〈シリーズ〉がんから身をまもる 第4回 標準治療と先進医療 
信頼度の高い科学的根拠——標準治療はがん治療の「王道」

構成/飯塚りえ

「標準」という言葉から、標準治療をトップクラスではないと考えている人は少なからずいるのではないか。ところが事実は真逆で、標準治療こそが、質の高い臨床試験を重ね、確かな科学的根拠に裏づけられた信頼度の高い、現時点における最良の治療だ。一方、オプジーボに代表される画期的な治療薬が登場し、先進医療に関心が集まっている。しかしその有効性や安全性は評価段階で、臨床試験の域を出ない。ただし、劇的な効果があった治療は標準治療として迅速に承認される。

国立がん研究センター中央病院副院長
先端医療科長・呼吸器内科医長

山本 昇(やまもと・のぼる)

1991年、広島大学医学部卒業。1995年、国立がんセンター(現・国立がん研究センター)中央病院内科にて研修後、2000年、同院呼吸器内科医員を経て、2013年から中央病院先端医療科長。2019年から現職。専門は、新規抗がん剤早期臨床開発・呼吸器内科。

がんの治療を受けるとき、医師から最初に提示されるのは「標準治療」です。患者から「標準では困ります」と言われたこともあり、その言葉の持つイメージと本来の意味とがしていることを痛感します。

標準治療の概念は海外から取り入れたもので、英語ではStandard Treatmentと言います。英語のStandardには、「標準の」という意味と同時に「最良の」「権威のある」というニュアンスがあります。日本語に訳す際に標準としてしまったのですが、本来は「最良の医療」を指しているのです。

信頼性の高いランダム化比較試験

がんの標準治療は、主に手術、放射線治療、薬物療法の3大治療に、最近は緩和ケアも含まれます。

標準治療はその時点で最も成績が良いと信頼に値する治療です。何の成績かといえば、がんは生命を脅かす病気であって将来の見通しが治療によって左右されるため、どの程度延命できるかということと、腫瘍縮小割合が高いことに焦点を当てています。これらは、患者を対象にした臨床試の結果によって決まります。

  • *1 臨床試験:新しい薬や治療法などを、人に対して実際に使用して評価すること。

臨床試験は、第1相から第3相まで3段階あります。検証する薬剤や治療に応じて何人の患者を対象に行うか、その中で何割の患者にどのような効果があれば信頼できる治療と言えるか、など、臨床試験のあり方を、研究者だけでなく、統計学の専門家のアドバイスを得ながら、各段階で設計します。

例えば、2人に行って1人に効いた治療も、1000人に行って500人に効果のあった治療もどちらも「50%の効果があった」と言うことができますが、統計学的に考えれば信頼度が圧倒的に高いのは後者です。

第3相の臨床試験では、ランダム化比較試験が採用されます。ランダム化比較試験とは、対象者を2つ以上のグループにランダムに分け(ランダム化)、一方には次世代の新治療(または新しい薬剤)の候補、一方にはその時点での標準治療を施し、両者の有効性および安全性を比較検証することです。対象者がランダムにグループ化されるため、治療以外の要素は偏らず、公平に比較することができます。ランダム化比較試験は、治療法の科学的な検証において最も信頼性の高い方法とされています。

ランダム化比較試験によって科学的根拠(エビデンス)を得て、標準治療が変化していった例として、乳がんの手術があります。

乳がんの手術は1970年代まで、乳房だけでなく大胸筋も大きく切除する手術が行われていました。その手術と、乳房の全摘出(胸筋温存)とのランダム化比較試験が行われ、乳房の全摘出でも、生存率などに有意な違いがないと分かりました。次に、乳房の全摘出と乳腺組織を一部残す乳房温存術を比較し、乳房温存術が標準治療に採用されました。同様に、乳房温存術にリンパ節の郭、そして現在の乳房温存術にセンチネルリンパ生検というように繰り返してランダム化比較試験を行い、手術の標準治療が進歩することとなったのです。

  • *2 郭清:がんを切除する際、転移の有無にかかわらず周辺のリンパ節をすべて切除すること。
  • *3 センチネルリンパ節:がん細胞が最初に到達すると考えられるリンパ節。

