特集
SPECIAL FEATURE

SPECIAL FEATURE

ワクチンの軌跡

267号(2021年5月10日発行)

牛痘にかかると天然痘にかからない

「人類にとって最も恐ろしい疫病である天然痘が、この牛痘(牛の天然痘)の穏やかな形でもって、地球上から絶滅される日がくることを、確信を持って祝っても良いのではないだろうか」

エドワード・ジェンナー(1749~1823年)は、牛痘種痘法を開発し、天然痘の脅威から人類を救う道を拓いた医師であり、博物学者としても知られています。

ジェンナーは若き日、後に科学的外科の生みの親と謳われた解剖医で博物学者のジョン・ハンター(1728~1793年)に弟子入りし、「考えるより、とにかく実験をしてみること。辛抱強く、そして正確に」という教えをたたき込まれます。ジェンナーはこの教えを支えに、かねてから心に留めていた、「牛痘にかかると天然痘にかからない」という言い伝えを手がかりとし、故郷イングランド南西部の町バークリーで医師として診療を続けながら、実に20年余りの歳月をかけて綿密な観察と実験を重ね、今で言う生ワクチンにあたる牛痘種痘法を確立したのでした。

1798年に論文を発表した後も、ジェンナーは毎年のように、牛痘種痘についてのその後の研究を発表。国内外からのワクチンの送付依頼に応え、さらに「種痘の手引き」を書いて、ワクチンの採取と接種の方法を公表し、牛痘種痘法の普及に力を注ぎました。1802年、英国議会はジェンナーの牛痘種痘法の発明と、対価を受け取らずに普及させたことに対して、支援を決定しています。

医師から医師へ、点をつなぐように、しかし驚くほどの速さで、牛痘種痘法は世界へと伝わっていきました。そしてジェンナーが論文の中で確信していた天然痘の根絶は、約180年後、現実のものとなるのです。


ジェンナーから約80年後、弱毒化した細菌によるワクチンを発明したのがフランスの化学者であり細菌学者のルイ・パスツール(1822~1895年)です。その後、パスツールは狂犬病のワクチンを開発してフランス内外から集まってきた人々に接種を行い、多くの生命を守りました。予防接種の概念はこうして確立していきます。以来、ワクチンは最も成功した医療の一つとされ、今日に至るまで人類を数々の病気から救ったのです。

ほぼ同時期、日本では北里柴三郎(1853~1931年)が、1889年、不可能とされてきた破傷風菌の純培養を実現させて、翌年、破傷風菌の毒素を無力化する抗毒素、つまり抗体の存在を証明。この発見により、その後、免疫システムのメカニズムの解明は大きく進歩し、さまざまな感染症に対するワクチンが開発されるようになっていきます。

そして現在、COVID-19ワクチンは、ゲノム編集技術を用いてウイルスや細菌など病原体の特徴(抗原)を遺伝子レベルで体に記憶させる、第2世代とも言うべき新しいタイプのワクチンへと進化を遂げています。生ワクチンや不活化ワクチンのようにウイルスなどの病原体を大量に培養する必要がないため、開発開始から実用まで十数年はかかるといわれてきた接種が、1年も経たずに実現しました。

プラットフォームワクチンの開発も進んでいます(より迅速で最適な接種へ! 進化するワクチンの近未来参照)。これは基盤となるDNAワクチンやmRNAワクチンをプラットフォームとしてあらかじめつくっておいて、抗原やアジュバント(ワクチンの効果を補助する物質)などの「パーツ」を病原体に合わせて構成するというもので、より迅速な接種が可能になるといいます。

ワクチンの進化の原点が北里柴三郎による抗原の発見にあることは、確かな事実です。北里の志と成果は多くの研究者に受け継がれ、かつて日本は免疫研究の分野で世界をリードしてきたはずです。COVID-19変異株の出現で、ワクチンの重要性は今後ますます増していくに違いありません。これから出てくる日本製ワクチンに期待したいと思います。

掲載号
THIS ISSUE

ヘルシスト 267号

2021年5月10日発行

特集
SPECIAL FEATURE

もっと見る