野本教授の腸内細菌と健康のお話34 発酵食品とプロバイオティクス

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
客員教授

野本康二

発酵食品は「微生物の望ましい増殖と食品成分の酵素的変換によって作られる食品」と解釈されてい。多様な発酵基材とこれを発酵させる微生物との組み合わせを有する数多くの発酵食品が世界中に存在する。我々は発酵食品を摂取することにより、同時にそれに含まれている発酵微生物をも摂取することが多い。そういうこともあってか、「発酵食品はプロバイオティクスではないのか?」と聞かれることがあるが、基本的に答えは「No」である。プロバイオティクスは「適切な量を摂取することにより健康に有益な作用を発揮する生きた微生物」と定義されていから、発酵食品が、プロバイオティクスの要件を満たす系統分類学的に同定された微生物を所要量含む場合は、もちろんプロバイオティクスといえる。発酵食品には、発酵乳のように、基材である乳にスターター乳酸菌を加えて発酵させるものと、特に発酵微生物を加えることなしに自発的に発酵させるものとがある。さまざまな発酵食品における主要な発酵微生物は乳酸菌と酵母であり、植物を基材とする日本の発酵食品では菌が使われることが特徴である。ただ、ぬか漬けやザワークラウトなど日常的に摂取するさまざまな自然発酵食品からどんな種類の「プロバイオティクス」をどの程度の量摂取しているかを、その場で知ることは難しい。もちろん、現在の検出・定量法を使うことにより、ほぼ問題なく答えを得ることはできる。適切な摂取量(生菌数)もよく問われるが、明確な答えを示すデータにはなかなかお目にかからない。市販のプロバイオティクス製品に訴求されている保健作用を発揮するのに十分な菌数が含まれていることは間違いないが、含有菌数に特有の規定のない自然発酵食品はこの限りでない。

「生きて腸に届く乳酸菌」といった表現もよく目にするが、一般消費者がその根拠となる科学的証拠を目の当たりにすることはなかなかないだろう。筆者は、プロバイオティクスのLacticaseibacillus paracaseiシロタ株(LcS)の純培養菌をマウスに経口投与し、投与後の腸管各部位のLcS生菌数の経時的な変化を調べたことがあるが、胃から小腸、盲腸、大腸へと、投与生菌の移行を示す結果が得られた。すなわち、投与後数時間で投与の大多数が下部消化管に到達し、24時間後には投与生菌のほぼすべてが排泄されたことを示唆する結果が得られた。ヒトにおいても、LcS含有プロバイオティクス飲料を継続して摂取している間は、新鮮便から一定菌数のLcS生菌が回収されることが報告されてい。このように、「生きて腸に到達する」ことの証拠は、製品を提供する企業によって担保されているが、現在、市販のプロバイオティクスや発酵乳に用いられている乳酸菌やビフィズス菌はいわゆる「通過菌」であり、健常成人の腸管には定着しない場合がほとんどである。ただし、訴求する保健作用の想定作用メカニズムが、腸内に到達した「生菌が産生する有機酸を介する整腸作用」であれ、「菌体やその成分による腸管免疫機構の刺激を介する免疫調節作用」であれ、プロバイオティクスの菌種や菌株によらず、摂取菌数が多ければ腸管内に到達する菌体の局所的な密度が高くなることから、上記のいずれの仮説に基づく保健作用もより明確に発揮されるものと考える。さらに、プロバイオティクスや発酵乳の有効性を定量的に示すために、試験管内の実験データでもよいので、効果(およびこれにリンクするマーカー分子など)の用量依存性(摂取量に依存して期待する効果が増減すること)を明らかにすることで、作用メカニズムの理解や、適正な効果量を得るための摂取法の判断が容易になるだろう(参考)。

(文献*4より改変・引用)

図 乳酸桿菌シロタ株(LcS)の菌株濃度依存的なマクロファージの腫瘍増殖抑制作用の活性化マウスの腹腔(ふくくう)浸出マクロファージ(Mφ)に1~50㎍/㎖のLcS加熱死菌体を加えて24時間培養した。培養後にMφ外のLcS菌体を除いた後に、腫瘍細胞を加えて培養した。腫瘍細胞の増殖能に与えるMφの増殖抑制作用を測定した。増殖阻止率(%)= {1−(検体処理Mφおよび腫瘍細胞による3H-TdRの取り込み/無処理Mφおよび腫瘍細胞による3H-TdRの取り込み)}×100。
*p<0.01: LcS非添加対照群vs LcS添加群。

  • *1 Marco ML, Sanders ME, Gänzle M, et al. The International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics (ISAPP) consensus statement on fermented foods. Nat Rev Gastroenterol Hepatol, 18: 196-208, 2021. doi: 10.1038/s41575-020-00390-5.
  • *2 Hill C, Guarner F, Reid G, et al. Expert consensus document. The International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics consensus statement on the scope and appropriate use of the term probiotic. Nat Rev Gastroenterol Hepatol, 11: 506-514, 2014. doi: 10.1038/nrgastro.2014.66
  • *3 Matsumoto K, Takada T, Shimizu K, et al. Effects of a probiotic fermented milk beverage containing Lactobacillus casei strain Shirota on defecation frequency, intestinal microbiota, and the intestinal environment of healthy individuals with soft stools. J Biosci Bioeng, 110: 547-552, 2010. doi: 10.1016/j.jbiosc.2010.05.016.
  • *4 野本康二, 加藤幾雄, 横倉輝男. 乳酸桿菌LC 9018によるIn vitroにおけるマウスマクロファージの腫瘍細胞増殖抑制活性の誘導. BIOTHERAPY, 3:1556-1561, 1989.

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2023年7月10日発行
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