野本教授の腸内細菌と健康のお話39 プロバイオティクスの新たな戦略に向けて

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
客員教授

野本康二

知人が地方都市の中核医療施設で「食道胃接合部がん」と診断され、担当の医師から、より専門の施設での治療が必要と示唆された。施設間の地域連携システムを介して国立のがん専門病院を新たに受診し、ここでの綿密な検査を経て、症状の進行状況に応じた薬物療法が適用されることとなった。さらに、主治医の先生が治験責任医師となっている「医師主導治験」への参加を打診され、治験対象の新薬を含めた作用メカニズムの異なる複数の薬物療法が開始された。

その新薬とは、「抗体薬物複合体(ADC:Antibody-drug conjugate)」と呼ばれる、がん細胞が細胞表層に発現している抗原に対する抗体に、強力な殺細胞性を有する化学療法剤をリンカを介して結合させたもので、近年の臨床試験において、進行性の乳がんや胃がんに良好な治療成績が得られていという。また、同時に処方される薬剤には、「免疫チェックポイント阻害剤」も含まれていて、こちらは、がんを攻撃する免疫細胞に発現する共抑制分子(co-inhibitory molecule)および、がん細胞や樹状細胞などさまざまな細胞に発現する共抑制分子に結合するリガンに対する抗体を用いて、がんに対する免疫作用の抑制を解除することにより、がん細胞への攻撃を有効にする、という作用メカニズムであ。双方とも、がん細胞に特異的な増殖抑制作用を発揮する薬剤という点が特徴的である。その他、以前から利用されている、腫瘍細胞の旺盛な増殖能を抑制することにより直接的にがん細胞の増殖を弱めたり、殺細胞作用を発揮する抗がん剤も用いられている。もちろん、いずれの薬剤にも副作用が伴うことは否めず、医師や治験コーディネーターからその旨の説明があり、症状に応じた注意深い対応がなされている。特に、消化器関連の副作用が含まれているため、治療中の副作用軽減についてそれなりの臨床成績が示されている「シンバイオティク」の服用をお勧めしている。

  • 注1) リンカー:ADCにおいて、抗体と抗がん剤を結びつける役割を果たす物質。
  • 注2) リガンド:特定の受容体に特異的に結合する物質。

上記のように、がんのような難敵には、複数の異なる作用メカニズムを有する薬剤の併用が有効である。プロバイオティクスに目を転じてみると、菌種のみならず菌株レベルにおいて数多くの種類が利用されており、さまざまな症状の軽減や疾患の予防に関する臨床的な有効性が示されていので、こういった情報に基づいた菌株選択が可能である。しかしながら、効き方の菌株間の差異について、明確な情報が示されていないのが実情である。以前に、プロバイオティクスの効果検証について、これを摂取する人の反応性に差異があることを紹介し。このあたりについて、「国際プロバイオティクス-プレバイオティクス学術機関(ISAPP:International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics)」の会長で内科医のDr. Daniel Merensteinは興味深いコメントを発してい。すなわち、「プロバイオティクスへの反応者と非反応者の違いを規定しているメカニズムを明らかにする」ことよりも「安全性や確かな効き目を尊重する」、という主張である。もっともであるが、一方で、異なる作用メカニズムを有するプロバイオティクスの併用などにより、より良い効果が得られる確率が高くなると考える。そのポテンシャルに重きを置いた新たな視点(薬物療法における免疫チェックポイントのような)に基づくプロバイオティクスの開発を期待する。特徴的な抗菌物質(バクテリオシン)の産生、腸管など身体各所の上皮粘膜への付着能に基づく局所定着性、あるいは、特定の食物成分の代謝、菌体成分(細胞壁多糖など)による免疫刺激、など菌種や菌株グループのレベルに固有(intrinsic)な機能によるプロバイオティクスの層別化が、反応者と非反応者の問題も含めて、より有効な菌株選択への道を開くと考えるからである。

  • *1Fu Z, Li S, Han S, et al. Antibody drug conjugate: the “biological missile” for targeted cancer therapy. Signal Transduct Target Ther, 7: 93, 2022. doi: 10.1038/s41392-022-00947-7.
  • *2Modi S, Saura C, Yamashita T, et al. Trastuzumab Deruxtecan in previously treated HER2-positive breast cancer. N Engl J Med, 382: 610–621, 2020. doi: 10.1056/NEJMoa1914510.
  • *3Shitara K, Bang YJ, Iwasa S, et al. Trastuzumab Deruxtecan in previously treated HER2-positive gastric cancer. N Engl J Med, 382: 2419–2430, 2020. doi: 10.1056/NEJMoa2004413.
  • *4免疫チェックポイント阻害薬. がん免疫療法ガイドライン第3版(日本臨床腫瘍学会 編、金原出版、東京), 10–14, 2023.
  • *5Janjigian YY, Shitara K, Moehler M, et al. First-line nivolumab plus chemotherapy versus chemotherapy alone for advanced gastric, gastro-oesophageal junction, and oesophageal adenocarcinoma (CheckMate 649): a randomised, open-label, phase 3 trial. Lancet, 398: 27-40, 2021. doi: 10.1016/S0140-6736 (21)00797-2.
  • *6Motoori M, Sugimura K, Tanaka K, et al. Comparison of synbiotics combined with enteral nutrition and prophylactic antibiotics as supportive care in patients with esophageal cancer undergoing neoadjuvant chemotherapy: A multicenter randomized study. Clin Nutr, 41: 1112–1121, 2022. doi: 10.1016/j.clnu. 2022.03.023.
  • *7野本康二. プロバイオティクスの実験科学. ヘルシスト, 281: 28, 2023.
  • *8Merenstein D. Why responders and non-responders may not be the holy grail for biotics. ISAPP Science Blog, ISAPP HP, 2023. https://isappscience.org/why-responders-and-nonresponders-are-not-the-holy-grail-for-biotics/

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ヘルシスト 285号

2024年5月10日発行
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