暮らしの科学 第66回 自分好みのゆで卵を作って食べたい!

文/茂木登志子  イラストレーション/東 早紀

半熟か固ゆでか、はたまた温泉卵か。殻付きで加熱調理する卵の味わいは幅広い。手間をかけずに作れて、つるりと簡単に殻がむけるゆで卵の作り方はないだろうか? 今回は、ゆで卵を究めてみたい。

〈今月のアドバイザー〉峯木眞知子(みねき・まちこ)。東京家政大学大学院特命教授。共立女子大学卒業。東北大学大学院農学研究科博士後期課程修了、博士(農学)。卵のおいしさの研究を40年以上継続する、卵の専門家。管理栄養士。専門官能評価士。専門分野は調理科学・応用栄養学。卵に関する研究論文で日本調理科学会および日本家政学会の学会賞受賞。共著書に『まいにちタマゴ』(池田書店)、『おいしいたまごのはなし』(建帛社)など。メールマガジンやYouTubeで毎月定期的に卵についての情報を発信している。

あれは確か早春の頃だった。農林水産省がX(旧Twitter)で発信した「時短! ゆで卵をゆでずに作る方法」という情報が大きな注目を集めた。少ない水で加熱し、余熱とふたをした鍋の中の蒸気を利用して蒸す方法のようだ。試してみると、確かにゆでないゆで卵が簡単にできる。その後、調べてみると、「水からゆでる」「お湯でゆでる」「セイロで蒸す」など、皆さんが実践している加熱方法はいろいろあると知った。加えて殻をむきやすくするために「酢を入れてゆでる」「殻に穴を開けてゆでる」という方法も実践されていることを知った。

半熟か固ゆでか、ゆで卵のかたさについては千差万別で好みが分かれる。ただし、殻をむくのが簡単だといいなぁという思いは万人共通のようだ。ならば、手間をかけずに作れて、つるりと簡単に殻がむけるゆで卵の作り方を追究してみようではないか!

意気に向かった先は、東京家政大学にある峯木眞知子特命教授の研究室だ。峯木さんは卵についての研究で広く知られている。

「主に鶏卵の研究をしてきましたが、ダチョウの卵の研究にも取り組みました。ダチョウの卵は大きいから、ゆで卵を作るのはとても大変でした」

ダチョウの卵? あの大きな卵をゆでる? とても興味があるけれど、今回は鶏卵のゆで方がテーマだ。加熱によって卵が固まるのはどういう仕組みなのか、科学的な解説を仰いだ。

卵白と卵黄が固まる温度

半熟のゆで卵というのは、卵白が固まっていて、卵黄は固まっていない。しかも、卵黄の状態も卵黄の外側だけ少し固まっているけれど中心部分はとろとろで、断面からとろりと卵黄が流れ出すタイプもあれば、とろりとしているけれど卵黄が流れないしっとりタイプなど、多彩な食感がある。そして、卵白も卵黄もしっかりとしているのが固ゆでだ。加熱によって、どうしてこんなにも違う形態と食感になるのだろうか?

「鶏卵は卵黄と卵白で構成されています。卵白は、水分が約90%で、たんぱく質約10%。卵黄は、水分が約50%で、たんぱく質が約17%、そして脂質が約33%となっています。このように、卵白と卵黄の成分が違うので、加熱による凝固温度も違ってきます」

峯木さんは、ゆで卵の基本的な作り方を紹介しながら、卵白と卵黄のそれぞれの変化について説明してくれた。

まず、鍋に卵を入れ、卵がかぶるくらいの水を入れる。

「水から加熱を開始すること、かぶるくらいの水を入れ、中火でゆでること。これが実は大事なのです」

なぜ?

「固まる温度と関係があるからです」

卵は殻に包まれているので、中にしっかりと熱を伝えることが大切だ。水から加熱することで、ゆっくり、満遍なく熱を伝えることができる。

「お湯から入れる方法もありますが、沸騰したお湯に卵を入れると、突沸するので危険です。また、急激な温度差が生じて卵の殻が割れることがあります」

突沸は、静かに熱せられて沸点以上の過熱状態になっている液体が、激しく沸騰して液体や蒸気が周囲に飛び散る現象だ。とりわけ、沸騰した湯に冷蔵庫から出したばかりの冷たい卵を入れると、温度差が引き金になり、この現象が起こる。やけどなどの危険があるので、注意が必要だ。湯からゆでたい場合には、卵を室温に戻しておくこと、そしてお玉などに卵をのせて、静かに移し入れるようにするといい。また、再沸騰するまでの2〜3分を加熱時間に加えておくことも必要だ。

さて、水からじわじわと加熱されると、鍋の中の卵は、いや殻の中の卵白と卵黄はどう変化するのだろうか?

