特集 血液のしくみと働き 〈巻頭インタビュー〉
生命維持の根幹をなす多様な「機能」を知る

構成/渡辺由子

ほとんどの生物は血液を持つが、すべてが赤色ではない。私たちの血が赤いのは、赤血球のヘモグロビンの鉄が酸素と結合した結果だ。この作用によって酸素は運ばれる。他にも血液は、栄養素やホルモンの運搬、二酸化炭素や乳酸など老廃物の回収といった生きるうえで欠かせない多数の役割を担う。さらに、血流の安定した循環を維持する優れた防御機能も備えていて、特に重要なのが、生命の危機に直結する止血だ。血液は生命維持の根幹をなす器官の一つである。

金沢大学大学院医薬保健学総合研究科病態検査学教授

森下英理子(もりした・えりこ)

血液内科医、特に血栓止血学が専門。2013年、金沢大学医薬保健研究域保健学系病態検査学教授に就任、2016年、アメリカ・ボストン大学医学部病理検査医学講座にてResearch professorとして研修。2023年から金沢大学学長補佐。医学博士。日本血栓止血学会理事、日本検査血液学会理事。2024年6月13~15日、金沢にて第46回日本血栓止血学会学術集会を開催(大会長)。市民公開講座「災害後の避難生活において健康を維持するために~前もって知っておきたいポイント~」を開催予定。

血液は、全身に張り巡らされた血管の中を流れ、全身の隅々の組織まで行き渡っています。酸素や栄養素やホルモンの運搬、二酸化炭素や乳酸などの老廃物の回収、細菌やウイルスなどの異物から身を守る感染対策、止血といった、生命を維持するうえで重要な役割を担っています。

赤血球は血液の細胞成分の99%を占める

血液の重量は体重の約8%で4~5ℓとされ、約90%が体内を循環し、残りの約10%は肝臓やに貯蔵されています。採血した後に、血液が固まらないように抗凝固剤を加えて遠心分離機にかけると、血液は3つの層に分離します。液体成分と細胞成分(血球成分)から成り立ち、一番上の薄く黄色みがかった透明の層が液体成分で、血液の約55%を占めている血漿です。その下の白っぽい層が白血球と血小板、下に沈んでいる赤い層が赤血球で、これら3種類の細胞成分が血液の約45%を占めています(図1)。

図1 血液の成分と役割血液は、液体成分の血漿と、細胞成分の白血球・血小板・赤血球で構成されている。免疫を担当する白血球は5つの種類(好中球・リンパ球・単球・好酸球・好塩基球)があり、体を守るために働く。

血液の液体成分と細胞成分について解説するには、この4ページではとても足りませんので、前半で概要を記し、後半は私の専門の一つである「止血」の優れたメカニズムについて解説しましょう。

●血漿

血漿は90%以上が水分で、7%程度がタンパク質、残りは脂質、糖質、アミノ酸、無機塩類、金属類、ホルモン、電解質などを含んでいます。

タンパク質の中心的な物質がアルブミンとグロブリンで、他に血液を固めるための凝固因子とその作用を阻止する凝固阻止因子、血の塊(血栓)を溶かす線溶(線維素溶解)因子とその作用を阻止する線溶阻止因子が含まれています。凝固・線溶系は、これらの因子が平常時はどちらかに偏らないように絶妙のバランスを保ち、血液のスムーズな流れを支えています。

●赤血球

血液の細胞成分のうち99%を占める赤血球は、血液1µl(0.001㎖)中約500万個とされています。直径7~8㎛(0.007~0.008㎜)、厚さ約2㎛の円盤状で、両面にくぼみがあります。

赤血球の細胞内には、タンパク質のヘモグロビンが多く含まれ、その中の鉄を含むヘムが酸素と結合して、酸素を全身の組織に運搬します。赤血球の細胞膜は柔軟性と復元性が高く、毛細血管のような極細の血管でも変形して通り抜け、隅々の組織まで酸素を行き渡らせることができます。

赤血球の寿命は約120日間で、古くなった赤血球は脾臓などで破壊されて、マクロファージに貪食され、放出されたヘモグロビンは、タンパク部分のグロビンがアミノ酸として、ヘム部分の鉄は新たなヘモグロビン合成に、いずれも再利用されます。

●白血球

白血球は、血液1µl中5000~1万個あり、細菌やウイルスなどの異物から体を守る感染対策(免疫)を担い、5種類の細胞(好中球、好酸球、好塩基球、単球、リンパ球)が連携して働いています。細胞によっては、異物を食べる「貪食」行動をとる、異物の情報を提示して白血球の他の細胞に伝える、化学物質を放出して攻撃する、アレルギー反応を制御・惹起するなど、免疫をつかさどるさまざまな働きをしています。

