特集 血液のしくみと働き 炎症性ストレスが原因の血小板の急減と炎症性血小板

構成/大内ゆみ  イラストレーション/千野六久

血液細胞の一つである血小板は出血を止めるという重要な機能を持つ一方で、動脈血栓をつくる病態にも関与する。血小板の減少はさまざまな原因から起きるが、中でもウイルスや細菌感染などの炎症性ストレスは急激な減少を引き起こす恐れがある。また、炎症性ストレス下では通常とは異なる炎症性血小板が産生されることがマウスの実験で確認された。さらに、新型コロナウイルス感染症の後遺症の一因に、血小板の減少と炎症性血小板の産生が関与している可能性があるという。

スクリプス研究所分子医学部門 Institute Investigator

金地泰典(かなじ・たいすけ)

1990年、九州大学医学部卒業、同学部第一内科、同大学病院検査部、アメリカ・スクリプス研究所、佐賀医科大学(現・佐賀大学)医学部生化学、久留米大学医学部血液内科(現・血液腫瘍内科)、アメリカ・ウィスコンシン血液センターを経て、2013年、スクリプス研究所。2018年から現職。主な研究テーマはウイルス感染モデルを用いた炎症性血小板の解析、さらに感染に伴う自己抗体産生メカニズムの解明。

血小板を含むすべての血液細胞は、骨髄にある造血幹細胞が分化することでつくられます。血小板の場合、造血幹細胞から分化した巨核球からつくられますが、巨核球は通常の細胞とは異なり、DNAが細胞分裂することなく複製され、たくさんの核を持つ骨髄中で一番大きな細胞として成熟します。巨核球は血管に向けてその胞体を伸ばし、その一部がちぎれて血小板として血管内に放出されます(図1)。

図1 血小板と産生機構血小板は、骨髄の造血幹細胞から分化した巨核球という多核の細胞の細胞膜から産生される。巨核球は骨髄中で最も大きな細胞だが、血小板は血液細胞の中でも最も小さな細胞だ。

そのため、血小板は核を持たず、2~4㎛の小さな細胞になります。造血幹細胞から血小板が産生されるまで、ヒトやマウスでは1~2週間と推定され、約10日間の寿命を終えると、やまれに肝臓で処理されます。

血小板の最も重要な生理的機能の一つは、血管が損傷した部位に粘着して出血を止めることです。ケガにより血管に傷がついて出血しても、自然に止血するのは血小板のおかげです。また、血小板の中にある顆粒には、組織の修復を支援する多くの成長因子が蓄えられており、これを放出することによって傷が治りやすくなります。

炎症性ストレスでも急激な減少が起きる

血小板は生命を維持する機能を有する一方で、心筋梗塞や脳梗塞などの動脈血栓という病態にも関与しています(図2)。動脈の血管内皮細胞が、高血圧、高コレステロール、喫煙、糖尿病などで損傷を受けると、血管内皮下の結合組織(コラーゲン線維)が露出します。すると、露出したコラーゲン線維に血管内皮細胞から分泌されたフォン・ヴィレブランド因子(VWF)というタンパク質が結合します。VWFは、通常は折り畳まれた形で血液中を流れているため、血小板と結合することはありませんが、コラーゲンに結合しVWFが引き伸ばされた状態になると、血小板上にある膜タンパク質のGPIbαという受容体を介して血小板を捕捉します。この過程で活性化した血小板は集まって塊となり、損傷部位の止血や修復のために作用しますが、大きな塊になると血管を閉塞させてしまいます。つまり、血小板の機能は、止血と動脈血栓形成の両方を有するもろ刃の剣であり、適度な活性と数が重要です。

図2 血小板の機能と病態血小板は止血には不可欠な存在だが、一方で動脈血栓の原因にもなる。止血、血栓双方に血小板のGPIbαと呼ばれる膜タンパク質が重要な役割を果たしている。

止血機能を持つ血小板の減少は、生命の危機につながります。血小板の減少を引き起こす病態は、血小板に対する自己抗体(自分の体の成分に対する抗体)の産生、抗がん剤の副作用など、さまざまな原因で起こりますが、ウイルスや細菌感染といった炎症性ストレスでも急激な減少が起きることがあります。私たちは、そこに注目して研究を行ってきました。

