野本教授の腸内細菌と健康のお話28 マイナーだけど重要な腸内通性嫌気性菌群

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
客員教授

野本康二

ヒト腸内フローラの主な生息部位である下部腸管の最優勢菌群は、Firmicutes門(新分類ではBacillota門)やBacteroidetes門(同、Bacteroidota門)に属する。一方で、生育に対する酸素の影響から、嫌気性菌あるいは好気性菌、および中間型の通性嫌気性菌、とする機能的な見方もある。成人の大腸内の酸素濃度は極めて低く、腸内菌叢の99.9%は嫌気性菌群である。酸素があっても生育可能な通性嫌気性菌の成人の大腸内の生息レベルは全体の1/1000かそれより少ないレベルである、機能的にはとても多様で我々の健康に重要な意義を有する。

大腸菌(Escherichia coli )は腸内細菌科(Proteobacteria門:新分類ではPseudomonadota門)に属する、我々の腸内に生息する代表的な通性嫌気性菌種である。細菌の構造・機能分類に用いられるグラム染色法は19世紀末に確立されて以来、現在もなくてはならない臨床検査手法であるが、細菌の細胞壁(菌体細胞を覆う殻のような構造)や細胞膜の構造に基づく染色性の差異によって「グラム陽性」と「グラム陰性」とを判別する。腸内細菌科に属する細菌はもれなくグラム陰性である。グラム陰性菌に特徴的な構造としてリポ多糖(Lipopolysaccharide: LPS)が挙げられる。LPSは「内毒素」とも呼ばれており、炎症の誘導など強い生理活性を有する。生後早期の腸内フローラではまず大腸菌などの通性嫌気性菌群が主体となって定着する。通常はこれらの菌群によって乳児の腸管内の酸素レベルが下げられたところで、ビフィズス菌などの嫌気性菌群が優勢となる。また、乳児期における腸内細菌科菌群の定着は、これらの菌群のLPSなどの抗原に対する免疫学的な寛容性(抗原に対する過剰な免疫反応を起こさなくする仕組み)を獲得するために重要であると考えられている。乳児の腸内に生息するグラム陰性菌の種類によってLPSの構造が異なるため、LPSによる児の免疫寛容性の誘導に差が生じ、結果的に将来的なアレルギー免疫反応の強弱にも差が生じてしまうことが報告されている。また、本稿で何度か紹介している「代謝性内毒素血症」では、腸内フローラの乱れに伴って腸管壁を介して腸内のグラム陰性菌やそのLPSが体内に侵襲すること(バクテリアルトランスロケーション:BT)により慢性的な炎症が惹起されてしまう。肥満や糖尿病などの状態ではBTによる症状の進行も問題とされている。筆者らは、強い免疫抑制作用を有するフルオロウラシルを大量に投与されたマウスが、腸内常在大腸菌のBTにより感染死することを見いだし。一方で、がんの微小環境における抗がん免疫応答の強弱や抗がん化学療法剤や免疫療法剤の有効性に、BTを介してがん組織に移行する腸内細菌の種類が影響していることを示唆する研究報告もあるので、BTは諸刃の剣といえる。

腸内常在性の通性嫌気性菌として、ブドウ球菌、腸球菌、ストレプトコッカス、といったグラム陽性菌群は、臨床的に病原菌とされる菌種も含むが、健常者における腸内生息レベルは極めて低い。ただ、何らかの理由でこれらの菌群の生息レベルが異常に高まった場合は要注意である。筆者らによる期間を空けた複数回の健常成人の腸内フローラの解析(予備検討)では、例外的に特定の通性嫌気性菌が高い割合で生息している被験者も認められた。乳酸桿菌、腸球菌やストレプトコッカスに属する菌種の多くがプロバイオティクスや整腸サプリメントとして使用されており、このような腸内フローラの乱れ(多くは、嫌気度やpHの低下などの腸管環境の乱れを伴う)の改善に基づく整腸作用が期待されている。

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2022年7月10日発行
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