質の高い臨床試験で信頼性を担保する

標準治療は、一つの治療をつくるために長く時間をかけることも大きな特徴です。臨床試験だけでも多くの時間を要します。300人を調べるためには300人の患者が臨床試験に参加し、かつ1年、2年、3年、4年、5年と全員の患者を追っていかなくてはなりません。すると、参加募集期間が2年だったとして、その後5年間追跡すると、合計で7年かかる計算です。現在私も、さまざまなランダム化比較試験に参画しています。これが将来の標準治療になるのは数年先のことですが、こうした質の高い臨床試験を行い、信頼性を担保するエビデンスを積み上げて専門家が議論を重ね、晴れて標準治療となるのです。

この「専門家の議論」で合意した事項をまとめたものを「ガイドライン」と呼び、治療の指針となっています。日本では多くの場合、3〜5年程度で、定期的に改訂されています。

ガイドラインには、その治療を推奨するエビデンスの確実性がA~Dの4段階で示されています(図1)。エビデンスの信頼性は、レベル1から5まで5段階に分かれています(図2)。先の例で見ても、効果があった割合は同じ50%でも、レベル2とレベル5では信頼性が大きく異なるのです。

日本医療機能評価機構「Minds診療ガイドライン作成マニュアル 2020 ver.3.0」より

図1 エビデンスの確実性(強さ)治療を推奨する際に、その根拠となるエビデンスがどの程度信頼に値するかを示したもの。

アメリカ臨床腫瘍学会ガイドラインより改変して引用

図2 エビデンスレベル(情報のランク付け)研究や臨床試験の方法がどの程度信頼に値するかをランク付けした。

標準治療は、信頼性を担保するデータを収集し、さらにそのデータの確実性についても吟味するなどしてたどり着いたものです。今、標準治療とされている治療の多くは、ランダム化比較試験という決勝戦に勝ち残ってきたチャンピオンといえます。

特に日本の場合、標準治療と保険適用の治療は、ほぼイコールといえます。これは、均一な診療ができるという意味でもあります。日本においては、標準治療の信頼性を示す点でもあるでしょう。

主要ながんには複数の標準治療がある

標準治療の信頼性について述べましたが、ここまでで標準治療は、乳がんの手術はこれ、薬物療法はこれ、というように、がんと治療が1対1対応と思われるかもしれません。しかし、そうではありません。標準治療として使える薬が複数あるなど、1つの疾病に対して、複数の治療がある場合があります。この点が標準治療の理解を複雑にしているのかもしれません。

複数の標準治療があるのは、先に説明したランダム化比較試験が実施されているかどうかが重要な鍵となります。

例えば、今の標準治療をAとし、新しい治療をBとします。AとBでランダム化比較試験を行ったら、Bのほうが有効だという結果が出たとします。するとその時点で、Bが標準治療となります。今度は、AとCのランダム化比較試験が行われたとします。ここではCの有効性が高かったので、Cが標準治療となります。次にAとDのランダム化比較試験を行ったところ、Dの有効性がまさっていました。すると、この時代の標準治療はB、C、Dとなります(図3)。なぜなら、これらの試験ではBとC、CとD、BとDをそれぞれ直接比較した試験を行っていないため、どちらが優れているかを示すことができないからです。

図3 治療の比較例A対Bのランダム化比較試験で、効果のあった患者さんがそれぞれ45%と55%だった場合、Bがより良いと判断できるが、B、C、Dの治療をそれぞれ直接に比較検討していない場合、効果の優劣を付けることはできない。

こうした経緯から、胃がん、肺がん、乳がん、大腸がんといった主要ながんにおいては、複数の標準治療が存在することがあります。これは決して悪いことではありません。

がんの治療には、一次、二次、三次治療とあり、最も効果があると推定される治療を一次で行います。しかし、その治療が残念ながら奏効しなかった場合、たとえデータとして治療成績が下がるとはいっても、二次、三次治療としての標準治療が選択肢として存在すれば、それらを実施することができます。標準治療が多いということは、治療のオプションが残る、ということなのです。

さまざまな患者に対応できることもメリットです。複数の標準治療があることで、医師は、患者の年齢や体調、それに合併症を鑑みて、適した治療を提案することができます。比較的体力のある患者には、一定の副作用が出る可能性があるものの治療成績が良い抗がん剤を勧め、高齢で体力の衰えが見て取れる患者には、穏やかで体への負担が少ない薬を優先します。単純に、薬と患者との相性もあるでしょう。市販薬でも、頭痛薬として同じ効用を謳っていても、Aは効くけれどBは効かないといったことがありますが、抗がん剤でも同じことがいえます。

