特集 スポーツと栄養 運動習慣のある人は腸内細菌叢の多様性が高い

構成/大内ゆみ

腸内細菌が生命活動と密接に関連することは周知の事実となり、1000種類に及ぶ腸内細菌で構成される生態系(腸内細菌叢)が健康に影響を与えることが明らかにされつつある。運動習慣がない人よりも、アスリートはもとより運動習慣がある人の腸内細菌の多様性が高いことが分かっており、運動と腸内細菌叢の関係性が指摘される。確かなメカニズムは解明されていないが、将来的には、腸内細菌叢の調整や改善がパフォーマンス向上や健康維持に貢献するのではないかと期待される。

国立スポーツ科学センタースポーツ科学研究部門コンディショニング研究グループ研究員

谷村祐子(たにむら・ゆうこ)

2004年、藤田保健衛生大学(現・藤田医科大学)卒業。2009年、筑波大学大学院人間総合科学研究科修了。スポーツ医学博士、臨床検査技師。2009年に京都府立医科大学大学院医学研究科博士研究員、同大学院生体機能学講座助教。2014年、愛知東邦大学人間学部人間健康学科助教。2018年に同大准教授を経て、2021年から現職。研究分野はライフサイエンス、スポーツ科学、運動生化学。

近年、運動と腸内細菌叢に関する研究が盛んに行われるようになり、アスリートや運動習慣のある人では、そうではない人に比べて腸内細菌叢の多様性が高い傾向にあることが示唆されています(図1)。一般に、健康でない人では腸内細菌叢の多様性が低いことから、健康を維持するためには腸内にいろいろな種類の菌がバランスよく住んでいる環境が重要だといわれています。そのため、運動が腸内環境に良い影響をもたらす、あるいは腸内環境を整えることで運動パフォーマンスの発揮や向上につながることが期待されています。

図1 腸内細菌叢の多様性腸内細菌叢の解析では、多様性の概念が浸透している。主に個体内では、構成菌の種類の多少と菌種の均等度を表す指標が用いられている。

ただし前提として、腸内環境は食事、睡眠、ストレス、加齢などの環境要因の影響を受けやすく、何が原因か結果かというメカニズムの解明は困難です。また、運動量や競技によって腸内細菌叢の傾向は異なり、さらには個体差もあります。私が経験した例では、運動習慣と食習慣が同じような夫婦や、同競技で同じような練習量、食生活である兄弟選手でも、腸内細菌叢の構成において優勢な菌が異なるなどの違いがありました。

加えて、腸内細菌は門、綱、目、科、属、種の順に細分化され、解析方法によって同定できる階層の菌も異なります。これらの特徴が腸内細菌叢の研究を複雑にしているものの、特定の対象グループで運動と腸内細菌叢の関連性にどんな傾向があるのか、まずは大枠で捉えることが重要だと私は考えています。

持久力の向上に寄与していると推測

アスリートを対象とした研究では、主に運動パフォーマンスの向上に関する研究が進められています。有名なのが、世界規模の大会であるボストンマラソンに参加したランナーを対象とした研究です。この研究では、マラソン前後で採取した便試料を解析した結果、マラソン後の選手ではVeillonella属の細菌が増えていることが観察されました。

さらに、便試料から分離したVeillonella属のVeillonella atypica株をマウスに接種させたところ、非接種のマウスに比べて、疲労になるまでの時間が13%長くなったことが報告されています。

Veillonella属菌は乳酸をエネルギー源とし、終末代謝産物として酢酸とプロピオン酸を産生することが知られています。乳酸は、筋肉を動かすエネルギーをつくるために、筋肉に蓄えていた糖(グリコーゲン)が分解されることにより産生されます。運動により筋肉で生成された乳酸が血中を通じて腸に到達すると、Veillonella属菌がこれを代謝してプロピオン酸を生成します。生成されたプロピオン酸は腸から吸収され、肝臓で糖新を促進するとともに、筋肉や他の組織でTCA回路(クエン酸回)に取り込まれ、ATP(エネルギー)生成に利用されます。このように、乳酸がVeillonella属菌を介してプロピオン酸に変換され、それがエネルギー源として再活用されることで、運動パフォーマンスが向上する可能性が示唆されています。

  • *1 糖新生:糖質以外の物質によりグルコースを合成・供給する手段や経路。
  • *2 TCA回路:クエン酸回路ともいう。細胞内のミトコンドリアで、酸素を用いて炭水化物、脂質、たんぱく質を水と炭酸ガスに分解し、ATPを生産する代謝回路。

