特集 子どもの栄養 ビッグデータで明らかに!
日本の給食が肥満を減らす

構成/茂木登志子

日本は思春期の肥満が少ないといわれている。それは、適切な栄養基準のもとで提供された同じ食事を児童・生徒が食べるという学校給食が貢献しているからだという。日本の給食が世界に誇る優れたプログラムということは以前から注目されているが、大規模な疫学調査はこれまでされてこなかった。しかし近年、社会的に蓄積されている多様なビッグデータを用いた公衆衛生学観点からの疫学研究の結果が発表された。その成果から見えてきたものは——。

東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻社会予防医学講座助教

宮脇敦士(みやわき・あつし)

2013年、東京大学医学部医学科卒業。JCHO東京高輪病院・東京大学医学部附属病院で初期研修後、東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻にて、医療政策・応用統計を専攻し、2019年に博士号取得。東京大学特任研究員、筑波大学研究員、日本学術振興会特別研究員、Harvard T.H. Chan School of Public Health 客員研究員などを経て、2020年から現職。

公衆衛生学における私の専門は、医療政策や医療経済などにおける国民の健康を支える制度や支援策を医学的に評価することです。社会的に公表されて蓄積されている多様で膨大ないわゆる“ビッグデータ”を用いて、良質な医療を社会に届けるための研究に取り組んでいます。学校給食(以下、給食)というプログラムが、子どもの健康にどのような影響を与えているのかという研究テーマも、その一つです。

肥満は健康を阻害する要因として知られています。また、これまでの研究から、思春期の過体重(標準体重を上回ってはいるが肥満には至っていない状態)や肥満が、将来の肥満や生活習慣病、そうした要因による死亡率にも影響することが指摘されていました。

私自身も医師として臨床に携わっており、主に高齢の患者さんを診ています。そういう中で、成人になってからの健康状態を左右する要因の多くが、その人の人生をさかのぼっていった子ども時代にあるのではないかと実感することがあります。成人の根本的な健康改善には、子ども時代における介入が有効なのではないでしょうか。

日本の給食プログラムは世界的に珍しい

実は、子どもの過体重や肥満は、先進国だけではなく途上国も含めて世界的に増加傾向にあることが問題となっています。ところが、そうした中で、諸外国に比べて日本における思春期の子どもたちの肥満率が低いことが広く知られています。その理由として、給食が挙げられていました。

なぜなら日本のような給食プログラムは、韓国や台湾などでは見られるものの、世界的には珍しいものだからです。例えばアメリカなどの先進国では、カフェテリア形式の給食が多く、子ども自身が食べるものを選ぶのですが、不健康な選択となることも珍しくありません。こうした背景から、適切な栄養基準のもとで提供された同じ食事を、学校で、昼食として、全員が食べる日本の小・中学校の給食システムが注目されたのです。

しかし、日本の思春期の低肥満率と給食の関係について、エビデンスは示されていませんでした。また、全国的に100%近い達成率で最低でも92.7%の実施率となっている小学校の完全給食と違い、中学校の実施率には大きな差があります(図1、2)。そこで、私たちの研究グループは、思春期の子ども、すなわち中学生の身体状況と給食の関係に着目し、調べてみました。

(文部科学省「2018年度学校給食実施状況等調査」のデータをもとに作成)

図1 都道府県別学校給食実施状況(公立中学校)公立中学校の給食(完全給食)実施状況を都道府県別に並べてみた。千葉県と福島県は実施率100%で他は概ね90%台だが、最下位の神奈川県は44.5%と大きな開きがあることがわかる。

(写真:photoAC)

図2 学校給食の一例世代や育った地域によって多少の違いはあっても、多くの場合「給食」といえば共通のイメージを抱くことができるだろう。しかし、このような形での昼食提供が、諸外国にはない。論文でもその点に苦心したという(写真上はメンチカツ定食、下は焼き魚定食)。

