新型コロナウイルスによる感染は世界中に広がり、人類対ウイルスの「闘い」は長期戦の様相を呈している。感染拡大を抑制し、一刻も早く元通りの世界に戻るためには、社会全体で組織的に取り組む公衆衛生的対策と、一人ひとりが正しく理解し、適切な行動をとることが重要だ。今(4月16日現在)は、さまざまな感染予防対策がとられているが、大切なのは、それぞれが正しい対策を習慣づけることだという。
特集 正しく怖がるコロナウイルス どこまでする必要がある? 公衆衛生と感染症予防
構成/大内ゆみ
感染症を引き起こす病原体には、細菌、ウイルス、真菌がありますが、中でも感染が広がりやすいのがウイルスです。それは、限られた感染症でしか治療薬(抗ウイルス薬)がないからです。加えて、インフルエンザのような迅速検査がなく、特徴的な臨床経過(発熱、発疹など)がみられない場合には、診断においてPCR検査(ウイルスに特徴的な遺伝子部分を探し出し増幅させる検査法)が必要で、時間や手間がかかります。治療に関しては、抗ウイルス薬がない場合、症状を緩和する治療を行い、その間に体が免疫を獲得して、ウイルスが体内で減少するのを待つしかありません。特に、新しいウイルスでは診断や治療が遅れ、感染が拡大しやすくなります。まさに、今回の新型コロナウイルスの流行はその典型です。
感染拡大を防ぐためには、社会全体で組織的に取り組むという公衆衛生的な対策が必要です。そのことを、国や企業などの組織だけではなく、私たち一人ひとりが認識しておくことも重要でしょう。新型コロナウイルスの場合、世界中に広がっているものの、現在のところ(4月16日現在)、軽症者が大半を占め、重症化や死亡につながっている人の多くは高齢者や持病のある人たちです。このように症状のギャップが大きいため、健康な人は軽視してしまいがちです。しかし、軽症の感染者が増えると、重症化のリスクのある人へも感染が拡大してしまうのが問題です。大切なのは、感染しない、感染させないという意識を持つことです。
エビデンスとなるデータが重要
組織的な感染症対策は、感染者数などの実態把握を行い、エビデンス(科学的根拠)となるデータをもとに行う必要があります。ただ、新型コロナウイルスのように、検査体制の整備が追いつかず、実態が把握できないケースでは、海外のデータなどから推測して動くしかないでしょう。また、対策によって現場に生じる負担を考慮することも必要です。
対策によっては「ここまでする必要があるの?」と疑問に思う人もいるかもしれません。新型コロナウイルスの対策では、2月27日の時点で政府が全国すべての小・中学校、そして高校などへ一斉休校の要請をし波紋を呼びました。休校は、感染の流行地域で実施すると一定の感染拡大の防止効果があるとされています。それを踏まえると、今回のように全国的に休校というのは疑問が残ります。それに休校になれば、子どもたちが教育を受けられなくなります。休校と教育を受ける権利は、トレードオフの関係にあるということを認識して、地域に応じた対策を取るべきです。
また、外出やスポーツ、イベントの実施について、政府から自粛要請が出され、4月7日には7都府県に対し緊急事態宣言が発令され、同16日には対象が全国へと拡大し、さらに強化されました。外出に関しては、どの感染症でも体調が悪ければ外に出ないのが基本です。会社員の場合、休みづらく無理をして出社する人がいますが、インフルエンザの職場流行のほとんどは、それが原因で起こっています。会社側も休みやすい環境を整えることが必要です。
感染が起こりやすい場所には行かないのも適切な対策です。大規模な流行は、局所的にクラスター(集団感染)が生じ、そのクラスターが次のクラスターを生むという連鎖で起こります。新型コロナウイルスでは、クルーズ船や屋形船、ライブハウス、スポーツジムなどがクラスターの発生源となったことが分かっています。
また、感染ルートとして、飛沫感染、ウイルスに汚染された環境に触れることによる接触感染が考えられています。飛沫感染は、咳、くしゃみ、会話などのときに出る飛沫(細かな水滴)を、鼻や口から吸い込むことによって起こります。飛沫の飛び散る範囲は約2mなので、その距離に一定時間いるなど濃厚な接触によって感染しやすくなります。そのため、換気が悪くウイルスが滞留しやすい、人が密集していて濃厚接触しやすい空間に行くなど、いわゆる「3密」は避けるべきです。そうした空間で行われるイベントの中止や、空間そのものを閉鎖するのも有効な対策です(写真)。 そして、感染拡大が収まらない状況下では、人の移動で病原体も動いてしまうため、症状の有無にかかわらず、外出そのものを控えることも重要です。
