野本教授の腸内細菌と健康のお話21 可能性あふれる「未知菌」の探索

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
動物共生微生物学研究室教授

野本康二

これまでの本コラムで多くの腸内細菌に関わる情報をお伝えしてきたが、依然として我々の腸内には、菌株として分離されておらず機能も明らかにされていない、いわゆる「未知菌」が多く存在する。核酸の配列情報を基盤とする微生物の系統分類が進んだ現在、未知菌には、該当する微生物の遺伝子配列は解明されていて、その特異性から新奇な菌属や菌種として認定されるものの、肝心な生きた菌として分離・同定されていないものも含まれる。最近では、カルチャロミクス(culturomics)という研究領域が盛んになりつつある。すなわち、腸内フローラの領域では、嫌気性の強い下部消化管で特に培養することが難しい難培養菌に焦点を当てて、培養温度、添加する栄養素、はたまた、培地の基材である寒天をゼラチンにしてみる、といったさまざまな培養法の要素の組み合わせから、より効果的に難培養菌を培養しようという研究である。さらに、2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏らの開発した質量分析技術であるMALDI-TOF(Matrix Assisted Laser Desorption / Ionization‒Time of Flight:マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型)も微生物同定に組み込まれている。サンプル調製の簡便さや短時間の解析の利点も有するMALDI-TOF MS法による解析結果を、遺伝子配列に基づく解析と組み合わせることでより的確な結果が得られている。

腸内細菌に限らず、極めて多くの分離菌株をまとめて保存・管理し、必要とする者にこれを譲渡する国内外の機関が存在する。これらの機関は新奇分離菌株の寄託を受けてライブラリを拡充しているが、本邦では、例えば独立行政法人製品評価技術基盤機構は、生の微生物(wet)だけでなく、これに紐づいた各種の情報(dry:遺伝子、タンパク質、代謝産物など)を統合的に解析する流れを主導している。wetな実験に浸ってきた筆者は、最近の傾向にはなかなかついていけずに戸惑っているが、このような多様で莫大な量の情報から特定の因子間の相互の関連性を導くには、それに応じたデータ解析手法が必須と認識している。最近では、「データ駆動型研究」とか「仮説創造型研究」とかの表現も一般化してきた。dryが苦手な筆者もこれまでに「データ駆動型研究」手法の恩恵を受けている。例えば、以前にも本コラムで紹介したように、筆者はブタの腸内フローラに及ぼす飼料中の抗菌剤の影響を研究しているが、ブタ血液の臨床検査マーカーの値や腸内の有機酸濃度などのデータと菌叢解析結果とを統合解析することにより、抗菌剤の影響をより強く受ける菌群や菌種とブタの成育マーカーとの間に有意な相関関係があることを見出している。

未知菌の分離に先駆的な役割を果たしたのは、ロベルト・コッホ(1843~1910年)である。コッホは、1800年代末に、寒天平板培地を用いた「細菌の純粋分離培養法」を確立して、結核菌やコレラ菌などさまざまな病原細菌の分離・同定に至った。コッホの打ち立てたいわゆる「コッホの原則(Koch’s postulates)」は、「分離された菌株がある疾病の原因であることを証明するための条件、すなわち、1)病原と考えられる微生物が、特定の疾病や症状を示す個体からあまねく検出される、2)この疾病でない個体や他の疾病や症状を示す個体からは、この微生物は検出されない、3)この疾病を有する個体から分離された病原と考えられる微生物を純粋培養したものを健常な個体に接種することにより、その疾病を発症させることができる、4)さらに、3)の条件でこの疾病を発症した個体から同一の病原微生物が分離される、を満たさねばならない」というものである。「コッホの原則」は、今後の未知菌の探索や機能解析においても適用すべき基盤と考える。

  • *1 Diakite A, Dubourg G, Dione N, et al. Optimization and standardization of the culturomics technique for human microbiome exploration. Sci Rep, 2020 Jun 15;10(1):9674. doi: 10.1038/s41598-020-66738-8.
  • *2 関口幸恵. MALDI-TOF MS による微生物同定の現状と活用にあたっての留意点. 腸内細菌学雑誌, 29: 169-176, 2015.
  • *3 独立行政法人製品評価技術基盤機構HP. 生物資源データプラットフォーム(DBRP)の公開.https://www.nite.go.jp/nbrc/genome/db/dbrp.html
  • *4 野本康二. 豚の肥育過程におけるプロバイオティクス乳酸菌による飼料中抗菌剤の代替の可能性の検討. 一般財団法人畜産ニューテック協会 平成31年度・令和元年度畜産生産に関する研究調査成果報告書, 9-27, 2020.
  • *5 志賀潔. 細菌学を創ったひとびと~大発見にまつわるエピソード~. 基礎病原微生物学(檀原宏文・田口文章編), 廣川書店, 743-787, 2005.

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2021年5月10日発行
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