●血小板

血小板は細胞成分の中で最も小さく、直径2~4㎛の楕円形の細胞で、血液1µl中15万~30万個あります。血小板は、止血と血管の修復の役割を担っています。

血管が損傷すると、血小板は損傷部位に集積し、内皮下組織のコラーゲンにフォン・ヴィレブランド因子(VWF)を介して結合(粘着)します。粘着した血小板内に刺激が入ると円板状から球状へと形態が変化し、血小板同士が凝集塊を形成するとともに、血小板内の顆粒から血小板を活性化する物質を放出し、さらに安定した血小板血栓(一次血栓)を形成し、血管の傷をふさぎます(図2)。

図2 血小板の機能と病態血管から出血すると、直ちに止血メカニズムが起動し、流れるように一次止血から二次止血まで行われ、損傷部位をふさぐ。止血が完了すると、元の血流を確保するために血栓を溶解するメカニズムが働く。

哺乳類をはじめとする脊椎動物の血管系は、血液を心臓から送り出し、動脈から毛細血管、静脈を経て心臓へと戻る「閉鎖血管系」で、血液は出口のない完全に閉ざされたルートの中を循環しています。ちなみに「開放血管系」は、動脈と静脈をつなぐ毛細血管がなく、動脈を流れた血液は、組織の間に流出し、静脈に戻るか、直接心臓に戻って循環する仕組みです。昆虫類やカタツムリなどの軟体動物(頭足類を除く)は開放血管系です。

閉鎖血管系では、血管のどこか1カ所が損傷して血液が流出して止まらなくなったり、血液が血管内で固まって血流が滞ったりすると、重要な臓器への血流の減少や途絶により、命が危険にさらされます。血流の安定した循環を維持するために、優れた防御機能を何重にも備えています。

血小板の働きで、血管の傷口に血栓を形成してふさぐ一次止血は、応急処置的な血栓のため、強い血流の力が加わると容易に剥がれてしまいます。そこで、血漿中のタンパク質であるフィブリノゲンが、フィブリンという繊維状の物質に変化して、一次血栓で作られた血栓を覆って補強し、二次血栓(フィブリン血栓)が形成され強固に止血されます。同時に血管の修復も行われ、損傷部位の周囲の血管内皮細胞が増殖して、新しい細胞で覆われていきます。

出血が完全に止まると、次は血流の妨げになる血栓を溶かす必要があります。この現象を線溶と呼んでおり、最終的に血栓が溶け血管が修復されて血流が元に戻ります。

一次血栓から二次血栓の形成を促進するのが、血漿中のタンパク質の凝固因子で、10種類近くが働いています。これらの因子の反応は素早く、いったんスイッチが入るとザーッと滝が流れるように増幅されることから、「凝固カスケード()」と呼ばれています。

このような血液の凝固反応は、血液が血管から流出したことを発端に開始する止血メカニズムで、「生理的止血」と呼んでいます。この生理的止血メカニズムが障害されると出血傾向となり、その代表的な病気が血友病です。

そもそも血管の中を流れる血液は、全身の隅々まで酸素や栄養素を行き渡らせるために、流動性が維持されていなければなりません。その重要な役割を果たしているのが、血管内皮細胞です。血管内皮細胞は、細胞表面上で血液が固まるのを阻止したり、血栓を溶かしたりする機能を備えており、容易に血液が固まらないように常時働いています。

血栓ができやすくなる3つの要因

私たちの血液は、出血による生命の危機から守るために、止血系の機能が十分に備わっています。大出血するようなケガの多かった原始人には必須の機能だったかもしれませんが、われわれ現代人にとっては過剰な備えとなり、容易に血管の中に血栓ができるようになってしまいました。このように、血管の中で血が固まってしまう状態を、生理的止血に対して「病的止血」と呼んでいます。心臓や脳の動脈に血栓が詰まると、心筋梗塞や脳梗塞を発症します。また、脚の静脈に血栓ができてその血栓が肺の血管に詰まると、塞栓症(エコノミークラス症候群)を起こします。

さて、血栓ができやすくなる要因は、大きく分けて3つあります(図3)。1つ目は、血管内皮細胞の障害です。手術や外傷、骨折、血管内カテーテル挿入などで血管が傷つくと、血栓形成を阻止する機能が低下してしまいます。

