暮らしの科学 第64回 セミはなぜ鳴くのか!? 鳴き声から生態を知る

文/茂木登志子  イラストレーション/山田朱音

春雷、梅雨の雨音。こんなふうに季節を象徴する音がある。夏の音といえば、時雨だろう。それにしても、なぜセミは鳴くのか? 今回は、セミの鳴き声を視点に、知っているようで意外に知らない生態を探ってみた。

〈今月のアドバイザー〉税所康正(さいしょ・やすまさ)。東京学芸大学・中央大学非常勤講師、広島大学総合博物館客員研究員。工学博士。1955年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学大学院工学研究科修了後、熊本大学に常勤講師として赴任。同大助教授を経て、2000年、広島大学工学部の助教授に。2001~2020年、同大大学院工学研究院(工学研究科)助教授(准教授)。専門は確率論/確率過程論および数理生物学で、確率論の数理生物学的応用に取り組んできた。セミの生態についても詳しく、共著書『日本産セミ科図鑑』(誠文堂新光社)や著書『セミハンドブック』(文一総合出版)などで知られる。またインターネット黎明期から運営しているウェブサイト「セミの家」は、日本昆虫学会が優秀なウェブサイトを表彰する「あきつ賞」を2008年度に受賞した。

ミーン、ミン、ミン、ミー……。ジー、ジリジリ……。蟬時雨(多くのセミが一斉に鳴き立てる声を時雨の降る音に例えた夏の季語)が聞こえるようになった。夏が来たことを実感する。そういえば、この夏、初めてセミの声を聞いたのはいつだったろうか? 昨年は、梅雨の終わり頃だった。窓を開けると、雨が降る中、セミの合唱が聞こえてきた。梅雨が明けて本格的な夏が来てからセミが鳴く。何となくそう思い込んでいたので、梅雨明け前のセミの鳴き声に驚きを感じて、記憶に残ったのだ。

春にセミの鳴き声!?

今年になってこの記憶がよみがえったのは、春の大型連休の前後だった。春なのにまるで夏のような陽気となったある日の夜、窓外からジージージーとセミの大合唱が聞こえてきたのだ。あまりの暑さにセミも夏が来たと勘違いしたのだろうか? 昨夏以上の猛暑になる前兆だろうか? それにしても、セミはなぜ、こんなに大声で鳴き、かつ、仲間と大合唱するのだろうか? 「キジも鳴かずば撃たれまい」(無用のことを言わなければ、災いを招かないですむという意味)と言うように、鳴き声を発すれば居場所が分かるので天敵に襲われる可能性が高い。セミの天敵が何なのか分からないが、蟬時雨で危機にひんすることはないのだろうか? 季節外れのセミの大合唱を聞きながら、いくつもの疑問が湧いてきた。

その翌日。ふと気がつくと、セミの大合唱が聞こえない。聞こえてくるのはカラスの鳴き声ばかりである。おかしい。あの大合唱は決して幻聴ではなかった。では、セミの鳴き声はなぜ消えたのだろうか? 鳴いていたセミたちはどこに消えたのだろうか? セミの鳴き声を巡り、また新たな疑問が湧いてきた。

「セミの声と似た鳴き声の昆虫がいます。わずか1日で消えたセミの大合唱は、セミではなくクビキリギスです。これはキリギリスの仲間で、4~6月の夕方ごろに、ジージージーという鳴き声が聞こえます」

季節外れの蟬時雨の謎を解いてくれたのは、税所康正さんだ。実は、セミの鳴き声について調べている中で出合ったのが、『セミハンドブック』という一冊と、「セミの家」というウェブサイトだった。本では、二次元バーコードから各種セミの鳴き声を聞くことができる。ウェブサイトのほうも同様に、鳴き声の音声ファイルが公開されている。そして本の著者とウェブサイトの開設者は、いずれも税所さんなのだ。

本やウェブサイトに掲載されているセミの精密な写真を撮影したのも、セミの鳴き声を録音したのも、税所さん自身だ。セミを研究する昆虫学者だと思ったのだが、確率論を専門とする数学者だというのでびっくりした。物心が付く前から昆虫が大好きで、観察や採集、飼育などの体験を重ねてきたという。数学者となってからも大学で研究や教育に従事しながら、余暇にセミを追う日々を過ごした。生物学に数理科学的手法やデータ解析を応用し、実験や観察データのみでは分からない現象の理解を目指す数理生物学という学問領域があるのだが、この分野でもセミの生態解明に専門である確率論を応用した研究論文を発表している。

セミの鳴き声に関する疑問が1つ解消したところで、思わず尋ねてしまった。セミの研究は、もはや趣味ではなく専門家の域では!? すると、笑顔と共にこんな答えが返ってきた。

「セミプロです」

というわけで、今回はセミに詳しい数学者に、セミの鳴き声について教えてもらった。

セミはいつから鳴くのか?