私たちの研究の一つに、リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス(LCMV)を用いて、ウイルスが2週間以内に消滅する一過性感染を起こさせたマウス(以下、急性感染マウス)と、ウイルスが3カ月以上持続する慢性感染を起こさせたマウス(以下、慢性感染マウス)で行った研究があります。LCMVはハツカネズミを自然宿主としますが、ヒトにも感染性を有し、脈絡性髄膜炎を起こす人獣共通伝染病として知られています。

両者ともLCMVに感染させると、血小板数が急速に減少し、その後回復するという、同じような経過をたどりますが、感染後、炎症が起きているときに産生される血小板には、通常の血小板には発現していない、Sca-1というタンパク質が発現していることが分かりました。Sca-1は、マウスの造血幹細胞の表面に発現する特有の物質(マーカー)として知られています。

つまり、感染による炎症時には、通常の血小板とは異なる血小板、いわば炎症性血小板が産生されることが考えられました。炎症性血小板の動きを見てみると、急性感染マウスでは、感染後3日目から炎症性血小板の産生が誘導されて血小板のほとんどを占め、8日目から減少して約2週間で消失しました。一方の慢性感染マウスでも急性感染マウスと同様、感染後に炎症性血小板が産生され、10日を過ぎると徐々に減少が見られるものの、1カ月経過後も血小板の約半数が炎症性血小板であることが分かりました(図3)。これは、ウイルスの持続的な感染によって、炎症も続いていているためだと考えられます。

Morodomi Y,et al:Proc Natl Acad Sci U S A. 2022 Nov 29;119(48):e2212659119. を基に作成

図3 ウイルス感染とストレス炎症性血小板は、緑線で示されるように、急性感染マウスで感染後3日目から産生が誘導され、8日目から減少して約2週間で消失する一方で、慢性感染マウスでは10日以降徐々に減少が見られるものの、1カ月経過後も血小板の約半数を占めている。

では、なぜ炎症性血小板が産生されるのでしょうか。血小板数の急激な減少は、出血の危険を高めます。しかし、前述したように通常の血小板の産生経路では産生までに1~2週間もかかるため、迅速に対応することができません。そこで血小板を産生する別の経路があり、同実験で示されたように感染後の早い時期に血小板を増やし、危機的状況を回避していることが考えられます。

この経路では、病原体や異物に対抗するための免疫機構、中でも生まれながらにして持っている自然免疫が関連しています。自然免疫では、病原菌(細菌、ウイルス)や異物が侵入すると、免疫細胞にあるトル様受容体(TLR)が素早く検知し、病原菌を攻撃するインターフェロンを産生して、迅速に生体を防御します。

炎症性血小板は血栓症のリスクを高める

私たちの研究では、以下のような血小板の産生経路が明らかになっています。ウイルス感染によるストレスを受けると、自然免疫が活性化され、TLRの中でもTLR3/7/8を介し、ウイルス排除の中心的な役割を担うI型インターフェロンが産生されます。このI型インターフェロンが造血幹細胞を刺激し、血小板のもととなる巨核球産生に偏った造血が活性化されることにより、速やかに炎症性血小板が産生されるのです(図4)。興味深いことに、I型インターフェロンは通常の造血では抑制するように働きますが、巨核球産生に偏向した造血では刺激する作用があることが分かっています。

Morodomi Y,et al:Proc Natl Acad Sci U S A. 2022 Nov 29;119(48):e2212659119. を基に作成

図4 炎症性血小板の産生経路ウイルス感染などによるストレスを受けると、自然免疫の活性化により、巨核球産生に偏向した造血が活性化され炎症性血小板を産生し、迅速に生体を防御する。炎症性血小板は高い粘着力や凝固能の活性を持ち、止血効果を高める一方で、血栓のリスクも上昇する。

こうしてつくられた炎症性血小板は、通常の血小板の働きとは異なることも私たちの研究により明らかになっています。炎症性血小板は、通常の血小板よりも粘着力や血液を凝固させる力(凝固能)の活性が高くなります。そのため、効率よく出血を抑えたり血管の内容物が漏れ出るのを防いだりすることができる一方で、血栓症のリスクを高めてしまうのです。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)でも、血栓症を合併する頻度が高いことが注目されましたが、炎症性血小板がウイルス感染症に伴う血栓症の原因の一つとなっている可能性が考えられます。

