特集 「糖質」そこが知りたい 有用な腸内細菌だけを増やす新しいオリゴ糖の開発

構成/茂木登志子

オリゴ糖は砂糖と同等の甘さを持つ低エネルギーの甘味料として知られているが、実は多様な機能が備わっていて、その一つが乳酸菌やビフィズス菌など有用な腸内細菌の餌として腸の調子を整える整腸機能だ。しかし最近の研究で、有用菌に限らず他の腸内細菌の餌にもなることが判明。そのため有用な菌だけを増殖させるオリゴ糖が注目され、開発が進んでいる。将来は、オリゴ糖で腸内細菌叢を自在に改善できる「次世代型プレバイオティクス」の実現が可能になるという。

新潟大学農学部准教授

中井博之(なかい・ひろゆき)

2000年、北海道大学農学部応用生命学科卒業、同大大学院農学研究科に進む。博士研究員を経て、2007年からデンマーク工科大学博士研究員、2008年から同大助教。2010年に新潟大学大学院自然科学研究科テニュアトラック助教、2015年から現職。2014年、食の新潟国際賞、2015年、安藤百福賞、2017年、日本応用糖質科学会奨励賞受賞など受賞歴多数。

私は糖科学者として、ヒトの健康維持増進に有益な機能性オリゴ糖を創生する研究に従事しています。ここでは、そういう立場でオリゴ糖とその機能について知るところを述べたいと思います。

オリゴ糖は単糖類が2~10個結合

最初にお伝えしたいのは、自然界には多くの糖質が、さまざまな形で存在している、ということです。植物は光合成でデンプンを作り、エネルギー源にしています。私たちヒトも食事で糖質を摂取し、筋肉や肝臓にグリコーゲンという形で糖質を蓄えています。また、紙の原料にもなる木材のセルロースも、グルコース(ブドウ糖)が結合した糖質です。コンニャクイモの主成分であるグルコマンナンも糖質です。エビ・カニなどの甲殻類や昆虫類などの外骨格(殻)の主成分として知られるキチンも、実はN-アセチルグルコサミンという糖質の重合体で、イカなどの軟体動物やキノコのような真菌類にも含まれています。このように自然界には多くの糖質がさまざまな形で存在していますが、それでは一体、どれを、どういう理由で、オリゴ糖というのでしょうか?

分子構造による分類では、糖質の最小単位であるブドウ糖や果糖などを「単糖類」といいます。そして、単糖類が2〜10個結合したものを「オリゴ糖」といいます。“オリゴ”はギリシャ語で“少ない”を意味します。ショ糖(ブドウ糖と果糖が結合したもので、つまり砂糖)や水あめの主成分として知られるマルトース(麦芽糖。ブドウ糖が2個結合)、牛乳の甘さである乳糖など、単糖類が2個結合した「二糖類」も、オリゴ糖です。さらに、単糖類が10〜100個程度結合したものは「メガロ糖」、100個以上結合したものを「多糖類」と呼びます。このように単糖類が重合して長くなっていくことで、糖質の呼び方が変わっていきます(図1)。また、糖質はいろいろな手(水酸基)を持っていて、どの手と手が結びつくかによって、重合の仕方が変わってきます。今まで明らかになっている単糖類は100種類以上あるので、それらがさまざまな結合様式を取り得るオリゴ糖にはとにかく膨大な種類があるということが分かっていただけるでしょう。

図1 糖質の種類と重合例糖質は重合度に応じて単糖から多糖までに分類される。右側は、単糖からオリゴ糖を経て多糖となる重合例を示している。

ちなみに、甘味料としてなじみのある砂糖は、サトウキビやテンサイ(サトウダイコン)から抽出されて結晶化されたオリゴ糖です。その他のオリゴ糖も自然界に数多く存在しますが、豊富に存在するものの、機能性や呈味評価が実施されたものは多くありません。すなわち、学術的また産業的に利用可能なオリゴ糖はごくわずかであり、その多様性や有用性を生かしきれていないのが現状なのです。今後多くの方々に気軽に利用してもらうには、安全な方法で大量に生産し、消費者の皆様へ安価に提供する必要があります。そこに、酵素化学的にオリゴ糖をつくる意義があると考えています。