「卵白は65℃で固まり始め、80℃でしっかりと固まります。卵黄も65℃から固まり始めるのですが、70℃でほぼ固まります。ですから、卵黄を卵の中央にしたい場合には、70℃ぐらいまでに鍋の中の卵を少し転がしてください」(図1)

図1 卵白と卵黄が固まる温度卵白も卵黄も、65℃で固まり始める。ただし、卵黄は70℃でほぼ固まる。ゆで卵の好みは、卵黄の固まり具合が決め手。

温度による固さの違い

ちなみに70℃の湯の中に卵を30分入れておくと、卵黄は固まり、卵白は半熟状態の温泉卵ができるという。

「卵白も卵黄も65℃ぐらいから固まりますので、沸騰後 3 〜5分で半熟卵、9分で卵黄の中央が完全には固まっていない“ほぼ”固ゆで卵、12分で卵白も卵黄も凝固した固ゆで卵が完成します」(図2)

図2 ゆで卵の作り方水からゆでる基本の方法を図式化した。中火以上で沸騰させ、卵黄が好みのかたさになる時間に火を止める。すぐに水で冷やすと殻がむきやすい。

峯木さんによると、温度によって卵黄の色や食感も変わるそうだ。

「卵黄は70℃で固まると、赤い色で食感もしっとりと仕上がります。しかし、それ以上になると、色は黄色くなります。水分が飛ぶので、食感もしっとりではなくなり、ポロポロとかザラザラとして食べにくいと感じる人もいます」(図3)

図3 ゆで卵の変化〜半熟から固ゆでまで沸騰後の時間経過に応じたゆで卵の断面図だ。卵黄の固まり具合や色の変化が分かる。(図版提供:峯木眞知子)

食べにくいと感じたときは、マヨネーズや醤油などで調味すると、水分が加わって食べやすくなるという。

ここで大事なことを付け加えておく。火加減だ。

「火加減は、水から沸騰までは中火以上にしてください。沸騰に達するまでの時間も卵は固まりますから、弱火にすると、時間通りに作っても加熱しすぎになってしまいますので、ご注意を」

「沸騰後、好みのかたさになるまで加熱したら、すぐ水に取り、冷やします」

これが、殻をむきやすくする第1のコツだ。

「冷水で冷やすことで、熱膨張していた卵白が急激に冷やされて収縮し、卵殻膜と卵白が剝がれやすくなります。殻にヒビを入れ、卵殻膜を剝ぐようにしながら殻をむくと、つるりときれいに卵がむけます」

卵殻膜を剝ぐようにしながら殻をむく。これが、第2のコツだ。

「付け加えると、ボウルなどに水を張り、その中でむくと卵殻膜と卵白の隙間に水が入るので、よりむきやすくなりますよ」(図4)

図4 水の中でむくボウルに水を張り、その中で殻をむくとむきやすい。殻にヒビを入れ、卵殻膜を剝ぐようにしてむくのがコツだ。

すぐに食べない場合には、殻のまま冷蔵庫で保存を。

「殻付きのゆで卵なら3日くらいは冷蔵で保存できるといわれています」

酢を入れてゆでると、酢の酸で殻が柔らかくなり、むきやすくなるというが、効果はあるのだろうか?

「酢を入れてゆでた卵を、電子顕微鏡で観察したことがあります。卵殻が少し溶けて、気孔も大きいように見えました。しかし、殻のむきやすさに顕著な影響は見られません。それよりも、水1ℓに対してわずか大さじ1程度の酢でも、加熱すると部屋中にそのにおいが広がってしまい大変でした」

効果への疑問とそうした欠点から、峯木さんは推奨しないという。では、卵の殻に穴を開けてからゆでる方法はどうだろうか?

「卵の上下を見てください。一方はとがっていて(鋭端部)、もう一方は少し丸みを帯びている(鈍端部)のが分かると思います。丸みを帯びているほうは、内側に気室という小さな空洞があって、画びょうのような先端がとがったものでここに穴を開けてゆでるやり方ですね」(図5)

図5 卵の構造殻の中の卵は、卵殻膜に覆われている。すぐに水で冷やすか、ゆでる前に気室に穴を開けておくと膜の付着を避けられる。

穴を開けるポイントがあるとは知らなかった。

「加熱すると、卵の内部は膨張します。しかし、穴を開けておくと卵殻膜と殻の間に空気の層ができるので、卵白と卵殻膜がくっつくのを防いでくれます。それが、むきやすくなる理由です」

スプーンを使って鈍端部にヒビを入れるのも効果的だと、峯木さんは教えてくれた。

「殻をむきやすくするコツは、他にもあります。第3のコツは、卵の鮮度です。買ったばかりの新鮮な卵より、3日以上保存しておいた卵を使いましょう」

今は流通システムが迅速なので、産卵したばかりの新鮮な卵がすぐに店頭に並ぶ。産卵直後の卵白には炭酸ガスが溶け込んでいて、pH7.5~8.0となっている。この時点で卵をゆでると、卵白が卵殻膜と強く接着して、殻がむきにくいのだという。

しかし、保存しているうちに卵殻の表面にある気孔を通って炭酸ガスが空気中に出ていく。産卵後3日でpH9以上に上昇するという。すると、加熱したときに卵殻膜と卵白のくっつく力が弱くなり、むきやすくなるのだという。

