野本教授の腸内細菌と健康のお話19 “植物性乳酸菌”と“動物性乳酸菌” 正式な分類ではない!?

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
動物共生微生物学研究室教授

野本康二

さまざまな発酵食品の基幹微生物である乳酸菌は、我々の食生活を通して最も身近に関係のある細菌といえる。ただし、「乳酸菌」とは、生物学的な分類上の特定の菌種を指すものではなく、炭水化物の発酵によって糖類から多量の乳酸を産生する菌群を示す一般的な呼称とされている。顕微鏡的観察による菌形から乳酸とか乳酸球菌と呼ばれるグラム陽性の通性嫌気性菌群である。学術的にはLactobacillusLeuconostocPediococcusLactococcusStreptococcusおよびEnterococcusといった複数の菌属を含む。この中で、微生物学者のイリヤ・メチニコフが提唱したブルガリア菌はもとより、現在、プロバイオティクス菌株の大勢を占めている菌種は乳酸桿菌属である。最近、乳酸桿菌(Lactobacillus)の新規な分類の結果が報告され、265種に及ぶ乳酸桿菌の菌種が新たに25の属に再分類され、新属の呼び方が改められた。大方の既存のプロバイオティクス乳酸桿菌の新菌属名はLで始まり、旧属名と略称は変わらず、菌種名も旧分類のままなので、“L. xyz”という菌名表記に変化はないことになる。この中で、ヒト腸内から主にL. gasseriL. salivariusL. ruminisL. caseiL. paracaseiおよびL. rhamnosusといった菌種が検出される。成人腸内の乳酸桿菌属の菌数は便1gあたり107個のレベルであり、総菌数からするとほぼ1/1000であるが、高齢化により増加する傾向がある。

成人女性の膣内には複数種の乳酸桿菌を主体とする独特な菌叢が構築されている。膣内乳酸桿菌は、ドイツ人の産婦人科医アルベルト・デーデルライン(1860~1941年)により発見され、その名前にちなんでデーデルライン桿菌と呼ばれている。筆者らは、日本人成人女性の膣スワブから検出される細菌群を解析し、その最優勢菌群が乳酸桿菌であること、検出される菌種としてL. crispatusL. gasseriL. jenseniiL. inersにほぼ限定されることを確認した。海外のこれまでの研究報告でも同様であり、これらの乳酸桿菌は、膣内に剥離した膣上皮細胞に含まれているグリコーゲンを代謝して乳酸を産生することにより膣内環境を酸性に保っている。一方で、膣内の日和見細菌として、Gardnerella vaginalisAtopobium vaginaeMobiluncus curtisiiといった菌種が特徴的であり、これらの細菌は細菌性膣症などの疾患の原因となることが知られている。膣スメア塗抹スライドグラスのグラム染標本を顕微鏡的に観察して得られる膣フローラ構成菌の比率(Nugent Score)が細菌性膣症の診断などに用いられている。

近年、「植物性乳酸菌」という言葉を耳にするが、これは必ずしも正式な分類に基づく用語ではなく、岡田早苗博士(東京農業大学名誉教授)が提唱して広まった。すなわち、ブルガリア菌のように乳製品の発酵に寄与する乳酸菌などを「動物性乳酸菌」といい、一方で、野菜、果物あるいは穀物や豆類などの植物の発酵に主体的に寄与する乳酸菌を「植物性乳酸菌」と呼ぶ、ということである。乳酸菌は、さまざまな炭水化物源から、発酵を介して栄養を得ているが、「植物性乳酸菌」と「動物性乳酸菌」とでは、発酵のもととなる栄養源が異なるために、それに特化した代謝システムを使用していると考えられる。ちなみに、ヨーグルトとは、国際的に「乳および乳酸菌を原料とし、ブルガリア菌(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)とサーモフィルス株(Streptococcus thermophilus)が大量に存在し、その発酵作用で作られた物」と定義されているとおり、発酵に用いられる菌種まで規定されている。

  • 注) グラム染色:細菌の染色法の一つで、細菌を覆っている細胞壁の構造の違いに基づく染色性の差異から、グラム陽性菌とグラム陰性菌とに判別される。
  • *1 Zheng J, Wittouck S, Salvetti E, et al. A taxonomic note on the genus Lactobacillus: Description of 23 novel genera, emended description of the genus Lactobacillus Beijerinck 1901, and union of Lactobacillaceae and Leuconostocaceae. Int J Syst Evol Microbiol, 70: 2782-2858, 2020. doi:10.1099/ijsem.0.004107.
  • *2 Matsuda K, Tsuji H, Asahara T, et al. Establishment of the analytical system for human fecal microbiota, based on reverse transcription-quantitative PCR targeting of multicopy rRNA molecules. Appl Environ Microbiol, 75:1961-1969. 2009.
  • *3 Tsuji H, Matsuda K, Nomoto K. Counting the countless: Bacterial quantification by targeting rRNA molecules to explore the human gut microbiota in health and disease. Front Microbiol, 2018; 9: 1417. 2018 Jun 29. doi: 10.3389/fmicb.2018.01417.
  • *4 Kurakawa T, Ogata K, Tsuji H, et al. Establishment of a sensitive system for analysis of human vaginal microbiota on the basis of rRNA-targeted reverse transcription – quantitative PCR. J Microbiol Meth, 111: 93-104, 2015.
  • *5 岡田早苗. 植物性乳酸菌世界とその秘める可能性. Jpn. J Lactic Acid Bact, 13: 23-36, 2002.

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2021年1月10日発行
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