オリゴ糖にはさまざまな機能があり、それらは大きく3つに分けられます。一次機能は、易・難消化性やエネルギー値など食本来の栄養特性としての機能、二次機能は保湿性など物理科学的特性、そして三次機能が、整腸機能や抗う作用をはじめとする生体調節機能です。

近年の健康志向の高まりとともに、オリゴ糖の生体調節機能への注目度が高まっています。前に特定保健用食品に占める機能性オリゴ糖関連食品の割合を調べたところ、およそ4割を占めていました。今はもっと増えているかもしれません。

「おなかの調子を整える」という機能

整腸機能をうたった特定保健用食品の第1号は、国内食品メーカーが開発したフラクトオリゴ糖でした。フラクトオリゴ糖は、ブドウ糖に果糖が2~4個結合したもので、砂糖に近い甘さが感じられます。タマネギやゴボウなどの野菜や果物に含まれていますが、それらから抽出するだけでは大量生産には至りません。そこで、ブドウ糖と果糖が1個ずつ結合した砂糖に、果糖を酵素化学的に重合させてつくり出しました。こうして世に出たフラクトオリゴ糖には、「おなかの調子を整える」という機能を表示することが許可されました。これが今からちょうど30年前の、1993年のことです。実はこの「おなかの調子を整える」というのは、機能性オリゴ糖を理解するキーワードでもあります。

自然界に膨大な種類が存在するオリゴ糖のうち、特定保健用食品として用いられているのは、難消化性のオリゴ糖です。難消化性ということは、ヒトの消化酵素で分解されにくく、エネルギー源として用いられにくいということです。口から入った糖質の多くは、消化器官から分泌される消化酵素によって分解され、吸収された後に全身を巡りながらエネルギーとして使われます。一方で、難消化性のオリゴ糖は消化耐性が強く、腸まで届いて腸内細菌の餌になることができます。

腸内細菌は、ビフィズス菌や乳酸菌など体に良い働きをするいわゆる有用菌と、その反対の有害菌、そして役割が不明だったりする中間的な菌の3つに分けられます。健康なヒトの腸内では、有用菌が有害菌の増殖や定着を抑制して、健康維持増進に働いていることが知られています。つまり、オリゴ糖の生体調節機能である「おなかの調子を整える」仕組みは、腸内の有用菌の餌となることで、腸内細菌叢を改善して健康に良い効果をもたらすということです。

しかし、オリゴ糖は腸内で有用菌だけの餌になるわけではありません。有害菌や中間的な菌の餌にもなります。有害菌はもちろんのこと、中間的な菌の中にもヒトに悪影響を与える菌の存在が近年明らかになってきており、ヒトが有用菌の餌を摂取する場合は、中間的な菌を含めた悪い働きをする腸内常在菌が増殖しないものであることが望ましいのです。

効率よく健康維持増進を図るには、オリゴ糖を有用菌にだけ食べさせて、有用菌だけを選択的に増やしたい。こういうもくろみから、特定の有用菌の増殖を目的とした機能性オリゴ糖、つまり「次世代型プレバイオティクス」の発想が生まれました。

すでに、オリゴ糖を用いたプレバイオティクス食品がいろいろ市販されています。しかし、私たちの研究グループがそれらを調べたところ、残念ながらピンポイントで特定の有用菌だけが増えるわけではありませんでした。少なからず、他の腸内常在菌の餌にもなることが分かりました。そうした背景のもとで、現在私たちの研究グループでは、特定の有用菌のみを選択的に増殖させることのできる次世代型プレバイオティクスを開発しています。

