野本教授の腸内細菌と健康のお話42 プロバイオティクス菌体表層分子の不思議

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
客員教授

野本康二

本誌257号(2019年)コラム「口には口の には膣の乳酸をご覧になった、女性のデリケートゾーンの健康を志向したビジネスに特化している企業の方から連絡をいただき、2年ほど前から同社の研究開発のお手伝いをしている。現在では、「フェムテック(Femtech:Female〈女性〉とTechnology〈技術〉を掛け合わせた造語)」という言葉も一般化しており、経済産業省が「フェムテック等サポートサービス実証事業」を支援してい。健常成人女性の膣内細菌叢の主体は乳酸桿菌である。しかも、乳酸桿菌属に属する260を超える菌種の中で、Lactobacillus crispatusL. gasseriL. jenseniiL. inersの4菌種が主体となってい。その発見者の名を取って、デーデルライン桿菌(1892年にドイツの産婦人科医アルベルト・デーデルライン〈1860〜1941年〉によって発見された)とも呼ばれている。一方で、Gardnerella vaginalisMobiluncus curtisiiAtopobiumFannyhesseavaginaeといった、いわゆる有害菌も膣内常在菌として生息している。現状のNugentスコア法では、スライドガラスに膣分泌物を塗抹したものをグラム染色し、これを顕微鏡で観察して、グラム陽性(青色)に染まる乳酸桿菌と、グラム陰性(赤色)あるいは不定に染まるG. vaginalisM. curtisiiとの割合を基に、極端な膣内菌叢異常を示す細菌性腟症の診断が実施されてい。健常な膣内では、膣粘膜に生息する常在の乳酸菌によって産生される乳酸が膣内を酸性(pH4〜5)に保つことによって、有害菌の増殖が制御されるものと考えられている。

プロバイオティクスを含むさまざまな微生物の生物活性において、細胞表層に発現している高分子(タンパク質や多糖体)が重要な役割を果たしていることが知られている。例えば、プロバイオティクス乳酸菌である、Lacticaseibacillus rhamnosus GG株の菌体表層に発現するSpaCBAと呼ばれる線毛タンパク質が、腸管粘膜に結合することによって、同菌の腸内定着の延長に寄与していることが示唆されてい。SpaCBAなど一連の付着に関与する分子をアドへシン(adhesin)と呼んでい。他方、L. crispatusを含むさまざまな乳酸菌やプロバイオティクスの細胞表層には、S層タンパク質(SLP:Surface Layer Protein)が菌体を覆うように発現しており、膣粘膜への付着や菌体の凝集(これによっても付着性が高まる)に貢献するとともに、食中毒菌、カンディダ、ロタウイルスなどの病原微生物に対する宿主の感染防御能を促進することが示唆されてい

莢膜多糖体は、肺炎球菌などの病原菌の菌体表層に発現している多糖体で、食細胞の貪食に対する抵抗性を担うことによりその病原性に貢献している。肺炎球菌ワクチンは、まさに、この莢膜多糖体から製造されている。また、腸内優勢菌の一種であるBacteroides fragilisの細胞表層多糖体も莢膜多糖体として機能するが、一部の菌株の多糖体はその免疫調節作用により、むしろ宿主に有利に作用することも知られてい。典型的なプロバイオティクスであるLacticaseibacillus paracaseiシロタ株(LcS)はアドへシンは発現していないが、ラムノースを主要構成糖とする巨大な多糖体がLcS菌体を覆っており、これが自然免疫系細胞を介するさまざまなLcSの免疫調節作用に貢献していると考えられてい

  • *1 野本康二.口には口の 膣には膣の乳酸桿菌. ヘルシスト, 257: 32, 2019.
  • *2 経済産業省. フェムテック等サポートサービス実証事業ウェブサイト. https://www.femtech-projects.jp/.
  • *3 Chen X, Lu Y, Chen T, et al. The female vaginal microbiome in health and bacterial vaginosis. Front Cell Infect Microbiol, 11: 631972, 2021. doi: 10.3389/fcimb.2021.631972.
  • *4 細菌性膣症の診断と治療は? 産婦人科 診療ガイドライン―婦人科外来編2023: 21–23, 2023.
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  • *6 西山 啓太, 向井 孝夫. Lactobacillus 属やBifidobacterium 属の宿主腸粘膜への付着性に関わるアドヘシンとその分子機構. 日本乳酸菌学会誌, 27: 176–186, 2016.
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2024年11月10日発行
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