野本教授の腸内細菌と健康のお話17 毒素もビタミンも産生 腸内細菌のさまざまな代謝能

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
動物共生微生物学研究室教授

野本康二

腸内細菌はさまざまな代謝作用を介して我々の健康に大きな影響を及ぼしている。腐敗産物(アンモニア、硫化水素、アミン、フェノール、インドールなど)、細菌毒素、および発がん物質(ニトロソ化合物、エポキシド体など)の産生や、胆汁酸代謝(一次胆汁酸から二次胆汁酸への変換、抱合胆汁酸の脱抱合など)が過度になると、生体に障害を与える。一方で、酢酸、プロピオン酸、および酪酸などの短鎖脂肪酸を含む有機酸やビタミン(例えばビフィズス菌ではB2、B6、B12、C、葉酸など)の産生は、我々の健康維持に重要である。

植物由来の生理活性物質の多くが配糖体(ブドウ糖などの糖が活性本体に結合している化合物)として存在する。経口的に摂取された配糖体が効率良く体内に吸収されるために、配糖体から糖が外されてアグリコンに変換されることが重要と考えられている。例えば、ダイズに多く含まれているイソフラボンは、骨粗しょう症や乳がんの予防作用を発揮することが知られているが、ダイズ中のイソフラボンの多くは配糖体として存在している。消化管に生息する腸内細菌のグリコシダーゼという酵素の作用によって配糖体から糖が外れ、アグリコンとして体内に吸収される。腸内の幅広い菌属、菌種がこの酵素的なアグリコン化作用を発揮することや、各菌の代謝酵素活性に大きな差がないことも報告されている。

Tsujiらは、ヒトの便を添加した液体培地にダイズイソフラボンを加えて一定時間培養した後のイソフラボン代謝産物を調べたところ、添加した便の違いによって、代謝される段階がさまざまであることを見出した。すなわち、1)まったく配糖体のまま代謝されない、2)配糖体からアグリコンの段階まで代謝される、3)アグリコンからさらに抗酸化活性の強いエコール(イソフラボンの代謝産物。エクオール)に代謝される、といった違いである。この結果を基に、3)のエコールまで代謝する能力を有するボランティアの便から、エコール産生能を有するグラム陽性嫌気性菌(SlackiaNATTS株)が分離された。この菌株は、ダイズイソフラボンから複数の酵素反応を介してエコールを産生することが明らかとなっている。このようなエコール産生菌は必ずしもすべてのヒトの腸内から分離されるわけではないので、内在性のエコール代謝菌が生息している人のみがエコール産生の恩恵を受けることができる。

さまざまな薬物が腸内細菌による代謝を受けることも明らかにされてきた。例えば、1930年代に合成されたサルファ剤であるプロントジルは腸内細菌の代謝を受けて活性化体であるスルファニルアミドに変換される。

グラム陽性嫌気性菌であるEggerthella lentaは、ジゴキシン(強心配糖体)をジヒドロジゴキシンに還元することで、その作用を阻害する。抗腫瘍性植物アルカロイドであるイリノテカンは、肝臓でグルクロン酸抱合を受けて、胆汁とともに腸管に排泄されるが、腸内細菌のβ-グルクロニダーゼにより脱抱合を受けて再び活性型に戻る。最近、Zimmermannらは、ヒトの腸内細菌群68種の76菌株について、試験管内における271種類の医薬品の代謝能力を調べたところ、176種類の医薬品が少なくとも1つの細菌株に代謝され、また、試験した細菌株は複数(11~95種類)の医薬品を代謝することが分かった。

この結果をもとに、特に多様な薬剤代謝能を有する菌種であるBacteroides thetaiotaomicronの遺伝子を大腸菌にクローニングして得た、5万1000株にも及ぶ形質転換体の薬剤代謝能を調べることにより、各薬剤を代謝する酵素の遺伝子を同定している。さらに彼らは、抗ウイルス薬のブリブジンを代謝するB. thetaiotaomicronと、酵素遺伝子を不活化させた変異菌株を無菌マウスの腸内に単独定着させた実験モデルを用いて、薬物の生体内代謝と腸内細菌による代謝とを合わせた薬物動態モデルまで提唱している。

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ヘルシスト 263号

2020年9月10日発行
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