また、合併症との兼ね合いも重要です。糖尿病、心臓病、高血圧といった持病の薬と併用できない抗がん剤がある場合、一緒に使用しても問題のない薬を探すことができます。

私が研修医だった30年ほど前は、ステージ4の肺がんの患者の余命は、1年足らずだったと思います。現在、私が担当している外来の肺がん患者には、ステージ4と診断されてから5年、10年と存命の方が多くいらっしゃいます。有効な治療薬の開発とともに、標準治療のオプションが増えたことも一端を担っていると思われます。

有効な治療薬が承認されるには時間がかかることを説明しましたが、これまでのコンセプトを覆すような新しい治療薬は、迅速に承認され、標準治療となることもあります。

免疫チェックポイント阻害剤のオプジーボは、臨床試験(治)を終え、申請後、非常に短い期間で承認されました。免疫チェックポイント阻害剤は、免疫が作動するきっかけをつくり、体内のリンパ球が活性化することによってがんが小さくなるというものです。薬が、がん細胞に直接的に作用することはありません。私は、日本で始まった最初の第1相治験に参加しましたが、正直なところ当時は「この薬に効果があるのだろうか」といぶかしく感じていました。専門家にとってもそれほど斬新なコンセプトだったのです。しかし、この薬のコンセプトが世界を駆け巡り、国際共同開発が短期間で一気に行われたことから、開発期間が短縮され、瞬く間に承認に至りました。

  • *4 治験:臨床試験の中で未承認の薬や医療機器の承認を得ることを目的として行われるもの。

新しく開発される治療の中には、これまで有効な治療がなかった患者群に使用したところ、劇的な効果があった革新的な治療もあります。その場合、ランダム化比較試験を行わずに迅速に承認される仕組みがあります。

先進医療は次世代治療の候補

標準治療の背景について述べましたが、一般には先進医療という言葉のほうが知られているかもしれません。オプジーボのような画期的な治療薬が登場すると、認可されていない優れた治療が他にもあるだろう、と先進医療に目を向けがちです。

先進医療は、健康保険法等の一部を改正する法律で、「厚生労働大臣が定める高度の医療技術を用いた療養その他の療養であって、保険給付の対象とすべきものであるか否かについて、適正な医療の効率的な提供を図る観点から評価を行うことが必要な療養」と定義されています。

日本の保険制度では、原則的に保険対象の治療と保険対象外の治療を、同じ疾病に対して行う「混合治療」は認められていません。しかし、先進医療として認められると、標準治療と一緒に行うことができるようになります。先進医療は、効果の高い治療となる可能性があるものの、有効性および安全性において十分な検証が行われていない段階のため、合法的に臨床試験を行うシステムともいえます。その点では、確かに、先進医療は次世代治療の候補という側面があります。しかし、標準治療と同様に、言葉のニュアンスには注意が必要です。

というのも、先進医療には非常に有効だろうと思われる治療も、従来の治療との明らかな差異や優位性の見えない治療も、どちらも含まれている可能性があります。標準治療とは異なり、信頼を担保するエビデンスが十分ではないので「評価が下せない」のです。「先進」の言葉には、「最新科学の治療」のようなイメージを感じるかもしれません。しかし実際は、有効性および安全性が評価の過程にあることに留意しなくてはなりません。

先進医療の中には、まったく新しい治療ではなく、ある部位に対してすでに標準治療として認められている治療を、他の部位に適用するために申請されているものもあります。

例えば、2013年に国立がん研究センター中央病院など複数の施設で先進医療として承認された乳がんのラジオ波焼灼療法(RFA)です。肝臓がんでは保険適用されていた治療を乳がんにも適用するために申請したもので、この治療は、2023年12月に承認されました。手術に比べて患者の体への負担が少なく、傷痕が目立たず、乳房の変形も少ないという特徴があります。

がんに対する治療成績をさらに向上させるために、世界中で研究開発が精力的に行われており、さまざまな治療が臨床試験において評価されてもいます。そのうちのいくつかは優れた治療として確立していくことを期待しつつ、がん治療の王道は、標準治療であることを知ってほしいと思います。

(図版提供:山本 昇)

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2024年9月10日発行
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