実現するための効果的な“仕掛け”です。イヌは、特に散歩のために外出し、イヌを介したコミュニケーションも生まれ、それがまた、気持ちを活気づけるという良い連鎖が生まれます。コミュニケーションという点では、ネット空間においてはネコのコミュニティが盛んです。運動は伴わないかもしれませんが、愛情を持ってネコを飼育することが他の人とのつながりを広げていることもあります。

ペットを飼育している高齢者が、「ペットを放っておけないから死ねない」という話をすることがよくあります。ペットの飼育と長生きとの関連の本質を捉えた言葉だと思います。ペットがいることが健康な生活を送ろうというモチベーションになっているのです。

あるとき、イヌなどペットを飼うことと健康との関連について講演で話していたところ、参加者から「ウシではダメですか?」という質問をいただきました。その方は、畜産業を営んでいて、ご自身のところで飼育しているウシに大変豊かな愛情を持っていて、心の安らぎにもなっていることがよく分かりました。しかし、出荷するときの悲しみも口にされていて、とても複雑な心情が印象に残っています。

動物とのふれあいは人間同士とは異なる感情を引き出し、健康効果を生む―その事実は経験的に、また多くの研究でも示されているのです。

(図版提供:星 旦二)
  • *1 Taniguchi Y, Yokoyama Y, Ikeuchi T, Mitsutake S, Murayama H, Abe T, et al. Pet ownership-related differences in medical and long-term care costs among community-dwelling older Japanese. PLoS One,18:e0277049, 2023
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  • *4 Le Roux MC, Swartz L, Swart E. The effect of an animal-assisted reading program on the reading rate, accuracy and comprehension of grade 3 students: A randomized control study. Child and Youth Care Forum, 43: 655‒673, 2014
  • *5 Owen CG, Nightingale CM, Rudnicka AR, Ekelund U, McMinn AM, van Sluijs EM, Griffin SJ, Cook DG, Whincup PH. Family dog ownership and levels of physical activity in childhood: findings from the child heart and health study in England. Am J Public Health, 100:1669‒1671, 2010
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  • *8 Nagengast SL, Baun MM, Megel M, Leibowitz JM. The effects of the presence of a companion animal on physiological arousal and behavioral distress in children during a physical examination. J Pediatr Nurs, 12:323‒330, 1997
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  • *11 小林真朝. 犬の飼育から人々が得るもの. 聖路加看護大学紀要, 39:1‒9, 2013
  • *12 齊藤具子, 岡田昌史, 上地勝, 菊池和子, 他. 在宅高齢者におけるコンパニオンアニマルの飼育と手段的日常生活動作能力(Instrumental Activities of Daily Living; IADL)との関連 茨城県里美村における調査研究. 日本公衆衛生雑誌, 48:47‒55, 2001
  • *13 Ko HJ, Youn CH, Kim SH, Kim SY. Effect of pet insects on the psychological health of community-dwelling elderly people: A single-blinded, randomized, controlled trial. Gerontology, 62:200‒209, 2016

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