野本教授の腸内細菌と健康のお話37 腸内フローラによる免疫修飾

イラストレーション/小波田えま

東京農業大学生命科学部分子微生物学科
客員教授

野本康二

David P. Strachanは、1958年の3月に誕生した1万7000人を超える英国人を対象とする疫学調査を実施し、被験者の11歳および23歳の時点のそれぞれから1年間遡った期間における花粉症の有病率は、家族内の同胞の数、特に兄や姉の数と有意な負の相関関係を示すことを見出し。すなわち、家族構成員数の減少による家庭内の感染の機会の減少、家庭内環境の衛生化などが、花粉症などのアレルギー疾患の増加に関与しているのではないかと推察した。このいわゆる「衛生仮説」に続けて提唱されている「旧友仮」や「microflora仮」では、幼少時の寄生虫感染や腸内微生物抗原への暴露の程度が、その後の感染症に対する免疫やアレルギーなどに対する抵抗性の強弱に影響することが示唆されている。microflora仮説を支持する証拠として、例えば、関節リウマチにおけるPrevotella copri菌数の上、全身性エリテマトーデスにおけるFirmicutes門(新分類ではBacillota門)/Bacteroidetes門(同、Bacteroidota門)菌数比(F/B比)の減、Ⅰ型糖尿病におけるFaecalibacterium prausnitzii菌数の減など、さまざまな自己免疫疾患やアレルギー疾患における特徴的な腸内フローラの異常が報告されている。

我々の免疫反応は、免疫細胞自体が働く細胞性免疫と、抗体が主役となる体液性免疫とに大別され、ヘルパーT細胞(Th)は、これを方向づけする。すなわち、Ⅰ型ヘルパーT細胞(Th1)は細胞性免疫を活性化し相対的に体液性免疫反応を弱めるように働き、逆にⅡ型ヘルパーT細胞(Th2)は体液性免疫反応を促進し、細胞性免疫を相対的に弱める。不衛生な環境で微生物の抗原(エンドトキシンなど)の気道や腸管の粘膜上皮を介する刺激が強まるとTh1が活性化されて細胞性免疫反応が強化され、相対的にアレルギー反応は沈静化することになる。逆に、衛生的な環境では、細胞性免疫の誘導刺激は弱く、アレルギーなどTh2を介する体液性免疫が相対的に強化されてしまう、というわけであ。幼少期にはT細胞の多くが未熟な状態であり、さらされる環境によって、その分化が細胞性免疫反応あるいは体液性免疫反応のいずれに傾くか、大きく左右される。「腸内フローラ仮説」では、出生から生後早期のさまざまな要因が腸内フローラの異常をもたらすと、これが、上記のTh1/Th2バランスを崩すことにより自己免疫疾患やアレルギーの誘導や進行に関与する、と説かれている。

新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックは、あらためて、ワクチン接種による感染の予防およびまん延・重症化の抑制の大切さを知らしめたが、一方で、疫学的および免疫学的な研究の進展により、ワクチンの標的微生物を超えた効果が示されるようにもなってきた。すなわち、本邦の典型的な定期接種ワクチンであるBCG、麻疹、ポリオといったワクチンには、対象疾患に対する特異的な作用を超えた非特異的な免疫増強作用があることが示されてい。このような、ある抗原による刺激が自然免疫系を活性化し、その後の攻撃に対して非特異的に増強された免疫応答を示す過程は、「訓練免疫」と呼ばれてい。訓練免疫の誘導において、パターン認識受容を介する自然免疫系細胞の活性化が重要である。特徴的な例として、表在性がんや上皮内がんに対するBCGの膀胱内注入の有効性が認められており、その作用機序として、BCGによる局所の自然免疫系細胞の活性化が示唆されてい。ちなみに、筆者が携わった乳酸菌による生体防御賦活作用の研究で、マウスの膀胱がん同所移植モデルを用いて乳酸の抗腫瘍作用を調べたところ、実際に臨床で使用されているBCG東京172株と比較して、乳酸桿菌Lacticaseibacillus paracaseiシロタ株の加熱死菌(LC9018)の抗腫瘍作用はより強力であっ。このプロバイオティクス乳酸菌による自然免疫賦活化は、BCGにおけるのと同様の訓練免疫作用と考えている。

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