カテキンはポリフェノールの一種で、緑茶に多く含まれ、渋味の主成分でもある。緑茶は古くから体に良いとされてきたが、最近の研究でカテキンの持つ強い抗酸化作用や、抗菌・抗ウイルス作用が科学的にも証明され、さまざまな医療に利用されるようになった。その他にも、抗動脈硬化、脂質異常の改善、内臓脂肪の減少作用、血糖値や血圧の上昇抑制など、さまざまな効能が報告され、生活習慣病予防にも効果を発揮しそうだ。緑茶は正真正銘のスーパーフードというほかない。
特集 知られざるポリフェノール 抗酸化・抗菌作用だけではない 緑茶カテキンの多様な作用
構成/菊地武顕
緑茶に含まれるポリフェノールのカテキンには、抗菌・抗ウイルス作用があるという研究成果が相次いで発表されています。もともと緑茶は体にいいとされてきましたが、かつて私が勤務していた聖隷浜松病院では、非常に興味深い“治療法”が行われていました。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の働きを抑えるために、なんと緑茶が用いられていたのです。
患者の気道内に緑茶を送り込んでいた
MRSAは黄色ブドウ球菌が耐性化した病原菌で、各種の抗菌薬に抵抗性を持ちます。この菌が高齢者など免疫機能が落ちた人の体内に入ると肺炎や敗血症など命に関わるような大きな病気になりやすいのです。院内感染も引き起こしやすく、非常にやっかいな菌です。
聖隷浜松病院の看護師たちは喀痰からMRSAが検出された患者に対し、MRSA対策としてネブライザーを使って患者の気道内にお茶を送り込んでいたのです。ネブライザーとは、喘息や気管支炎の治療のため、細かい粒子を噴霧して薬液を気管支や肺に到達させることを目的とした吸入器です。
看護師たちは経験的に、“お茶ネブライザー”が喀痰内のMRSAを減少させる効果があると感じていたようです。しかしそこに科学的エビデンスはなかったので、実際にお茶ネブライザーが効くかどうか、臨床試験を行いました。1999年2月から同年7月までに、同病院の入院患者で喀痰検査でMRSAが検出された脳血管障害患者7人(平均年齢81歳)を対象として、カテキンを溶解した生理食塩水1㎖と去痰剤(塩酸ブロムヘキシン)1㎖の混合液を、患者が手に持って使用できるハンドネブライザーを使って1日3回×4週間吸入させたのです。7人中、保菌者は5人、感染者は2人いましたが、吸入開始4週間後の判定時、保菌者5人の中で3人に一時有効が認められ(他の2人は無効)、感染者2人は保菌に移行したのです。
さらにパイロット試験を挟んだうえで、カテキン吸入によるMRSA除菌効果を、多施設共同ランダム化比較試験により検証しました。喀痰からMRSAが検出された患者69人(平均年齢78歳)を対象とし、カテキン吸入群(カテキン濃度3.7㎎/㎖)と対照群(生理食塩水)にランダムに割りあて、ハンドネブライザーによる吸入1回2㎖を1日3回施行したのです。介入1週間後の菌数の減少・消失率は、対照群15%に対してカテキン群47%と、有意に高い結果が出ました。しかし菌の完全消失者数の比較では、対照群より高い傾向を示しましたが、有意な差には至りませんでした。
その後、MRSA以外のウイルス予防についても効能があるという基礎研究の報告が、相次いで出てくるようになりました。そこで行ったのが、カテキンとインフルエンザウイルスや急性上気道炎との関係についての調査です。
緑茶飲用習慣でインフルエンザ発症率低下
2008年11月から2009年2月まで、静岡県菊川市内の小学校全9校の児童2663人を対象にアンケートを行い、2050人から回答を得ました(図1)。すると、週に3日未満しか緑茶を飲まない児童に比べ、3~5日緑茶を飲む児童ではインフルエンザを発症する割合は37%減少、6日以上緑茶を飲む児童では40%減少していました。飲用習慣が、有意な差を生んでいたのです。また緑茶を飲む杯数についても調べたところ、1日の飲用量が1杯未満の児童に比べると、1~3杯の児童では38%減少、3~5杯の児童では46%減少しました。私たちの調査とは別に、2013年の中学生を対象とした非ランダム化比較試験、2015年と2021年の成人を対象とした疫学調査など、国内外で緑茶飲用習慣によるインフルエンザ発症率低下が報告されています。