国内でも最近、注目された研究があります。それは大学に所属する長距離ランナーを対象にした研究で、同年代の一般男性に比べて、Bacteroides uniformisが多く、走行タイムの向上と関連があることが報告されています。さらに、同菌が利用する環状オリゴ糖のαシクロデキストリンを運動習慣のある20~40代の日本人一般男性に投与したところ、投与8週間後に同菌の数が増え、プラセボ(偽薬)を投与した群と比べて、持久運動パフォーマンスや運動後の疲労感が改善したという結果が得られています。このメカニズムにより、Bacteroides uniformisが産生する酢酸とプロピオン酸がTCA回路を通じたエネルギー供給を促進し、持久力の向上に寄与していると推測されています。

以上のように、ある種の腸内細菌が運動パフォーマンスを向上させる可能性を示唆する成果が報告されています。

日本のナショナルチームに所属するアスリートを対象とした研究も、国立スポーツ科学センターで進められています。アスリートは常にトレーニングを行っており、体への運動ストレスは、コンディションを悪化させる可能性があります。そこで、92人のアスリートを対象に、腸内細菌叢の解析と便状態とパターン、主観的身体状態のアンケートを基に、腸内細菌叢と身体状態との関係を調べた研究を行いました。

その結果、身体状態が良いと感じているアスリートは便秘や下痢などが少なく、良くないと感じているアスリートと比べて、Faecalibacterium属の量が有意に高いことが分かりました(図2)。Faecalibacteriumには抗炎症作用があることから、運動による炎症を抑える効果があると考えられており、先行研究でも持久系のアスリートに多く存在していることが報告されています。このようにトップレベルのアスリートでは消化器症状が身体状態に大きな影響を与えており、身体状態と腸内細菌の構成に関連があることが示されました。この結果は、今後のパフォーマンス向上や体調管理に向けた新たな視点を提供するという点で興味深い研究結果だと考えています。

図2 日本のトップアスリートにおけるコンディションと腸内細菌叢身体状態が良いと感じているアスリートと、良くないと感じているアスリートとでは、便秘や下痢などの消化器症状と腸内細菌の構成に違いが見られた。この研究結果は、アスリートのパフォーマンス向上や体調管理を考えるうえで、新たな視点となる成果だという。

また、アスリートはトレーニングの期間をいくつかの段階に分けて、トレーニングの強度や量、種類を計画的に変更するピリオダイゼーション(期分け)という手法でトレーニングを実施しています。このピリオダイゼーションによる腸内細菌の変化を見るために、さまざまな競技の84人のアスリートを対象とした横断的研究と、スピードスケートのショートトラック選手10人を対象とした縦断的研究を行いました。

横断的研究では、トレーニングの移行期と準備期にある異なる集団を対象に、腸内細菌叢の構成を比較しました。移行期とはシーズンオフなどに体や精神の疲労を回復・調整するためにトレーニング量や強度を落とした軽い運動や休息する期間、準備期とは競技シーズンに対して最良の準備状態を達成するためのトレーニングを行う期間です。準備期は、全体的に移行期と比較してトレーニング量や強度が高い期間となります。この研究結果では、移行期よりも準備期でPrevotella属の占有率が有意に低く、Bifidobacterium属、Parabacteroides属、Alistipes属の占有率が有意に高くなったことが示されました。

便の状態と最大無酸素パワーに有意な相関

縦断的研究では、一般的準備期(トレーニング量を増やして基礎体力を強化する期間)と特異的準備期(トレーニング量を減らしつつ、強度や質を高めて競技スキルを高める期間)で、全身持久力の指標である最大酸素摂取量(VO2max)の測定と、短時間の全力運動中に発揮されるパワーを示す最大無酸素パワー測定、便採取を行いました。その結果、一般的準備期から特異的準備期への移行に伴い、Bacteroides属の低下、Blautia属・Bifidobacterium属の有意な増加、Fusicatenibacter属の増加傾向などの変化が見られました。

また、腸内細菌叢と持久力の関係では、Bacteroides属の減少とVO2maxの増加に有意な相関が認められました。Bacteroides属は腸内細菌叢の中でも優勢な菌種で、炭水化物の代謝に関係していることが知られています。

さらに興味深いことに、便の状態と腸内細菌叢、便の状態と最大無酸素パワーには有意な相関があり、Fusicatenibacter属が増加したアスリートは便の状態が理想的である傾向が見られ、便の状態が理想的であるほど、最大無酸素パワーも上昇したことも分かりました。Fusicatenibacter属は、乳糖分解を促進させ、乳酸や短鎖脂肪酸などを生成する菌といわれています。

これらの結果から、ピリオダイゼーションにより、Bacteroides属やFusicatenibacter属など、エネルギー代謝とトレーニングによる身体能力の向上に関わる可能性のある腸内細菌の量が変化することが示唆されます。

