野本教授の腸内細菌と健康のお話22 がん細胞や病原菌への効果に期待 新概念「ポストバイオティクス」

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
動物共生微生物学研究室教授

野本康二

国際プロバイオティクス‐プレバイオティクス学術機関(ISAPP: International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics)は、日々の食事をとおしてプロバイオティクスおよびプレバイオティクスが人々の健康に寄与する、という目標を持って、この活動を支える食品企業を中心とするスポンサーとともに、長年の地道なアカデミア活動を続けている。通常、毎年5~6月に欧州とアメリカで交互に開催されるISAPPの年次総会に参加してきたが、昨年と今年はバーチャルミーティングとなってしまい、この領域の最先端を担う研究者たちと直に交流できないことはとても残念である。これまでにISAPPのエキスパート研究者たちは、プロバイオティクス、プレバイオティクス、さらにはシンバイオティクス、と相次いでその定義や考え方について精力的に提言してきた。すなわち、プロバイオティクスは「適正な量を摂取したときに、宿主の健康に有益な作用をもたらす生きた微生物」、プレバイオティクスは「宿主微生物により選択的に利用された結果、宿主の健康上の利益をもたらす基質」という具合である。また、プロバイオティクスとプレバイオティクスを併せて用いる、というシンバイオティクスの作用形式に関して、最近、2通りの考え方を示している。すなわち、一つは、プロバイオティクスはプロバイオティクス独自の保健作用を発揮する一方で、プレバイオティクスは内在性の有用菌の作用を活性化する、という従来の相補的(complementary)な働き方である。もう一方は、摂取したプロバイオティクスが同時に摂取した基質(プレバイオティクス)を利用することによりさらにその活性が高められる相乗的(synergistic)な作用である。

さらに最近では、「ポストバイオティクス」という新しい概念が提唱されている。ポストバイオティクスとは、「宿主の健康に有効な作用を発揮する不活化菌体やその構成成分」と理解されており、加熱死菌や溶菌およびその成分を含む。

さまざまな症状(下痢、アレルギー疾患、過敏性腸症候群、など)の緩和についての証拠が蓄積されつつある。腸管局所や全身の免疫応答の改善、腸管上皮のバリア機能の増強に始まり、全身的な代謝や神経伝達に関するものまで、ほぼプロバイオティクス(生菌)と同様な作用メカニズムが提唱されている。

筆者は、乳酸桿菌の生体防御機構の活性化をテーマとした研究を続けてきた。特に、自然免疫機構におけるマクロファージは、生体に侵入した異物を貪食してこれを不活化し、消化する役割を担う細胞である。

乳酸桿菌の菌種は極めて多様であるが、これを試験管内のマクロファージの集団に加えると、マクロファージは速やかに乳酸菌を細胞内に取り込み、殺菌・消化する。しかしながら、数ある乳酸菌の中には、細胞内におけるマクロファージの消化作用に抵抗する菌種や菌株が存在する。こういったマクロファージによる消化に対する抵抗性の強い乳酸菌をマクロファージが貪食すると、いわゆるマクロファージの活性化が起きる。こうして活性化されたマクロファージでは、対処するがん細胞や病原菌の消化・殺菌能力が増強されている。

さらに、乳酸菌の細胞壁(菌体の最外層を覆う殻のようなもの)の構造の違いが乳酸菌によるマクロファージの活性化作用の差異に大きく影響することもわかっている。例えば、マクロファージ活性化能の強い乳酸桿菌L.カゼイ・シロタ株では、加熱処理などによって死菌となった状態でも細胞壁の構造は変化しておらず、結果的に死菌体でもマクロファージの活性化能を発揮する。

乳酸桿菌L.カゼイ・シロタ株の加熱死菌体は、1990年に免疫療法抗がん剤「LC-9018」(商品名「レモナール注」)として製造承認申請されたほどである。このように、プロバイオティクスの中にはポストバイオティクスとしての機能を併せ持つ菌株の存在が示唆される。

  • *1 Hill C, Guarner F, Reid G, et al. Expert consensus document. The International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics consensus statement on the scope and appropriate use of the term probiotic. Nat Rev Gastroenterol Hepatol, 2014 Aug; 11(8): 506-514. doi: 10. 1038/nrgastro. 2014. 66.
  • *2 Gibson GR, Hutkins R, Sanders ME, et al. Expert consensus document: The International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics (ISAPP) consensus statement on the definition and scope of prebiotics. Nat Rev Gastroenterol Hepatol, 2017 Aug; 14(8): 491-502. doi: 10. 1038/nrgastro. 2017. 75.
  • *3 Swanson KS, Gibson GR, Hutkins R, et al. The International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics (ISAPP) consensus statement on the definition and scope of synbiotics. Nat Rev Gastroenterol Hepatol, 2020 Nov;17(11): 687-701. doi: 10.1038/s41575-020-0344-2.
  • *4 Salminen S, Collado MC, Endo A, et al. The International Scientific Association of Probiotics and Prebiotics (ISAPP) consensus statement on the definition and scope of postbiotics. Nat Rev Gastroenterol Hepatol, 2021 May 4. doi: 10. 1038/s41575-021-00440-6.
  • *5 野本康二, 加藤幾雄, 横倉輝男. 乳酸桿菌LC9018によるIn vitroにおけるマウスマクロファージの腫瘍細胞増殖抑制活性の誘導. BIOTHERAPY, 3: 1556-1561, 1989.
  • *6 ヤクルト本社医薬品事業説明会 参考資料(2006年6月14日). https://www.yakult.co.jp/company/ir/meeting/nostrum/pdf/060614_iyakuhin.pdf#page=2

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ヘルシスト 268号

2021年7月10日発行
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