野本教授の腸内細菌と健康のお話29 胆汁酸と腸内フローラ

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
客員教授

野本康二

筆者が担当する「動物生理学」の講義では、学科学生を対象として、身体を構成する器官の構造や生理機能をわかりやすく解説している。中でも、専門の「臨床腸内細菌学」(ヒトや我々の身近な動物の健康と腸内フローラとの関連を探ることを目的とする)の研究対象となる消化管や消化関連臓器である肝臓、胆のう、すい臓、の説明にはつい熱が入る。これまでの主に消化器外科の先生方との共同研究において、さまざまな消化器疾患の患者さんの腸内フローラや腸管環境の異常と、プロバイオティクスやシンバイオティクスによるその改善を示す結果を得てきた。もちろん、健常者における栄養成分の消化や吸収にも腸内フローラが影響を与えている。例えば、脂肪の消化吸収に腸内微生物が密接に関与する。胆汁酸は、肝臓でコレステロールを基にして産生され、胆のうでの濃縮過程を経て十二指腸から腸管内に分泌されるが、界面活性作用により脂肪を乳化することによりその消化や吸収を促進する。腸内細菌は、腸内に分泌された抱合型胆汁酸(グリシンやタウリンの結合した胆汁酸)の脱抱合化や、一次胆汁酸から二次胆汁酸への変換、といういずれも酵素的な反応をもって胆汁酸代謝に貢献している。特に後者は脱水酸化酵素を介する反応であるが、腸内に生息する一部の嫌気性細菌群のみがこの酵素活性を有しており、その生息レベルはそれほど高くないことが知られている。化学発がん剤を用いた肝発がん実験モデルにおいて、高脂肪食で飼育されたマウスでは肝発がんが顕著に促進される。この実験系で、高脂肪食による一次胆汁酸の分泌亢進に合わせて腸内細菌による二次胆汁酸産生が進む。産生された二次胆汁酸は、「腸肝循環」という仕組みにのっとって、腸管から体内に再吸収され肝臓に戻る。この際に、二次胆汁酸による肝細胞傷害作用が肝臓の発がん促進に大きな影響を及ぼす。

上記のように、高脂肪食で飼育されたマウスの腸内細菌によって過剰産生された二次胆汁酸による肝臓がんや大腸がの発がん促進作用が知られているが、一方で、胆汁酸が腸管感染防御に貢献していることも報告されている。Clostridioides difficileは健常成人では腸内生息レベルの低いグラム陽性菌で、C. difficile感染症(抗菌剤の使用により腸内フローラが攪乱された状態で抗菌剤に耐性を示す腸内のC. difficileが異常増殖するとともに、腸管上皮に傷害作用を発揮する毒素を産生することにより発症する反復性の下痢症)の起因菌である。主に、医療施設における耐性菌感染症の起因菌種として世界的にも脅威とされている。C. difficileの感染制御において腸内常在細菌により産生される胆汁酸の抗菌作用が報告されている。最近では、多様な胆汁酸分子の中で、百寿者の腸内では若齢の成人に比べて特定の二次胆汁酸(イソアロリトコール酸、isoallolithocholic acid:isoalloLCA)の濃度がより高いこと、およびisoalloLCAを産生する特定の細菌群(Odoribacteraceae)が腸内環境を整え、感染防御作用を発揮することが報告された。

前回の本コラムで焦点を当てた腸内細菌科菌群の選択培地の選択因子は胆汁酸塩である。すなわち、食品衛生的に問題となる大腸菌やサルモネラ菌などの腸内細菌科菌群を選択的に培養する際に、二次胆汁酸であるデオキシコール酸塩を含有する培地を用いる。これらの腸内細菌科菌群は、強い殺菌能を有する胆汁酸に抵抗性であるが、最近、その抵抗性をつかさどる作用メカニズム(胆汁酸の排出など)もわかってきた。我々が日常的に摂取するプロバイオティクス菌株の多くについて、保健作用の要件としての「生きて腸にどどく」ことが標榜されているが、胆汁酸殺菌に対する耐性を有するプロバイオティクス菌株が選択されて製品に使用されている。

  • *1 野本康二. プロバイオティクスは腸内環境を改善するミカタ. 腸内フローラの科学〈日刊工業新聞社(東京)〉, 81-112, 2020
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2022年9月10日発行
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