野本教授の腸内細菌と健康のお話18 「潰瘍性大腸炎」の治療にも!? バラエティに富む大腸菌

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
動物共生微生物学研究室教授

野本康二

我々にとって最もなじみの深い細菌といえる大腸菌(Escherichia coli )は、ドイツの小児科医Theodor Escherich(1857~1911年)により1885年に母乳栄養児の腸内由来の細菌として発見された。我々の腸内に常在する「腸内細菌科(Family Enterobacteriaceae)」のEscherichia属に属する通性嫌気性のグラム陰性桿菌である。大腸菌の成人の腸内生息レベルはおおよそ便1g当たり10の7乗個と全菌数の1/1000程度である。腸内細菌科に属する菌種として大腸菌は最も高率に検出されるが、Klebsiella属(菌種:pneumoniaeoxytoca)やCitrobacter属(菌種:freundiikoseri)、Enterobacter cloacaeMorganella morganiiといった日和見感染の原因となる菌種(1人当たり1~5種)が10の7乗個/gという生息nicheを奪い合うように腸内に生息している。これらの「腸内細菌科菌群」は、病原因子として細胞壁外層のリポ多糖(内毒素:LPS)や運動性に寄与する鞭毛を発現している。大腸菌は、成人腸内での生息比率は極めて低いが、生後間もなくから1カ月ほどの間は、腸内最優勢菌種である。腸内常在性のグラム陰性桿菌のLPSが我々の免疫の恒常性に有意な影響を与えることを示唆する興味深い報告がある。すなわち、ロシアの乳児の腸内に生息する大腸菌のLPSは免疫刺激能の強い構造を有しているが、フィンランドやエストニアの乳幼児の腸内には免疫刺激能の弱いLPSを有するバクテロイデス菌が多く生息する。これらの細菌の内毒素による免疫寛を誘導する能力の差異により、内毒素の免疫寛容誘導能が十分働かないフィンランドやエストニアの乳幼児ではロシアの乳児にくらべて免疫異常(自己免疫やアレルギー)が誘導されやすい、というものである。

ちなみに「大腸菌群」とは、上記の分類学的用語である「腸内細菌科菌群」とは異なる食品衛生的な概念に基づく用語で、大腸菌を含む、乳糖を分解するグラム陰性の通性嫌気性桿菌を指す。我々の腸内に常在している大腸菌はほぼ無害であるが、腸管出血性大腸菌のように強い病原性を有するものまでさまざまな種類がある。腸管出血性大腸菌には、菌の抗原性の違いによってO157とかO111とか数種類が知られている。また、ベロ毒素という強力な毒素を産生し、これが腸管上皮の粘膜細胞に障害を与えて下痢を発症させる。極めて少量の感染菌数で食中毒を起こすことが特徴で、下痢にとどまらずに、腎臓での溶血性尿毒症症候群といった致命的な症状に発展することがある。毎年散発を繰り返している腸管出血性大腸菌感染に対する予防策として、通常の細菌性食中毒の予防と同様に、「つけない」「増やさない」「やっつける」の3原則が有効である。筆者は、竹田美文先生(元・国立感染症研究所所長)のご指導の下で、腸管出血性大腸菌に対するプロバイオティクス(乳酸桿菌やビフィズス菌)の感染防御作用の研究に従事したが、宿主の免疫能や腸内のコロナイゼーション・レジスタンスの維持が重要な感染防御因子であることを示唆する結果が得られている。

一方で、大腸菌はプロバイオティクスとしても使用されている。例えば、Escherichia coli Nissle1917という菌株は、第一次世界大戦下のドイツ軍兵士の便から、Alfred Nissle(1874~1965年)という医師が分離した。周囲の兵士にコレラや赤痢が蔓延していたにもかかわらず、この兵士が健康であったことから、この兵士の腸内の大腸菌株がコレラ菌や赤痢菌に対する強い競合性を有しているとの仮説をもとに、この菌株を分離したのだ。その後、臨床研究による効果(潰瘍性大腸炎の寛解維持、慢性便秘症の改善など)が報告されている。

  • 注1) 日和見感染症:我々が健常な状態では、その免疫力により感染に至らない病原性の低い常在細菌が、免疫力が低下した状態で感染するようになり、体内で増殖し、病気を引き起こしてしまう。このような日和見感染症の発症を許してしまう感染防御能の低下した宿主を易感染性宿主という。
  • 注2) 免疫寛容:免疫系が自己や特定の抗原に対して免疫応答しない状態。免疫寛容のシステムがうまく働かないことにより自己免疫疾患が誘導されると考えられている。
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ヘルシスト 264号

2020年11月10日発行
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