スポーツイベントの中止は感染拡大の防止効果があると考えられます。風通しの良い屋外で行う場合でも、大声を出して飛沫を飛散させてしまう可能性があるからです。
本来、感染症対策は、市民生活に影響が及ばない範囲で行う必要があります。しかし、新型コロナウイルスでは、すでに市民生活に支障を来し、経済的影響が回避できない状況です。こうした場合、国が支援策を講じる必要があるでしょう。
感染予防対策の基本を習慣づける
日常生活における感染予防対策は、「ひんぱんに手を洗う」「よく寝る」「よく食べる」「運動をする」「目鼻口をさわらない」「利き手であちこちさわらない」「かぜ気味なら休む」「咳のしぶきを飛ばさない」と非常にシンプルです(図1)。これは新型コロナウイルスに限らず、感染予防対策の基本です。感染症流行時だけでなく日頃から習慣づけておきましょう。加えて、糞便からの感染を防ぐためにトイレのふたは閉めて流す、ウイルスなどの病原体の停滞を防ぐために窓をこまめに開けて換気することも注意したい点です。
●いちばん大切なのは手洗い
最も大切なのはこまめな手洗いです。水温に関係なく、流水でよく洗うだけでも細菌が取り除けるといわれています。ウイルスの除去まで考えると、石鹸を使ったほうが効果は高まります。固形石鹸の場合、他の人も使っているので、洗ってから使うとよいでしょう。
大切なのは洗い残しがないようによく洗うことです。特に指先は洗い残しの多い部分です(図2)。ただし、爪ブラシは皮膚を傷つけるリスクがあるので勧められません。また、よく石鹸を洗い流すことも大切です。石鹸の成分が残っていると、手のかぶれの原因になり、そこに病原体が付きやすくなります。洗う時間の目安でよくいわれているのは、「ハッピーバースデートゥユー」の歌を2回繰り返すくらいの時間(約20秒)です。
洗ったあとはよく水分を拭き取ります。使い捨ての紙タオルがベストですが、それが難しければ個人専用のタオルやハンカチを使うようにします。家庭内でもタオルの使い回しはしないようにしましょう。なお、アルコール手指消毒は、手洗いに加えて効果を高めるためのもので、日常生活で行う必要はありません。
特に、子どもを公園で遊ばせるときには、遊具に触ったあとなどひんぱんに手洗いするようにしましょう。感染が流行している地域でなければ、公園は風通しが良いので飛沫感染の心配はあまりありませんが、遊具に病原体が付いている可能性があります。
●免疫力を上げる
十分な睡眠と食事、運動は免疫力をアップさせます。ただし、適度な運動が免疫力の向上に効果があり、ハードな運動は逆に低下させることが分かっています。特に外出を控えているときには、筋力の低下を防ぐためにも、濃厚接触の恐れのない適度な運動が大切です。
●病原体の侵入を防ぐ
目鼻口を触らないようにするのは、手に付いた病原体が体へ侵入するのを防ぐためです。とはいえ、無意識に触ってしまうときもあります。だいたい利き手で触るため、例えばドアを開けるなど何かに触るときは、利き手を使わないように習慣づけるのも大切です。
以上が基本的な感染予防対策ですが、マスクやうがいの効果も気になるところでしょう。
マスクは感染している場合には、他の人に感染させないために必要ですが、健康な人では、予防効果について明確なエビデンスはありません。とはいえ、顔を触らなくなる、湿度により鼻腔や喉を保護するといった利点はあります。それに満員電車など密着した空間では、多少なりとも感染を防ぐ効果があると推測されます。しかし、マスク不足が叫ばれる現在、手に入らなければ満員電車ではハンカチで口を押さえるなどの工夫も必要でしょう。
うがいに関しても、予防効果についてあまりエビデンスはないとされています。しかし、うがいをする文化を持つ国が少ないのが、エビデンスが乏しい理由であるとも考えられます。日本ではうがいをする習慣がありますが、その効果について研究したデータが少ないのが現状です。京都大学の研究によると、うがいによって風邪発症が4割減少したという報告があり、うがいをする価値はあります。ただし、消毒薬を入れる必要はなく、水道水だけで十分だといわれています。消毒薬は喉の粘膜を傷つけてしまう可能性があり、水道水に含まれる塩素で十分な消毒作用が得られると考えられるためです。
