野本教授の腸内細菌と健康のお話16コアラはなぜユーカリしか食べないのか

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
動物共生微生物学研究室教授

野本康二

前号に引き続き、さまざまな動物種における健康と腸内細菌の関係を紹介したい。主にオーストラリアの東部、南東部に生息する有袋類であるコアラはユーカリの葉しか食べない偏食性を有する。ユーカリにはタンニンが多量に含まれていて、これを食すると、タンニンがタンパク質に結合してタンニン——タンパク質複合体となり、タンパク質が消化されなくなってしまう。コアラの腸内細菌にはタンニンとタンパク質を遊離させる酵素(タンナーゼ)を持っているものがいて、神戸大学の大澤朗先生によってこの細菌が分離された。また、ユーカリにはタンニン以外にもフェノール系物質やテルペン類といった多種の毒性物質が含まれるため、多くの動物はこれを餌として食することはない。最近のコアラの遺伝子解析の結果から、コアラは肝臓の解毒酵素が多様であり活性も強く、さらには、味覚や嗅覚も敏感であるがゆえに、他の動物と競合せずに毒性のより低いユーカリの葉を効果的に摂取できることが示唆されている。

一方、コアラは数百種ものユーカリの中の限られた種類のみを食すること、食べるユーカリの種類は個体ごとに異なること、さらには、個体によっては単一種のユーカリしか食べないこと、などが明らかにされている。このコアラの偏食傾向は、コアラの腸内に共生する細菌のユーカリを消化する能力に依存することを示唆する研究結果が報告されている。

最近、大きな問題となったオーストラリア東部の大規模な山火事では多くのコアラが犠牲になり、その絶滅が危惧されているほどである。決まったユーカリ種しか食べない偏食性は、コアラが限られた地域で樹上生活する習性とともにこの流れに追い打ちをかける形となっている。ごく最近の研究では、特有の種のユーカリ(マナガム)を常食としている偏食性のコアラに、別の種類(メスメイト)のユーカリを常食とするコアラの便をカプセルに入れて食べさせたところ、後者のメスメイト常食コアラの腸内細菌が前者のマナガム常食コアラの腸内によりよく生着するほど、マナガム常食コアラがメスメイトをよく食べるようになった、と報告されている。

感染症もコアラの生存を脅かす大きな因子である。コアラはクラミジア菌(Chlamydia pecorum)に感受性が高いが、感染個体に対する抗生物質の処理がコアラ腸内のユーカリ分解菌をも殺してしまう可能性があることから、限定された抗生物質の投与と便微生物移植を含めた対処の必要性が示唆されている。

国際自然保護連合(IUCN)による絶滅のおそれのある野生生物のリスト(いわゆるレッドリスト)には、3万種を超える絶滅危惧種が記載されている。野生動物全般の保護において、腸内フローラの構造や機能の観点から考慮する必要性が唱えられている。例えば、動物の成育環境である土地利用の状況(自然環境の分断、都市化など)、気候の変動(気温の上昇、海洋温度の上昇と酸性化など)、環境汚染(重金属、ポリ塩化ビフェニル:PCB、殺虫剤や除草剤など)、感染症(細菌、寄生虫、ウイルス、真菌など)、および野生状態と飼育状態の差異などが、野生動物の生存の脅威につながることを示す多くの証拠がある。

いずれの要素の悪化も、腸内フローラ構成菌種の多様性の減少や宿主の生存に必要な微生物機能の喪失をもたらす可能性があり、適切な対処をしなければ種レベルの存続の脅威となることが指摘されている。この領域においても、プロバイオティクスや便微生物移植(前述のコアラの例など)の適用が示唆されている。例えば、絶滅危惧種であるアメリカ白ツルの回復のための保護飼育では、野生の健康個体の腸内フローラの移植が保護個体の健康な成育に有効であることが示されている。

  • *1 Osawa R: Appl Environ Microbiol, 58(5):1754-1759, 1992.
  • *2 Johnson RN, et al: Nat Genet, 2018 August; 50(8): 1102-1111. doi: 10.1038/s41588-018-0153-5.
  • *3 Brice KL, et al: Peer J, 2019; 7: e6534. doi: 10.7717/peerj.6534
  • *4 Blyton MDJ, et al: Animal Microbiome, (2019) 1:6. doi: 10.1186/s42523-019-0008-0.
  • *5 Jelocnik M: Microorganisms, 2019 Dec; 7(12): 602. doi: 10.3390/microorganisms7120602
  • *6 The IUCN Red List, 2020-2021. https://www.iucnredlist.org
  • *7 Trevelline BK, et al: Proc Biol Sci, 2019 Jan 30;286(1895):20182448. doi: 10.1098/rspb.2018.2448.

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ヘルシスト 262号

2020年7月10日発行
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