セミはいつから鳴くのか? この問いに対し、税所さんは2つの視点から解説してくれた。1つ目は、セミが成長過程のどのタイミングで鳴き始めるのか、2つ目の視点は、時期的にいつ頃から鳴くのか、という視点だ。

よく知られているように、セミは幼虫時代を地中で過ごす。税所さんによると、この幼虫期間は種によっても異なるし、同じ種でも環境によって変化することがあるという。

幼虫は、地中で何回か脱皮を繰り返しながら成長する。サナギを経て成虫になるものを完全変態というが、セミは幼虫から直接成虫になる不完全変態の昆虫だ。

「成長したセミの幼虫は、土の中から出てきて羽化し、成虫になります。この羽化が最後の脱皮で、皆さんが見かけるセミの抜け殻は、このときのものです」

地上で成虫となったセミは、いきなり鳴くわけではない。いや、鳴けない。

「セミは自分の体を楽器にして鳴き声を奏でます。羽化直後は体が柔らかいので、すぐには音が出せません。体がしっかり固まってから鳴き始めるのです」

税所さんによると、羽化してから鳴けるようになるまで数日を要するという。だが、セミの命は短く、7日くらいではなかったか?

「よく、セミの一生は7年7日、つまり地中の幼虫時代が7年、地上の成虫時代が7日といわれています。しかし、前に述べたように、幼虫の期間は種や環境で異なりますし、セミの種によって不明のものがあるのです」

税所さんはさらに説明を続ける。

「地上に出てからの寿命も、捕まえても飼育が難しいのですぐに命が尽きてしまうことから短命と思われているのでしょう。現在では、外敵に襲われなければ3週間程度は生きていますし、1カ月以上生きることもあると考えられています」

さて、2つ目の時期だが、当然、夏ではないのだろうか?(図1)

図1 セミの鳴く時期種や生息地によってもセミの鳴き声が聞こえる時期は異なる。例えば、沖縄県の石垣島に生息するイワサキゼミは8月下旬に鳴き始め、11月ごろまで鳴くという。税所さんの著書『セミハンドブック』に基づき、ここには春先から夏までに鳴き始めるセミを抜粋して紹介している。

「夏の昆虫と思われていますし、実際に多くのセミが梅雨明け前後から出現します。ところが沖縄県にはイワサキクサゼミという日本最小サイズのセミがいて、これが3月ごろに鳴き始めます。また、東北南部から九州に生息するハルゼミという種があり、4月くらいから鳴き始めます」

北海道でも5月中旬にはエゾハルゼミの大合唱が聞こえるという。

「本州や四国、九州でも、標高1000mを超える広葉樹林帯に行けば、6月ごろにエゾハルゼミの鳴き声を聞くことができます」

セミにもいくつかの種があることは知っていた。だが、知っているのはツクツクボウシ、ニイニイゼミ、アブラゼミ、ミンミンゼミ、ヒグラシくらいだろうか。しかも、名前とそれぞれの鳴き声が一致するかというと、まったく自信がない。

「日本国内では36種1亜種のセミがいます。ハルゼミやエゾハルゼミのように地域限定型の種もいますから、住んでいる地域によっても聞こえてくるセミの合唱は異なるでしょう。それで、私の著書やウェブサイトではセミの鳴き声の音声を公開しています」

ちなみに関東では東京の都心でも夏になるとミーン、ミン、ミン、ミーというミンミンゼミの声が聞こえてくる(図2)。暑さを感じさせる鳴き声だ。ところがミンミンゼミの鳴き声は、関西では少し山に入らないと聞くことができないという。そのため、広告会社が夏の暑さをミンミンゼミの鳴き声で表現すると、東京とは異なり関西の人は涼しさを感じるそうだ。

(写真提供:税所康正)

図2 ミンミンゼミの成虫一鳴きすると飛んで移動し、また鳴くことをセミの「鳴き移り」という。ミンミンゼミはそれが顕著で、1回鳴き終わると数秒後に移動する。

ここで、読者の皆さんに質問を1つ。セミが鳴くのはオスかメスか、どっち? 税所さんが正解を教えてくれた。

「セミはオスしか鳴きません。オスが鳴くのは、メスを誘うためです」

恋人のために、窓の下で歌うセレナーデのような歌というわけだ。

「この歌声は、種ごとに異なります(表)。ですから、メスは自分と同じ種のオスのセミが奏でる求愛の歌を聞き分けて、気に入った歌声の元に飛んでいきます。交雑を避ける自然の摂理ですね」