さらにCOVID-19では、感染性が消失したにもかかわらず、疲労感・感、呼吸困難、筋力低下、集中力低下や記憶障害などの認知障害、味覚障害、嗅覚障害などの症状が持続する、“Long COVID”と呼ばれる後遺症が問題になっています。ここでも、血小板に関与する興味深い研究が報告されています。この研究では、COVID-19の腸管への持続感染によりI型インターフェロンが分泌され、慢性炎症状態となり、腸管からのアミノ酸のトリプトファンの吸収が低下、その結果トリプトファンからつくられるセロトニンの産生も低下することが示されました。セロトニンは気分、感情、睡眠、食欲などを調節する神経伝達物質でうつ病と関連があると考えられており、このセロトニンの欠乏が、Long COVIDの神経症状や認知機能障害の一因となっている可能性があると結論づけています。

セロトニンは血液中では迅速に分解されますが、血小板の顆粒に保持されることで、その濃度が維持されます。この研究では、セロトニンの欠乏には血小板の減少とともに、慢性炎症時に産生されている血小板の凝固能のが関与していることを示しています。私たちの研究でも、炎症性血小板では通常の血小板よりもセロトニンの取り込み能力が低く、顆粒内のセロトニンの量が減少していることが明らかになっています。そのため、Long COVIDの一因として、炎症性血小板の産生とセロトニンの欠乏が関与している可能性があるのではないかと考えています。

また、COVID-19のパンデミック下では、やはり血小板減少に関わる貴重な症例を経験しました。それは、2回目のCOVID-19ワクチン投与後に、腕に小さな赤い斑点(点状出血)や粘膜から出血が起こり、日本国内の大学病院を受診した患者の症例です。血液検査の結果、血小板の数が計測不能のレベルまで低下していました。血小板は傷がない状態の血管でも、毛細血管の内皮細胞に付着し、血液が毛細血管外に漏れないようにする重要な役割を果たしています。そのため、血小板数が急激に低下したことで、血液が外に漏れて小さな出血が生じていたのです。

後遺症診断の一助となれることを期待

この大学病院と私たちの研究室で調べたところ、血小板のGPIbαに対する自己抗体が産生され、一時的に血液中から血小板が除去されたことにより、出血症状を起こしていたことが分かりました。GPIbαは前述したように、VWFと結合することで血小板の止血機能を発揮する重要なタンパク質です。すでに、私たちが行ったマウスの実験では、GPIbαの抗体を投与すると、急激な血小板の減少と炎症性血小板の産生が起こることが分かっていました。

この患者の場合は、COVID-19ワクチン接種を契機にGPIbαに対する自己抗体が発現し血小板数が急激に低下しましたが、あくまでも一時的なものであり、数日後には血小板数は正常な数へと戻りました。実際に、COVID-19に感染した患者でも、さまざまな自己抗体が産生されることが報告されており、この症例と同じような現象が起こっているケースがあることが推測されます。さらに、この症例では血小板の減少後、わずか数日で急激に血小板が増加しており、やはり炎症性血小板の産生が関与している可能性があると考えています。

これまで述べてきたように、ウイルスなどの感染による炎症性ストレス下では免疫機構に異常を来すことによって、通常とは異なる血小板の機能や産生機構を持つ炎症性血小板が作用し、感染時の症状や感染後の後遺症など、さまざまな病態に関与していることが考えられます。特に感染症の後に生じる後遺症は、Long COVIDでも問題となっているように診断が難しく、身体的な苦痛とともに周囲から理解が得られず社会的にも大きな負担を抱えている患者が少なくありません。そこで、炎症性血小板が産生されていることが分かれば、迅速な診断の一助になることが期待できます。しかしながら現在、ヒトではSca-1のような炎症性血小板のマーカーは発見されていません。ただし、Sca-1と同じような構造を持つタンパク質が存在することが推測されるため、その同定に取り組んでいるところです。

また、血栓形成に重要な役割を果たしているGPIbαは、血栓症を抑える薬を開発するためのターゲットとして適していますが、GPIbαの機能をブロックすると正常な止血機能も障害されて出血のリスクが高まるため、なかなか創薬に至っていません。加えて、VWFとGPIbαの相互作用は種の特異性が高く、動物実験での検証が困難とされています。私たちはすでにこれらの分子をヒト化した遺伝子改変マウスを樹立しており、止血機能を損なわずに過剰な血栓形成を抑制する薬剤の開発にも寄与していきたいと考えています。

(図版提供:金地泰典)

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