また、今回のような感染症流行の備えとして、ワクチン接種は積極的に行っておくべきです。ワクチンで予防できる感染症は治療に手間のかかるものも多く、もし日本での医療体制に負担がかかるほどの事態になった場合、これらに感染してしまったら十分な医療を受けられない可能性が出てきます。
加えて、生活習慣として注意したいのは喫煙です。喫煙や受動喫煙は、気道や肺に障害を生じさせる場合もあり、呼吸器に悪影響を及ぼしかねません。そのため、新型コロナウイルスに限らず呼吸器感染症では、たばこの煙により感染しやすく、また重症化しやすくなることが推測されています。実際に新型コロナウイルスでは、中国のデータで喫煙者は非喫煙者に比べて、重症化や死亡するリスクが高いという報告があります。
国が総括しての対策が重要
そして、もし発熱がみられたら、とにかくパニックにならないことが大切です。まず1日は、自宅で水分や栄養を十分に摂りながら静養してください。インフルエンザでも発熱が半日以上続かないと、精度の高い検査結果が得られません。42℃以上の発熱は脳に支障を来すリスクがありますが、38~40℃くらいの熱はウイルスの繁殖が鈍り、体の免疫が活性化するといわれています。自宅静養時には、市販の解熱薬で安易に熱を下げないことも大切です。
新型コロナウイルスの場合、厚生労働省では、風邪の症状や37.5℃以上の発熱が4日以上続いている(解熱剤を飲み続けなければならないときも含む)、あるいは強いだるさ(倦怠感)や息苦しさ(呼吸困難)がある場合、「帰国者・接触者相談センター」に電話し、そこで推奨する医療機関を受診することを呼びかけています(4月16日現在)。
新型コロナウイルスの流行では、国の対応など日本の感染症対策の脆弱さが浮き彫りになりました。その背景に、まず感染症を専門とする医師や医療施設が少ないことがあります。私が医師になった25年ほど前は、「もう感染症の時代は終わった、これからはがんや認知症医療だ」という風潮があり、結果、感染症医療の層が薄くなってしまったのです。それにアメリカのCDC(疾病管理予防センター)のように、政府とは独立して公衆衛生の実務を担い、公的に見解を示す機関がありません。今回、公衆衛生や感染症の研究者からなる専門家会議が行われましたが、その意見を政府がくみ取ったとはいえないところもありました。もっと感染症や公衆衛生について、専門家がその研究データを世界に発信してエビデンスを増やしていくことが大切でしょう。
また、一般の人々がネットでのデマや過激な報道に惑わされてしまう状況になりました。咳をした人やマスクをしない人を責めるような行動もみられました。冷静に対応するには、正しい知識や情報を持つことが必要です。そもそも日本では、感染症や公衆衛生の教育が不足しています。小学校の教科書には公衆衛生が組み込まれているものの、基本的な感染症対策は重視されていません。日本の学校保健は歴史が長く、力を入れていた分野ですが、いつの間にか弱くなっているというのが私の印象です。また、国や専門家が正しい情報を市民に啓発していくことも大切でしょう。新型コロナウイルスでは、基本の感染予防対策を久住英二医師監修のもと、ユニークなキャラクターで表現したLINEのスタンプが無料配布されました(6月30日まで配布予定)。これからの時代、コミュニケーションツールを使って啓発するという方法も効果的だと考えます。
日本では感染症対策について、国としてのグランドデザインの描き方が不十分でした。近年の感染症流行を振り返ると、2002~2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)は水際で収まり、2009年の新型インフルエンザ(A /H1N1)は軽症で、“良かった、良かった”で終わっています。今回の新型コロナウイルスでは、きちんと総括し、国の中枢から末端の医療機関までが機能し得るように考慮するなど、日本として今後の感染症対策を考えることが重要でしょう。
*高齢者や妊婦、持病(糖尿病、心不全、呼吸器疾患)がある、透析を受けている、免疫抑制剤や抗がん剤等を使っている人は2日程度。
※5月8日に厚生労働省が公表した新たな「新型コロナウイルス感染症についての相談・受診の目安」には、「37.5度以上の発熱が4日以上」という表記はなく、「息苦しさ(呼吸困難)、強いだるさ(倦怠感)、高熱等の強い症状のいずれか」がある場合はすぐに相談するよう求めている。