特集 血液のしくみと働き 赤血球がカギを握る“イモリ型再生医療”への期待

構成/茂木登志子

イモリに損傷した組織を復元させる高い再生能力があることはよく知られているが、そのしくみは解明されてこなかった。しかし最新のゲノム解析を用いた研究で、一部の赤血球に特異的に発現する再生遺伝子が見つかった。その赤血球は全体の約25%を占め、他の赤血球と共に全身を循環している。赤血球は、酸素を体の各組織に送り、二酸化炭素を受け取るガス交換の役割を果たしている。このしくみを応用して、ヒトの再生医療に役立つ “イモリ型再生医療”の研究が進んでいる。

筑波大学生命環境系教授

千葉親文(ちば・ちかふみ)

1989年、奈良教育大学教育学部卒業。同大大学院で修士課程を修了。筑波大学に移り、神経生理学のノウハウを生かして、アカハライモリの研究を始める。1995年、同大大学院生物科学研究科修了、博士(理学)取得。2006年に同大学院生命環境科学研究科助教授、2011年に准教授、2018年4月から現職。イモリ研究者とその協力者・支援者からなるコミュニティー「イモリネットワーク」代表として、イモリの保護活動とイモリを通した研究・教育・社会貢献活動にも注力している。

生物には、破壊された組織を修復する再生能力が備わっています。その中でも高い再生能力を持つことで知られているのが、両生類です。例えばしっぽや手足を切られても、元通りに生やすことができるということを、目撃したことはなくても、多くの皆さんが知識として知っているでしょう。

イモリの能力をヒト再生医療に役立てる

両生類というのは、「水中と陸の両方で生きる」脊椎動物の総称です。幼生時は水中で生活していますが、多くは陸に上がり成体になります。よく知られている両生類といえば、カエルやイモリ、サンショウウオでしょうか。これらのうち、私たちが実験モデルとしているのは、アカハライモリです(図1)。従って、本稿で言及するイモリは、アカハライモリを指しています。

図1 アカハライモリアカハライモリは日本固有の種で、平地から山地にかけて分布し、水のきれいな池、水田などに広く生息している。

なぜ、イモリなのか? 両生類の中でも、とりわけ高い再生能力を持っているからです。「トカゲのしっぽ切り」という言葉がありますが、これは敵から身を守るためにトカゲがしっぽを自発的に切り落とすことを指しています。切り落とされたしっぽは、およそ数カ月で再生します。しかし、トカゲの場合、しっぽが再生するのは1度だけです。これに対して、イモリの場合、何度でも、年を取っても、再生可能なのです。しかも、手足だけではなく、顎やしっぽ、さらには心臓や脳の一部が失われても、少し時間はかかりますが、皮膚には傷痕1つ残らずに元どおりに再生します(図2)。

図2 肢再生画像成体イモリの正常な足先を切断し、再生するまでを示している。切断という刺激がトリガーとなり、再生させる遺伝子が働いて傷口付近の細胞に脱分化が起こる。最初にできるイボのような未分化な細胞の塊の「再生芽」から再生が進む。

私は多くの専門分野の研究者と共に、イモリのこの高い再生能力をヒトの再生医療に役立てる研究に取り組んでいます。特に線維化やを解決する再生医療が、当面の大きな課題です。

イモリの高い再生能力は、まだ生物学が十分に発達していなかった250年ほど前からよく知られていました。しかし、そのしくみは解明されていませんでした。両生類の多くは幼生の頃は高い再生能力があるのに、変態して体のしくみや姿形が変わるとその能力を失ってしまいます。イモリだけが変態後も何度も再生できるのはなぜなのか。多くの研究者は「イモリの体内には実は多能性細胞が生き残っているのではないか」と考えていました。

私たち研究グループは、日本に広く生息するアカハライモリを調べ、幼生と成体のイモリがそれぞれ再生するしくみを調べることにしました。イモリの卓越した再生能力が、幼生期の再生を制御する戦略を基盤とするものであるのか、それとも変態後の成体イモリが生み出した新規の戦略を基盤とするものであるのか、解明しようと試みたのです。

高い再生能力のカギとなる遺伝子の探索

幼生と成体のイモリを実験モデルとして、それぞれに遺伝子組み換えにより蛍光標識した組織(皮膚、骨、筋、神経)を肢に移植しました。組織が生着した後、肢を切断し、移植した組織が再生肢中のどの組織に分化(分裂を繰り返して数を増やした細胞が、やがてそれぞれ何かしら役割を持つこと)したかを調べたのです。その結果、次のことが分かりました。