飲用に加え、以前から静岡県では緑茶でのうがいが推奨されてきました。ただしお茶ネブライザーを用いてMRSAを減少させようという行為と同じで、科学的なエビデンスはありませんでした。こちらについても科学的検証の必要性を感じ、特別養護老人ホームの入所者を対象に、緑茶カテキンのうがいと水だけのうがいを行ってもらい、インフルエンザ発症割合を調査しました(図2)。124人の対象者がそれぞれ、カテキンのうがいをするか水のうがいをするか選択し、1日3回3カ月間うがいをしてもらったのです。結果、水うがいの群48人でインフルエンザが発症したのは5人(10%)、カテキン群76人での発症者は1人(1.3%)でした。実に約8倍の差がありました。ただしこの研究でカテキンによるうがいを選んだ人は、おそらく水を選んだ人よりも健康意識が高く、他の予防活動もよりしっかりやっていたのではないかと推測されます。
そこで静岡県立掛川西高等学校の協力を得て、本人と保護者の同意を得た308人の生徒を対象にした試験を実施しました。155人が緑茶で、153人が水でうがいをしたのです。登校直後、昼休み後、下校直前の毎日3回、90日間にわたってうがいを続けてもらいました。水でうがいをした153人のうち、うがい実施率が良好(75%以上)な106人においてインフルエンザが発症した人は10人(9.4%)。緑茶でうがいをした155人のうち、同様にうがい実施率が良好な119人で発症した人は6人(5.0%)という結果が出ました。
緑茶の飲用、うがいに加え、カテキンを含むサプリメントでも効能が認められるだろうか。それを検証するために、試験的にサプリメントを作成しました。緑茶に多く含まれるうま味成分のテアニンというアミノ酸は、免疫の力を高めたり、睡眠の質を高めたり、短期ストレスの軽減効果があるなどと報告されています。カテキンは378㎎(緑茶2~3杯分相当)、テアニンは210㎎(緑茶10杯分相当)とかなりテアニンの分量の多いサプリメントを作り、成人医療福祉従事者200人に5カ月間にわたって摂取してもらいました。その結果、サプリメントを摂取した群のインフルエンザ発症率は4.1%で、プラセボ(カテキンとテアニンが含まれていないカプセル)を摂取した群の13.1%に対して有意な減少が認められました。ただしドイツでカテキンのサプリメントが販売されたときに、肝機能障害が出たという報告もあります。実用化する際には、含有量で注意が必要でしょう。
なぜ緑茶がインフルエンザ予防に効果があるのか。そのメカニズムに触れる前に、インフルエンザウイルスについて説明します。
インフルエンザウイルスを阻害するカテキン
インフルエンザウイルスにはA型、B型、C型(一部D型と呼ばれる)の3つの型があり、このうち人間への感染流行を引き起こすのは、A型、B型の2種です。いずれもエンベロープと呼ばれる脂質性の膜で覆われた球形で、コアと呼ばれる中心部には8本に分節したリボ核酸(RNA)が核タンパク質やRNAポリメラーゼと結合して、ウイルスリボ核酸タンパク質(vRNP)と呼ばれる複合体を形成しています。また表面には、ヘマグルチニン(HA)、ノイラミニダーゼ(NA)という2種類の糖タンパク質が、スパイク状に突き出ています。HAは宿主細胞膜表面上のシアル酸という受容体に結合します。NAはシアル酸を破壊するシアリダーゼという酵素を活性化させ、後述するウイルスの出芽・放出に作用します。
インフルエンザウイルスが鼻や喉の粘膜に吸着すると、シアル酸とHAが結合して細胞内に侵入。ウイルス膜と細胞内のエンドソーム膜とが融合し、ウイルスの殻が壊れ(脱殻)、コアの遺伝子情報が細胞の中に入っていきます。その後RNAポリメラーゼによってウイルスゲノムの転写および複製が行われ、再びウイルス粒子が形成されます。ここでNAが働き、シアリダーゼを活性化させてシアル酸を切り離すことで、新しいウイルスが宿主細胞の膜表面から出芽したうえで放出されるのです。放出された新しいウイルスは、また新しい細胞に取りついていく。これを繰り返すことで感染が広がっていくのです。
緑茶には主にエピカテキン、エピガロカテキン、エピカテキンガレート、エピガロカテキンガレートの4種のカテキンが含まれています。エピガロカテキンガレートが半分ほどの量を占め、エピガロカテキン、エピカテキンガレート、エピカテキンの順に多く含まれています。4種のうちエピガロカテキンガレート、エピカテキンガレートに、インフルエンザウイルスの感染抑制作用があると確認されています。
この2種のカテキンは、3つの機序でインフルエンザウイルスの働きを抑えます(図3)。