峯木流の時短術

ここまでは、基本的な卵のゆで方と、殻をむきやすくすることについて科学的な解説を紹介してきた。最後に、峯木さんが実践している峯木流“時短ゆで卵サンドイッチ”の作り方を伝授してもらったので、ぜひ、紹介したい。

「子育てもあって、今よりもっともっと忙しかった頃に実践していた、夜に準備して、朝すぐに作って食べられる卵サンドです」

前に紹介した基本的な方法ではなく、余熱を利用したゆで方だという。

まず、準備編だ。

「寝る前にゆで卵を作っておきます」

鍋に卵と、卵がかぶるより少し多めの水を入れ、沸騰したらふたをして、1〜3分加熱して火を止める。

「鍋にふたをしたままで翌朝まで放置するのが峯木流時短術です。その脇にバターを置いておくのを忘れないでください」

峯木さんによると、余熱利用すなわちふたをすることにより、凝固温度以上の時間が保たれるので、固ゆで卵ができるという。ただし、加熱後すぐに水で冷やさないので、鮮度の良すぎる卵は殻がむきにくい。だから、新鮮な卵は避けるのが鉄則だ。

「ゆで卵の鍋の脇にバターを置いておくと、常温になり、翌朝パンに塗りやすいです。ただし、気温の高い時季は避けてください」

朝になったらバターを塗り、食パン(8枚切り)の耳を切り落とす。ただし、成長期の子どもの咀嚼力を強くするために、パンの耳を切らないという方法もある。

「水の中で卵の殻をむき、エッグスライサーで縦横にカットしてみじん切りにします。塩、こしょうとマヨネーズで好みの味に調えたら、パンに挟みます。食べやすく切ったら出来上がり。洗い物も少なくて済むので、ぜひ、お試しください」

峯木さんが忙しい生活の中で編み出したこの方法は、時短というのは段取りよく進めることなのだということを教えてくれる。手間を省いても段取りが悪ければ、時間は省けない。

そんなことを思いつつ、ゆでて放置するということと洗い物が少ないところが気に入って、すぐに試してみた。なるほど、あらかじめゆで卵を作っておくと、卵サンドを作る最大の手間が省けるので時短になる。水の中で、卵殻膜をはぐように殻をむけば、手間と感じない。少しくらい卵白が欠けても、みじんにカットして調味してしまえば気にならない。とても便利なので、賞味期限が近づいた卵はもっぱら峯木流放置式でゆでて、冷蔵庫にストックするようになった。ゆで卵さえあれば、いつでも卵サンドやタルタルソースが作れるのでとても便利だ。これからの時季はおでんに入れて食べるのもいい。楽しみだ。

ここに紹介したように、半熟から固ゆでまで、基本を知っていれば、自分の好みのゆで卵が作れる。少し手間のかかる殻むきも、コツンとヒビを入れた後は水の中で卵殻膜をはぐようにむくコツを知っていれば大丈夫。忙しいときは峯木流放置式という奥の手もある。ぜひ読者の皆さんにも、段取りよく自分の好みに卵をゆでてその味わいを楽しんでいただきたい!

知っておくと便利な卵の知識

卵の賞味期限になったら?

十分に加熱調理して食べよう!

賞味期限は卵を生食で安全においしく食べる期間を示している。一般家庭で消費する卵は「購入後冷蔵庫にて10℃以下で保存」を前提として、「産卵後21日以内」を賞味期限としている。サルモネラ菌は熱に弱く、75℃で1分間加熱すると死滅する。したがって、基本前提を遵守していれば、生食の賞味期限を迎えても十分に加熱調理すれば食べられ

簡単に温泉卵を作るには?

カップ麺の空容器を利用する!

卵を空容器に入れて、沸騰したお湯を目安の線まで注ぎ、ふたをする。プラスチックや発泡スチロールの容器なら、ふたをして15〜20分で出来上がり。紙の容器なら、30分くらいが目安だ。なお、カップ麺に卵を落としてから熱湯を注いでふたをすると、麺と同時に卵白と卵黄が半熟の温泉卵もどきのトッピングになる。

ゆで卵をきれいにカットするには?

包丁ではなく糸を使う!

サラダなどのトッピングには、百円ショップでも売っているスライサーが便利だ。サクッとカットするなら、糸で切るといい。ゆで卵の切りたい部分に、清潔な裁縫糸をぐるりと一周巻きつける。交差した糸の両端を引っ張れば、半熟でも卵黄が糸に付かず、きれいにカットできる。

カップ麺の空容器(プラスチック)で温泉卵作りに挑戦してみた。容器に冷蔵庫から取り出した卵を移し、熱湯を目安の線まで注ぎ、小皿でふたをした。タイマーを20分に設定した。だが、アラーム音を聞き逃した。30分経過くらいの時点で取り出して食べてみると、卵白も卵黄もほぼ固まっていた。失敗から加熱時間の重要性を学んだ。

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2024年11月10日発行
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