アスリートや運動習慣のある人では、競技種目、トレーニングの種類や強度によって違いがあるものの、運動と腸内細菌叢に何らかの相互作用がある可能性が高いといえます。では、アスリートとは体組成や代謝機能などが異なる運動習慣のない人ではどうなのか。肥満や高齢者を対象とした研究では、運動により腸内細菌叢の多様性が高まるという報告がありますが、健康で運動習慣のない成人を対象とした研究では、ダイナミックな腸内細菌叢の変化は起きにくい印象があります。

私が実施した研究では、運動習慣のない健康な20〜60代の成人男女を対象とし、会話しながら運動ができるような強度の自転車エルゴメータ運動を8週間行い、腸内細菌叢と短鎖脂肪酸、体力テストによる評価を行いました。また、参加者には、これまでの食習慣を変えないように指示しました。本研究では、トレーニング後に全身持久力の指標である最高酸素摂取量(VO2peak)の有意な増加が見られました。

結果、腸内細菌の菌構成では、トレーニング後に門レベルでの菌種の占有率の変化は見られなかったものの、多様性の指標となる菌種数は有意に増加し、菌種の均等度を考慮した指標では有意な差は見られませんでした(図3)。つまり、トレーニングによって、菌の種類が増える(新たな菌種が出現する)ものの、占有率では有意な変化として検出されにくかったのかもしれません。

図3 運動介入による腸内細菌叢の多様性の変化運動習慣のない健康な成人男女を対象とし、運動トレーニングを8週間実施。トレーニング後に門レベルでの菌種の占有率の変化は見られなかったが(a)、菌種数は有意に増加した(b)。一方で菌種の均等度は有意な差が見られなかった(c)。

運動と腸内細菌叢の相関関係は明らか

さらに、トレーニングによるVO2peakの変化量に基づき、その変化が大きい群(H群)と小さい群(L群)に分けて解析しました。全体的に、H群のほうがL群よりも菌種数が低い傾向が見られましたが、菌種の均等度を考慮した指標はL群で有意に高いという結果でした。これは、H群ではトレーニング開始前のVO2peakが低く、それにより運動への適応(VO2peakの増加)が大きかったと考えられます。一方で、L群ではVO2peakの増加量と腸内細菌の種数の変化量に有意な相関が見られたことから、腸内細菌の種数とトレーニング適応の関連が示唆されました。

これらの結果から、トレーニングによる持久力向上(VO2peakの増加)には、トレーニング前の腸内細菌叢の状態やトレーニングに伴う腸内細菌の変化が影響を与えている可能性が示唆されます。また、腸内細菌の種数や均等度がトレーニングへの適応に関与していることから、個人の腸内細菌叢の特徴に応じたトレーニング戦略が、持久力や運動パフォーマンスのさらなる向上に役立つ可能性があります。

さらに、これらの結果を基にVO2peakを増加させる因子を明らかにするためにシミュレーションを行いました。その結果、短鎖脂肪酸(酢酸・プロピオン酸)やBacteroides属が高い値であることは、トレーニングによるVO2peakの増加を促進させる可能性が示唆されました(図4)。この結果はアスリートを対象にした先行研究と同様に、一般人の持久力の向上にもやはり短鎖脂肪酸の関与が大きいのではないかと考えています。一方で、ここで示されたBacteroides属の高値とVO2peakの増加との関連は、先行研究においては一致しない結果もあるため、今後さらなる検証が必要です。

図4 最高酸素摂取量増加に関与する可能性のある因子最高酸素摂取量を増加させる因子を調べたシミュレーション結果。アスリートと同様、一般人の持久力の向上にも短鎖脂肪酸の関与が大きい可能性がある。

これまで見てきたように、具体的にどのような運動がどんな腸内細菌叢の変化を引き起こすのかについては、明確な答えが出ていないのが現状です。しかしながら、運動と腸内細菌叢が相互に影響し合うことは明らかになりつつあります。今後、エビデンスを蓄積していくことで、アスリートにとって腸内細菌叢の改善が、健康や体調の維持、運動パフォーマンスの向上のための選択肢の一つになることを目指して研究を進めています。また、個人においては自分の腸内細菌叢の状態を知ることも大切だと考えています。現在は腸内細菌叢検査を提供する企業や医療施設があり、腸内細菌の割合やバランスなどから、健康状態などの情報を知ることができます。

将来的には、個人の腸内細菌叢の状態を手軽に把握できるようになり、自分の体調や運動パフォーマンスの発揮といった目的に応じて、より適切なアドバイスができるようになることが期待されます。また、運動だけでなく、生活習慣や健康管理においても、個々の腸内細菌叢の状態に基づいた調整や改善が可能になるかもしれません。腸内細菌叢と身体能力の関係をさらに明らかにすることで、より効果的なパフォーマンス向上や健康維持に役立つ新たな戦略を生むような研究をしていきたいと思っています。

(図版提供:谷村祐子)

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2025年5月10日発行
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