まずは吸着の阻害。カテキンには、インフルエンザウイルスのHAが宿主細胞膜表面上のシアル酸との結合を阻害する作用があるのです。緑茶によるうがいがインフルエンザ予防に効果があるというのは、この吸着を防ぐからだと考えられます。なお紅茶には酸化過程で生じるカテキン二量体であるテアフラビンというポリフェノールがあり、これもインフルエンザウイルスの吸着を妨げます。さらにカテキンには、細胞内に入ったインフルエンザウイルスの脱殻や転写・複製を阻害する作用があります。つまり細胞内で新しいウイルスが作られることを防ぐのです。最後にカテキンには、NAによる出芽・放出を阻止する作用があることも報告されています。前述のようにウイルスは寄生する細胞の中に入り込んで細胞の栄養膜や遺伝子情報を使って複製し、外に放出されて別の細胞に入り込むことを繰り返すことで、感染を拡大させていきます。出芽・放出の阻害は感染を抑えることにおいて非常に重要で、実際にタミフルなど抗インフルエンザ薬は、NAによる出芽・放出の阻害をメインターゲットにしています。カテキンは、タミフルなどと同じ作用も持っているといえるのです。
また緑茶には、ストリクチニンというカテキンとは別のポリフェノールが含まれています。ストリクチニンはタンニンの一つであり、もともと抗アレルギー作用があるという報告がありましたが、インフルエンザウイルスの増殖阻害作用もあることが分かってきました。カテキンとは異なり、ウイルス膜とエンドソーム膜との融合を阻害することで感染を抑制すると考えられています。ただし緑茶内におけるストリクチニンの量はそれほど多くはないので、それだけで予防効果を問うのは厳しいと思います。
さらに広がる緑茶カテキンの研究
緑茶のカテキンには、インフルエンザに限らず、急性上気道炎を引き起こす他のウイルスや菌にも効果があるという研究成果も出ています。また抗菌・抗ウイルス効果に限らず、以下のようなさまざまな効能が報告されています。まずは生活習慣病の予防です。抗動脈硬化、脂質異常の改善、内臓脂肪の減少作用、血糖値や血圧の上昇抑制が挙げられます。また齲蝕(虫歯)抑制、認知機能低下の改善、抗炎症、抗アレルギー、免疫機能賦活、さらには抗腫瘍、つまりはがんの進行を遅くするという効能も基礎研究で多く報告されています。がんの研究については、緑茶には抗酸化作用があるという基礎研究が端緒になっています。疫学的に、5年、10年と長い期間にわたって緑茶を飲む習慣のある人が、将来がんになりにくいという調査はたくさん行われています。ただし実際に人間を対象にした効能については、試験の実現が困難です。がん患者にがんの治療をせず、緑茶を飲む・飲まないだけで進行について比較するのは、倫理的に厳しいからです。
がんに対する効能の試験は難しいので、がん細胞を攻撃するというナチュラルキラー細胞(NK細胞)とカテキンの関係についての臨床試験を行いました。静岡市在住の65歳以上の方20人の協力を得て、市販の緑茶カテキン飲料(総カテキン量540㎎/350㎖)を2週間、毎日飲んでいただいたのです。NK活性を比較すると、介入前の平均が41.7%に対し、2週間の介入後は58.8%にまで上昇していました。ただしこの臨床試験では、飲まない人はどうだったかという検証をしていませんので、エビデンスとしては強くはありません。
緑茶と認知機能についても、多くの基礎研究成果が発表されています。緑茶が認知症の要因とされるアミロイドβというタンパク質の蓄積を抑えるという報告も出ています。そこで認知機能低下の改善について臨床試験を行い、3カ月間の緑茶の摂取で認知機能の低下を抑えることを立証できました。しかし認知機能の低下は、そういう短い期間だけ抑えればよいというわけではありません。そのため1年間かけて調査をしてみたのですが、今度は緑茶を飲んでも飲まなくてもあまり差は出ませんでした。
最近、緑茶はペットボトルの市販品を飲むという人が多くなってきました。でも本来は、急須で淹れて飲むものです。その際に注ぐお湯の温度は、飲む人が自由に選ぶべきでしょう。淹れるときにお湯が熱ければ熱いほどカテキンとカフェインは増え、渋味や苦味が強くなります。50~60°Cくらいに冷ましたお湯で淹れると、うま味成分であるテアニンや他のアミノ酸が多く出てきます。そのため緑茶はおいしくなり、安眠できたりストレスが軽減されたりしますが、感染症対策として飲むのなら、熱いお湯でカテキンを引き出すほうがいいでしょう。
さて、世界中でパンデミックを引き起こした新型コロナウイルスについても、緑茶カテキンは効能があるという基礎研究の報告も出てきています。そこで昨年度の冬から新たな臨床試験を開始しました。緑茶うがいによる新型コロナウイルス感染症予防効能の調査です。市販緑茶によるうがいを1日3回×12週間実施してもらうというものです。昨年度と今年度で、計1100人の参加が実現すると思います。果たしてどのような結果が出るか、楽しみです。