幼生イモリの体には、幹細胞と呼ぶ特殊な細胞があちこちに存在します。幹細胞にはいくつか種類があり、それぞれ筋肉や骨など決まった種類の細胞になっていきます。そして体が傷ついたり欠損したりすると、これらの幹細胞が傷口付近に集まって筋肉や骨などの細胞に変わり、元通りに再生するのです。

しかし、イモリが成体になると、この再生のしくみも少し変わってきます。成体イモリの肢を切断すると、切断部の成熟した体細胞がその性質や機能を失い、いったん未分化の状態に戻り、そこからまた新たに増殖して分化し直すことで筋肉や骨などの細胞に変わり、元通りに再生していたのです。このように、成熟した細胞が未分化の状態に戻ることを「脱分化」といいます。動画を見ているときに、もう一度見直したい時点まで巻き戻して見るでしょう。イモリの再生は、損傷部位だけで、その部位の細胞だけを巻き戻し、作り直しているというわけです。

イモリの高度な再生能力について、ヒトを含む四肢の脊椎動物が共通に持っている遺伝子の働きだけで説明できるのか、それともイモリ固有の遺伝子を考慮しなければならないのか。これは、イモリの再生能力を理解し、ヒトの医療に応用しようとする生物医学研究において本質的かつ重要な問題です。

私たち研究グループは、アカハライモリの遺伝子(mRNA)情報を網羅したデータベース「TOTAL」を独自に開発しました。イモリに特有の遺伝子が再生能力に作用しているという考えの下で、このデータベースを用いて、イモリが持つ高い再生能力のカギとなる遺伝子を探索し、解析したのです。ところが、イモリ特有の再生遺伝子は見つかりませんでした。

見つかったのは、たった1つの名前のない遺伝子でした。私たちはこれをNewtic1と命名しました。さらに、さまざまな生物の最新の遺伝子データベースと照合した結果から、このNewtic1が、イモリ固有ではありませんが、有尾両生類(イモリ・サンショウウオの仲間)にしか存在しないユニークな遺伝子で、膜タンパク質をコードしていることが分かりました。また、Newtic1を発現する細胞が一体何なのか、Newtic1タンパク質を検出する抗体を作製して丹念に調べた結果、一部の赤血球であることを発見しました(図3)。

図3 Newtic1 を発現する赤血球Newtic1タンパク質は成熟過程にある赤血球の縁にリング状に局在する。下に見える2 つの赤血球は成熟しており、Newtic1を発現していない。

ヒトの血液は、骨の中心部にある骨髄の中で作られています。造血幹細胞が細胞分裂し、それが赤血球と白血球、そして血小板に成長していきます。これに対して成体イモリの血液は、で生産され、体内を循環しながら成熟することが知られています。実際にアカハライモリの末梢血を調べると、さまざまな発達段階の赤血球を観察することができました。

さらに、詳しく調べた結果、Newtic1は成熟途上にある赤血球(PcNob)に特異的に発現することが分かりました。平均すると赤血球全体のおよそ25%です。また、成体イモリの正常な組織を調べた結果、Newtic1を発現する赤血球は小さな集合体(EryC)を形成し、その集合体が正常血中では必ず単球(白血球の一種)と複合体(EryC-単球複合体)を形成し、Newtic1を発現していない赤血球(複合体を形成しない単独の赤血球)と共に全身を循環していることが明らかになりました。

赤血球が積極的に再生に関与

実験的に成体イモリの肢を切断したところ、その肢が再生する過程において、切断部の赤血球が新たにNewtic1を発現し、集合体を形成しながら、成長する再生芽(未分化な細胞の塊)の先端部に集積することが分かりました。また、成体イモリの再生過程では、赤血球の内部で成長因子(TGFβ1、BMP2など)や細胞外基質分解酵素、機能未知の因子を含む数多くの分泌因子が発現していることも分かりました(図4、5)。赤血球は、ヒトの場合、全身に酸素を運び二酸化炭素を受け取るガス交換の運搬役として知られています。ところがイモリの場合は、赤血球がガス交換だけではなく積極的に再生に関与しているというのは、予想外の発見でした。

図4 赤血球が分泌因子を運ぶ成体イモリの再生過程において、赤血球はその内部で再生に関係するさまざまな因子を分泌する。その分泌因子を介し他の細胞に働きかけたり、血流を整えたりすることで再生に関与していると考えられる。上は蛍光像で、赤はNewtic1、緑は成長因子の一つであるBMP2、青は核を示している。その下は明視野像だ。