表 セミの鳴き声セミの鳴き声は種によって異なる。日本語には、そんなセミの鳴き声を表すオノマトペ(擬音語)が多々ある。表は税所さんの著書『セミハンドブック』に基づく。

鳴き声は腹部から

税所さんの解説によると、オスの腹部には発音筋と発音膜があるという。発音筋が左右にある発音膜を振動させて音を出し、空洞になっている腹部でその音を増幅させる。それで小さなセミの体から、響き渡る大きな鳴き声が発せられるというわけだ。

鳴く時間帯は、セミの種によっても異なる。例えばニイニイゼミは一日中鳴いているが、ヒグラシは朝夕に鳴いて、昼間はあまり鳴かないという。また、1匹のセミが鳴き出すと、他のセミも鳴き出す種もいる。1匹だけのソロよりも、大合唱のほうが、メスに届くからではないかといわれている。ただし、集団で鳴くよりもソロを好む一匹狼タイプのセミもいる。

一方、もっぱら鳴き声の聞き役であるメスの腹部には、卵がいっぱい詰まっている。愛の歌声で結ばれたカップルが交尾すると、メスは枯れ枝や樹皮に産卵管を差し込み、卵を産み付けるのだ。

「産み付けられた卵は、産卵された年の秋か翌年の梅雨時にします。孵化の時期はセミの種によって異なります。そして孵化すると、幼虫はすぐに地中に潜ってしまいます」(図3)

図3 セミの一生メスが樹木に産み付けたセミの卵が孵化すると、幼虫はすぐに地中に潜る。そして、木の根から樹液を吸いながら長い時間をかけて成長する。羽化して成虫となってからも樹液を餌として生きる。

そこから長い幼虫期間が始まるのだが、いったいセミの幼虫は何を餌として成長するのだろうか?

「樹液です。実は、セミは一生を通じて完全な液体食の生き物なのです。幼虫期間は木の根に取り付いて、根から樹液を吸います。地上で羽化して成虫となったセミは、針のように細い口を持っています。この口を木に刺して樹液を吸います。液体食なので、排泄物も液体、つまりオシッコだけです」

セミを餌として捕食する天敵は、どんな動物なのだろうか?

「カラスなどの鳥やカマキリなどがよく知られています。カラスはセミの羽を食べません。カラスが食い散らかしたセミのなきがらを見たことはないですか?」

な光景は記憶にない。だが、夏の朝、窓辺やバルコニー、路上などで、腹を天井に向けた状態で、セミが落ちているのを見かけることがある。

死んでいるのかと思ってそっと触れると、手足をバタバタと動かしながら鳴き出す。この鳴き声は求愛ではなく、悲鳴と思われるが。ともあれ、そっと放してあげると飛び去っていく。

「虫は光に向かって集まります。例えばマンションなどの場合、セミは廊下の灯火や階段灯などの光に向かって飛んでいって、止まる木がないので落下してしまう。仰向けにバタンと落ちると、自力では起き上がれません。生きているのを確認したら、拾って逃がしてやってください。飛んでいって、余生を過ごすでしょう」

セミは人に悪さをしない

税所さんの口調はとても優しい。セミへの慈愛に満ちている。

「だって、セミはヒトを攻撃しないじゃないですか。カやハチのように刺したりしません。武器を持っていないのですから。それなのに、最近はセミの声がうるさいという大人や、セミの幼虫や成虫の外見が怖いので触れないという子どもがいたりします。何にでも好き嫌いはありますが、セミは人に悪さをしません。決して恐ろしい存在ではありません。もっとおおらかに、優しく、楽しく、セミと付き合ってほしいですね」

セミの鳴き声から、これまで知らなかったセミの生態の一端を知ることができた。暑さも増して、いよいよ夏本番。セミの生態を知ると、蟬時雨も味わい深く聞こえるのではないかと思う。読者の皆さんの耳には、今、どんなセミの鳴き声が聞こえていますか?

■ハルゼミと松の木

多くのセミは、木へのこだわりがない。しかし、セミの中には一定の木だけを好む種もいる。その一例がハルゼミだ。彼らは産卵から幼虫時代、成虫時代を通じて松の木を好む。近年、マツノザイセンチュウによって松が枯死する松枯れ病が全国的にしている。その影響で松の木が減少すると、ハルゼミの生態にも影響を及ぼす。

■外来種の移入

外来種が移入されると、在来の生物種や生態系にさまざまな影響を及ぼす。セミにも日本国内に移入し、竹林に定着した外来種がある。ツクツクボウシの仲間で、本来は中国中部に分布するタケオオツクツクだ。産卵された竹で作られた竹ボウキが中国から輸入され、国内に入ってきた。埼玉県や神奈川県、愛知県に続き2023年には福岡県でも確認された。

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ヘルシスト 286号

2024年7月10日発行
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