ウェブ環境の発達は論文などの学術報告の推進に寄与している。オンラインジャーナルは、論文の投稿から掲載までの時間をかなり短縮したし、オンラインで無料で制約なしに閲覧が可能なオープンアクセスジャーナルも増えている。生命科学の研究者は“PubMed”(医学・生物学分野の学術文献の検索サイト)で読みたいトピックの論文を即座に閲覧することが可能となっている。一方で、苦労して書き上げた論文は投稿先の学術雑誌にすぐに掲載されるわけではなく、同じ研究領域の複数の研究者による査読(掲載の妥当性を評価する)という高いハードルを越えねばならない。現在では、この査読作業(編集局-査読者-著者の間のやり取り)もオンラインで行われており、論文掲載までの手間暇を相当削減している(昔は、郵便でのやり取りであったから、欧米との時間差というハンディキャップがあった)。
国際共通言語である英語でのコミュニケーション能力を培う旨、担当する学生に指導している。もとより英語自体は筆者の専門でないが、「科学技術英語」表現の基本として、“clear(明確に)”、“correct(正しく)”、“concise(簡潔に)”の3Cが肝心であることを学んだ。また、reverse engineeringは工業分野の製品開発にまつわる言葉と思っていたが、一般的な科学技術英語でもこの概念が重要であることは「目から鱗」であった。できあがった文章を一度ばらして、より合理的な説明のための再構成を行う。現在、ウェブ翻訳アプリをとても重宝しているが、元となる日本語文章がお粗末だと、これが見事に、翻訳された英語文章に反映されてしまい、苦笑することしばしばである。日本語文章の段階でreverse engineeringの工程をしっかり踏んでおくと、意図した翻訳になりやすい。この辺りの学習において、英語の資格試験を利用すると実力の伸びが認識できて励みになる。英検(実用英語技能検定)やTOEIC(国際コミュニケーション英語能力テスト)といった一般的な資格に加えて、技術英語能力検定(3級から“プロフェッショナル”まである)は、上記の科学技術英語の力を付けるために研究者にもお勧めである。近未来的に、AIによる自動翻訳システムの進化がこの辺りまでもカバーしてくれるかもしれないが。
口頭のコミュニケーションでは、学会など専門の者たちが集まる場の議論だけでなく、通常の生活的なやり取りも重要なことをたびたび経験した。例えば、若い頃、兵庫県・淡路島で開催された学術シンポジウムで英国の研究者をアテンドする機会があったが、「鳴門の渦潮」の観潮船に乗船しながらの説明で「渦潮」の英語(whirlpool)が出てこない。食事に供される魚の名前ももちろんである(現在ならスマホを使って即座に情報を得ることができるが)。このような反省に立って、「通訳案内士(英語)」という国家資格の勉強をした。ここでは、日本の歴史、地理、一般常識、といった広範な知識を適切に英語表現するための訓練をする。海外の学会では、さまざまな国々から参集する研究者との交流において、否が応でも母国の文化や習慣を自らの考え方を含めて説明することが必要な状況に直面するが、上記の規格外の学習が多少は役に立っている。筆者は短期間ではあるがアメリカで生活しながら現地の研究機関で研究を行った。職場での議論のみならず日常生活で相対する方々すべてが生の「英語家庭教師」のように感じられた。ただ、生活会話やその場の必要なやり取りに終始してしまった。本来はこれを超えた「リテラシー(literacy/きちんと文法など言語学習をすること)」の構築が肝心であるが、ここが疎かであったことに気がついたのは帰国してからであった。
- *1 PubMed
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov - *2 公益社団法人日本技術英語協会
https://jstc.jp - *3 日本政府観光局 全国通訳案内士試験概要
https://www.jnto.go.jp/jpn/projects/visitor_support/interpreter_guide_exams/about.html