野本教授の腸内細菌と健康のお話35 プロバイオティクスの実験科学

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
客員教授

野本康二

腸内細菌やプロバイオティクスの研究環境(試薬、器具、解析機器)の発展は、目をみはるばかりである。おかげで、得られる実験結果の量はもとより精度も格段に上昇した。もちろん、今もって、実験手技の精度(微生物やサンプル、試薬の取り扱いなど)は実験を成功に導く大事な要素である。例えば、学生実験では、最初に手動ピペットなど実験器具の正確な使い方が念入りに指導される。また、微生物実験の結果の数量化データを評価するために、適切な統計学的解析を可能とする実験計画が必須である。そして、プロバイオティクスのさまざまな機能を示すために、機能を有さない対照(陰性対照)と比較して、機能の指標となる数値の「統計学的に有意な差」を得ることが有効である。よく、企業の宣伝媒体に実験結果の図などのデータが示されるが、このような見方をもって「評価」することが肝要であろう(複数のデータポイントのうち、一つにのみ有意な結果を示す*印が付いているのをよく見かけるが、「この結果の再現性はいかがなものか?」と考えてしまうことがある)。

最も厳密な臨床試験形式である「プラセボ対照二重遮蔽ランダム化比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)」の結果では、対照として用いられるプラセボを摂取することによりある程度の疑似効果(プラセボ効果)が示されることもしばしばで、この辺も頭に入れてデータを評価したい。科学データの基本は、結果の再現性である。しかるに、人を対象とする臨床試験で精度の高い結果を得るためには、十分な対象者の数や調べようとする被験物質(食品や薬剤)の摂取期間(データの摂取ポイント数)が必要であり、これを満たす複数の試験を実施して効果の再現性が認められれば、これに越したことはない。類似した複数のRCTの結果を統合して解析する、「メタアナリシス(MA)」や「システマティックレビュー(SR)」が臨床試験の最も精度の高い評価法とされている。

プロバイオティクスやプレバイオティクスについても、現在では、多様な疾患や症状の予防作用や症状軽減に関する臨床試験の学術報告をまとめて評価したMAやSRが多く報告されるようになってい。このような情報で注意すべきは、各臨床試験で用いられているプロバイオティクスやプレバイオティクスの種類が実に多様であり、よく効くものからそれほど効果の明確でないものまで、さまざまなことである。

筆者は企業研究体在籍時に、プロバイオティクスの摂取による整腸作用を検証するため、RCTを含む複数の臨床試験に従事したが、比較対照のプラセボ飲料(プロバイオティクス飲料と見かけや味は区別しがたいが、活性本体とするプロバイオティクスはまったく含まない)に比べて有意に優れた効果を得ることは簡単ではなかった経験があ。この理由の一つとして、プロバイオティクスのような機能性を有する食品の試験対象は、有病者ではなく、例えば、「便秘気味」や「血糖値が高め」と表現されるような健常成人であるために、その症状の軽減の幅が限られてしまうことがある。さらに、薬剤のみならず、プロ(プレ)バイオティクスにおいても、効果の表れやすいレスポンダーとなかなか効果の認められないノンレスポンダーに分かれることから、摂取試験の被験者におけるこのような個人差がプロ(プレ)バイオティクスの効果を見えにくくしていることが考えら、必然的に試験の規模を拡大せざるを得ない場合がある。実際に筆者が担当した、インド・コルカタ市中の小児を対象とする、「プロバイオティクスによる急性下痢症の予防」作用を検証する臨床試験においては、以前の試験地域の急性下痢症発症率の疫学データから必要な試験対象者数を算出し、なんと総数4000人に近い小児に、84日間、毎日プロバイオティクス飲料あるいはプラセボ飲料を摂取してもらっ

  • *1 Guarner F, Sanders ME, Szajewska H, et al. Probiotics and prebiotics. World Gastroenterology Organisation Global Guidelines, 2023
    https://www.worldgastroenterology.org/guidelines/probiotics-and-prebiotics/probiotics-and-prebiotics-english
  • *2 Matsumoto K, Takada T, Shimizu K, et al. The Effect of a probiotic milk product containing Lactobacillus casei strain Shirota on the defecation frequency and the intestinal microflora of sub-optimal health state volunteers: a randomized placebo-controlled cross-over study. Biosci Microflora, 25: 39-48, 2006.
  • *3 Reid G, Gaudier E, Guarner F. Responders and non-responders to probiotic interventions: How can we improve the odds? Gut Microbes, 1: 200-204, 2010. doi: 10.4161/gmic.1.3.12013.
  • *4 Sur D, Manna B, Niyogi SK, et al. Role of probiotic in preventing acute diarrhoea in children: a community-based, randomized, double-blind placebo-controlled field trial in an urban slum. Epidemiol Infect, 139: 919-926, 2011. doi:10.1017/S0950268810001780.

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ヘルシスト 281号

2023年9月10日発行
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