図3 血栓を引き起こす3要因19世紀半ばのドイツの病理学者ウィルヒョウが提唱した、血栓形成に関する3要因(Virchow’s triad)。3つの要因が重なると、血栓症の発症リスクが高まるとして、現在でも重視されている。

2つ目が血流の停滞です。血液がよどんだり、流れが乱れたりすると血栓ができやすくなります。寝たきり、長距離旅行、肥満、妊娠、心臓や肺の疾患などでは、血流の停滞リスクが高まります。まさに今、能登半島沖地震により避難所であまり動かずに過ごしている方や、車中泊をしている方々の、肺血栓塞栓症が心配です。

3つ目が、血液の性状の変化です。重症感染症では炎症性サイトカインなどの刺激を受けて白血球表面上に凝固促進因子が出現したり、がん細胞から凝固を活性化する因子が分泌されたりして、血液の性状が血栓傾向に変化します。また、脱水でも血液が濃縮しベタベタしますので、血栓ができやすくなります。

健康に関する話題で、「血液がドロドロだと血栓ができやすいので、サラサラにしましょう」とよく言われます。飽食の時代といわれる現在、糖尿病や脂質異常症は血管が硬くなる動脈硬化を促進し、加えて過剰なくらいの止血機能をもともと備えているので、私たちの血液は血栓ができやすい傾向にあります。ですから、「血液をサラサラに保つ」ことが重要であることを、ご理解いただけるかと思います。

また、赤血球が多い多血症は、血液がドロドロして血栓ができやすくなります。多血症はさまざまな原因で起こり、真性多血症は血液の病気ですが、病気以外の原因で起こる多血症は、二次性赤血球増加症と呼ばれています。脱水、過度の飲酒や喫煙、肥満、ストレスといった、日常生活の身近な要因でも赤血球が増えてしまいます。白血球の増加は、体のどこかで感染が起きていることを示しており、歯肉炎や慢性炎、過度の喫煙でも起こります。

このように、生活習慣は血液の成分に影響を及ぼしますが、改善することによって、正常へと戻ります。自分の血液は健康的なのか、日々の生活習慣を見直してほしいと思います。

人工の赤血球や血小板の研究が進んでいる

血液に関して、国内外で問題になっているのが、若者の献血が減っていることです。大学の講義で学生に献血の経験を尋ねると、昔は半分くらいいましたが、今はほぼゼロです。日本赤十字社の調査を基に厚生労働省が発表した統計によると、若者の献血者数の減少が著しく、献血量は40~69歳の中高齢者の献血に支えられている実態が明らかになりました(図4)。このままのペースでいけば、安定供給が難しくなる事態です。

※2018年度以降の献血量は、成分献血による献血量を製造段階での総容量(血液保存液の量を含む)で算出。
(日本赤十字社提出資料より厚生労働省作成を改変)

図4 年代別献血者数と献血量の推移近年は献血者数、献血量ともに増加傾向だが、10〜30代の献血者数はこの10年で約30%減少し、全献血者に占める若い世代の割合も減少。若年層の献血に対する意識の低下も懸念され、安定的な血液の確保のために、献血への理解、献血機会の創出などが課題となっている。

献血による血液は、約半分が輸血などの治療に、残りは血液製剤に使われています。献血による血液の確保が減っていくと、輸血が必要な手術ができない、治療に必要な血液製剤が作れないといった、深刻な影響が考えられます。

献血による血液を確保できないのであれば、人工の血液成分に頼らざるを得ません。人工の赤血球や血小板の研究が進んでおり、iPS細胞由来の血小板については京都大学の研究グループが、脂肪組織由来の血小板については慶應義塾大学の研究グループが進めていますが、臨床試験の段階に入っているものもあり、臨床応用が待ち遠しいです。

人工の血液成分の活用は、血液補充療法の一つとして医療者は考えており、臓器移植のように、その人の体に一生涯、生着させて機能させるものではありません。赤血球の寿命は約120日間、血小板も約10日間くらいなので、一時的に補充できれば、急性期の副作用や合併症がない場合、十分機能できると考えています。ヒトの血液のように、素晴らしい機能を兼ね備えたものを、人工的に創り出すのは非常に難しいことであると理解していますが、人工血液の誕生に大きな期待を寄せています。

いつなんどき、自分が大量の輸血が必要な手術を行うケガや病気に見舞われるかもしれません。自分のためであることはもちろん、多くの人のためにも、献血をしていただきたいと考えています。

(図版提供:森下英理子)

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2024年5月10日発行
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