既存の糖質を利用して有用なオリゴ糖を創生

冒頭で述べたように、私はヒトの健康維持増進に有益なオリゴ糖の開発を研究している糖科学者です。自然界には多種多様なオリゴ糖が存在していますが、低コスト・大量調製が困難なため、需要があっても学術的にも産業的にも利用可能なオリゴ糖はごくわずかというのが現状です。そこで発想の転換をして、既存の糖質を利用し、その構造を変えて有用なオリゴ糖をつくろうと考えました。

前にも述べましたが、糖質はいろいろな手を持っていて、どの手と手が結びつくかによって、結合の種類が変わってきます。自然界にある既存の糖質のつなぎ合った手と手を切ったり、つなぎ直したりして、機能性オリゴ糖を生み出そうというわけです。そして、このハサミと接着剤の役割を果たすものとして、ホスホリラーゼ(糖質加リン酸分解酵素)のオリゴ糖合成反応に注目しました。

ホスホリラーゼは安全な天然の触媒体で、生体内の糖代謝に関与しています。酵素の反応は、よく「鍵と鍵穴の関係」に例えられます。酵素(鍵穴)は、特定の物質(鍵)だけに反応するという意味ですが、ホスホリラーゼにも特定の結合を持つオリゴ糖だけを生産する、という特徴があります。しかし、研究開始当初は既知のホスホリラーゼは十数種類と少なく、たくさんの種類のオリゴ糖生産のためには、ピッタリ合う鍵穴となる未知のホスホリラーゼを探す必要がありました。そこで、その酵素を生産する微生物のスクリーニングやバイオインフォマティクス的手法を駆使して、新規のホスホリラーゼをこれまでに数多く発見してきました。

こうして、ホスホリラーゼの新規開拓と、これまで大量調製が困難であったオリゴ糖の生産技術開発の研究を並行し、自然界に豊富に存在し安価に入手可能な天然の糖質を高付加価値な機能性オリゴ糖に高収率変換する低コスト・大量生産技術を開発しました(図2)。

図2 多種多様なオリゴ糖の製造に適応可能な汎用的製造技術
①自然界に豊富に存在する糖に作用するホスホリラーゼを用いて、無機リン酸存在下で安価に糖1リン酸を生産する。
②この反応に希少性の高い機能性オリゴ糖に作用するホスホリラーゼの反応を組み合わせることで、糖1リン酸(糖供与体)と糖受容体から機能性オリゴ糖を合成する(結果、自然界に豊富に存在する糖が、結合様式の異なる機能性オリゴ糖に変換される)。
③④必要に応じて異性化反応を加えることで、より多様な機能性オリゴ糖を生産できる。

開発したこの技術を用いて生み出した糖質の数は、すでに300アイテムを超えました。日々研究室の学生とともに、新たな糖質を生み出すことに勤しみ、それらを研究室内でバンク化して貯蔵・保管しています。そして、その糖バンクにある多種多様なオリゴ糖について、一つひとつ、構造と機能の相関を調べてデータベース化し、「オリゴ糖ライブラリー」を構築しています。この研究の一環として、ヒトの腸内常在菌や有用菌、有害菌を用いて、糖バンクの多種多様なオリゴ糖の腸内細菌叢改善能を調査した結果、近年、有用菌であるビフィズス菌だけを選択的に増殖させるオリゴ糖(ガラクトオリゴ糖の一種)を発見し、ビフィズス菌がその特定のガラクトオリゴ糖を栄養源として生育する際に必要な遺伝子をも特定しました。

オリゴ糖のように、腸内で有用菌の餌になる食品をプレバイオティクスといいますが、ビフィズス菌や乳酸菌など適正な量を摂取したときに有用な効果をもたらす生きた微生物をプロバイオティクスといいます。近年は、プレバイオティクスとプロバイオティクスを組み合わせたシンバイオティクスという、腸内環境の改善方法が知られるようになりました。