図5 赤血球が分泌因子を運ぶことを示す模式図Newtic1を発現する赤血球(PcNob)は循環血液中で、単球(白血球の一種:緑)を伴う集合体(EryC)を形成する。だが、再生過程では単球を伴わないEryCを形成しつつ先端部に集積する。血管が結合し、血液循環が再開すると正常血に置き換わる。

その後の研究では、Newtic1タンパク質の他に再生に関わる重要なタンパク質が10種類以上存在することが分かりました。また、Newtic1タンパク質を詳しく調べると、小さな粒状であることも分かりました。赤血球が傷口に達すると、再生に必要なタンパク質がNewtic1の粒に入り込みます。この粒がいわば運搬役を果たし、必要な場所で、再生に関わるタンパク質を赤血球の外に放出します。これによって脱分化のスイッチが入り、線維化も瘢痕もないきれいな再生ができるのではないかと考察しています。

実は、Newtic1が赤血球から選んで運び出してくる再生に関わる物質を、ヒトも持っていることを突き止めました。ヒトも同じ物質を持っていながら、イモリのように再生できないのはなぜか、どうすればできるのか。このあたりが今後の課題です。

ヒトは体が傷つくと患部ではまず炎症が起こります。そこに、周囲の組織から線維芽細胞が集まってきます。すると、これらの線維芽細胞は分裂し、コラーゲンなどの線維性タンパク質を分泌して患部を固めます。これが線維化です。固まった組織は、元の組織から性質の異なる組織に置き換わってしまって、いわゆる傷痕として残ります。これが瘢痕です。

イモリの再生能力は「がんにならない」

大きなケガや疾患はもとより、それらの治療のために、臓器や手足など体の一部を取ったりしなければならないということがあります。また、部のがん手術などでは、目立つ部位に手術痕が残ったりします。こうしたさまざまな要因で、体に欠損が生じたり、目立つ傷痕が残ったりすると、その患者のQOLを阻害したり低下させたりすることは否めません。そういう中で、イモリ型再生医療によって線維化も瘢痕もないきれいな傷の修復が可能になるなら、それは究極の治療といえるのではないでしょうか。

よく知られているように、再生医療にはさまざまな手法があります。iPS細胞やES細胞による再生医療では、幹細胞が激しく細胞分裂を繰り返すため、その過程で起きる細胞のがん化をどのようにして防ぐかが大きな課題になっています。その点で特筆したいのは、イモリの再生能力は「がんにならない」という特徴を持っていることです。実験でさまざまな発がん性物質を用い、イモリにがん発生を試みたのですが、イモリはがんになりませんでした。

また、iPS細胞のような幹細胞を使った再生医療では、体外で幹細胞から作った組織や臓器を移植する手術が必要です。しかし、イモリ型再生医療では、傷ついた部分がそのまま再生するので、移植手術は不要です。より侵襲の少ない治療が可能となる期待があります。

現在は、人体の傷ついた臓器をイモリのように再生させる現実的な工程表を完成させるため、人体の細胞にイモリ型のリプログラミング(未分化の状態に戻すこと)を可能とする因子の解明に挑戦中です。同時に、イモリの利用を医学のさまざまな分野に浸透させることにも力を注いでいます。最新の研究では、イモリの体細胞リプログラミングに、細胞の自律的な性質と、体の変態や成長によって変化する細胞外環境との両方が重要であることを明らかにしました。

また、イモリのユニークな血液成分の重要性を示し、イモリの再生とマウスの瘢痕治癒(線維化)を直接比較することが可能な実験系を確立しました(図6)。遺伝子改変マウスおよび遺伝子改変アカハライモリを用いた研究で、イモリにおける脱分化と再分化を再現し、哺乳類とも互換性のある細胞培養系が確立した点は大きな進展でした。ヒトの再生医療への期待が高まります。1日でも早いイモリ型再生医療の実現に向けて、さらに研究を続けていきます。

図6 イモリの再生とマウスの線維化の違いイモリの脱分化は、ヒトを含む四肢動物が共通に持つ線維化のメカニズムを土台に進化したと考えられる。成体イモリの再生過程と成体マウスの線維化過程の違いを明らかにすることで、イモリの再生能力進化の解明と、成体マウスにイモリ型再生を可能にする条件を追求している。

(図版提供:千葉親文)

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ヘルシスト 285号

2024年5月10日発行
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