そこで私たちは、近年発見したガラクトオリゴ糖が、ビフィズス菌との組み合わせにより、偽膜性腸炎の原因菌(ディフィシル菌)の生育および産生される毒素量を大きく抑制し、偽膜性腸炎モデルマウスの体重減少も低下させることを証明しました。抗菌薬投与で、正常な腸内細菌叢のバランスが崩れて、ある種の菌が異常に増える菌交代現象により、大腸に炎症(感染性大腸炎)を起こすことがあります。偽膜性腸炎は、ディフィシル菌が異常に増殖して起こる感染性大腸炎の一種です。私たちが見いだしたガラクトオリゴ糖とビフィズス菌の組み合わせは、次世代型プレバイオティクスを活用した偽膜性腸炎の新たな治療法開発や創薬にもつながる可能性を示したといえます。

私たち研究グループは、今回発見したオリゴ糖のように、ヒト腸内で健康維持増進に資する有用菌のみを増殖させる機能を持つオリゴ糖に、「次世代型プレバイオティクス」という名を冠しました。次世代型という言葉には、未来への期待や希望が込められています。現在、流通しているプレバイオティクスよりも、一歩先をいく、もっと高機能、という意味も込められています。これは、決して、現状のプレバイオティクスのオリゴ糖を否定しているのではありません。変化と進化の過程で、私たちの研究から今あるものよりも進化したプレバイオティクスが生まれたという意味です。その進化に、期待や希望を感じているのです。

個々の腸内環境に応じたプレバイオティクス

私の研究室の糖ライブラリーには、新しく生み出されたオリゴ糖がまだたくさんあります。発表したオリゴ糖はビフィズス菌のみを増殖させる機能を持っていましたが、その他の有用菌を選択的に増殖させる機能を持ったオリゴ糖もあります。どのような構造や結合を持つオリゴ糖が、どの菌を増やすのかという点も、少しずつ明らかになってきています。

また、近年の研究報告によると、ヒトの疾患と腸内細菌叢に関連があるということが分かってきています。ある疾患や症状を持つヒトの腸内環境を調べると、疾患や症状に応じて増加していたり割合が多い菌種や、逆に減少していたり割合が少ない菌種が見つかっています。ということは、健康維持増進を図るには、一人ひとりの腸内環境を改善するように、特定の菌を増殖させるオリゴ糖を腸内に届ければいいのではないか。さらに、これまでは、腸内環境を整えるといえば乳酸菌やビフィズス菌を増殖させることとほとんど同義でしたが、今後は違う菌とその働きにもスポットライトが当たるかもしれません。糖尿病や肥満で特徴的に変化している腸内細菌を選択的に増殖または抑制することで、これらの疾患を治療できる可能性もあります。実際、糖ライブラリーのアイテムを各分野の専門家に提供し、研究していただいていますが、特定の菌を増殖させ、ヒトの健康維持増進に有用な機能を持っているオリゴ糖が見いだされつつあります。

将来的には一人ひとりの腸内環境に応じたプレバイオティクスを提供できるようになるのではないか、個人差がある腸内細菌叢を自由自在に改善できる時代が来るのではないか、という期待があります。そこで、私たち研究グループは、これを「オーダーメード・プレバイオティクス」と呼んでいます。安価に、大量に、高機能のオリゴ糖を生み出すことができれば、そして食品メーカーにこうしたオリゴ糖を原料として用いていただければ、増殖させたい菌とその餌になるオリゴ糖を組み合わせた、次世代型シンバイオティクスともいえるオーダーメード・プレバイオティクス含有製品を世に送り出すことも可能でしょう。

しかし、実際に食品としてヒトの口に入るまでには、安全性確認などのために膨大な時間とコストを要します。いつの日になるのか分かりませんが、手頃な価格で高機能のオリゴ糖やそれを素材とした食品が、消費者の皆様のところに届いて健康維持増進に役立つようにと願いながら、私は研究室で新しいオリゴ糖づくりに取り組んでいます。

(図版提供:中井博之)

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