この研究論文“Impact of the school lunch program on overweight and obesity among junior high school students: a nationwide study in Japan”は、2019年にオックスフォード大学出版局が刊行している公衆衛生の学術誌Journal of Public Healthに掲載されました。ウェブ上でご覧いただけますので、ここでは簡単に概要を紹介しておきたいと思います。

研究に用いたのは政府統計の公開データで、文部科学省が行っている2006~2015年の「学校給食実施状況等調査」「学校保健統計調査」です。都道府県レベルの給食実施率からは、何%の生徒が給食を食べているのかという指標を抽出しました。前に述べたように、全国的に100%に近い実施率の小学校と違って、中学校の実施率には地域によって異なるからです。

「学校保健統計調査」からは、同様に都道府県レベルでの過体重や肥満、痩せの生徒の割合、平均身長、平均体重といった栄養状態の指標を、性・年齢別に抽出しました。

そして、パネルデータ分析という手法を用い、前年の“都道府県レベルの給食実施率”と“翌年の栄養状態の指標”の関連を調べました。つまり、給食を実施すると、その結果として、翌年の中学生の栄養状態にどのように反映されているのかという、因果関係を追究したのです。

すると、都道府県レベルの給食実施率が10%増加すると、翌年の過体重に該当する男子の割合は0.37%、肥満の男子の割合は0.23%低下することがわかりました。男子中学生の過体重と肥満の割合はそれぞれ約10%と約5%なので、給食実施率が10%増加すると、1年間で過体重の男子の約4%、肥満の男子の約5%がそれぞれ減ることを意味しています。

女子については、過体重・肥満を減らす傾向は見られましたが、統計学的に有意な結果ではありませんでした。日本の若い女性は年々痩せていく傾向にあることが厚生労働省の「国民健康・栄養調査」などからも示されています。したがって過体重・肥満を減らす傾向が見られたことについても、食事摂取を抑制しがちな若い女性の特性が、女子中学生にも出現しているのではないかと考察できます。なお、男女共に、痩せの割合と体重、身長の関連については、統計学的に有意な影響は見られませんでした。

この研究結果から、少なくとも男子においては、日本の給食プログラムが、思春期の過体重・肥満を減らす効果があることがわかりました。

また、平均体重や平均身長も、給食実施率の上昇と比例して体重が減り、身長が伸びる傾向にありました。このことから、給食が過体重・肥満を減らすのに寄与していると考察できます。

したがって、思春期の肥満を集団として減らすという観点で、日本の中学校における給食実施が効果的であることが示されたといえます。

これまでの研究では、日本の給食は児童の栄養摂取の質を上げる可能性があると指摘されていました。しかし、給食が実際に過体重・肥満を減らす効果を、思春期生徒の代表的サンプルを用いて実証したのは、今回の研究が初めてです。

給食中止と身体状況

2020年から現在まで、全世界で新型コロナウイルス感染症の流行が続いています。日本では流行初期の2020年3月から一斉休校となり、休校期間は最長で約3カ月に及びました。休校に連動して給食も中止となりました。

給食が貴重な栄養補給源になっている子どもたちの存在がクローズアップされ、子どもの低栄養を危惧する声があがったりしました。私も休校に伴う給食中止が、子どもたちの健康にどのような影響を及ぼすのか気になっていました。

そこで2021年7月に文部科学省が公表した「学校保健統計調査」の「2020年度(確定値)」を確認して、前年度に比べて肥満傾向児の割合が上昇していることに注目しました(図3)。

(文部科学省「2020年度学校保健統計調査」を改変)

図3 年齢別 肥満傾向児の出現率の推移(男子)一斉休校措置がとられた2020年は、どの年齢でも数値が急上昇している。

身長や体重も押し並べて上昇しているのですが、これは新型コロナウイルス感染症の影響で身体測定時期が遅くなったことなどの影響が考えられます。しかし、肥満の割合が男女共にどの年代でも上昇に転じているのはなぜか。きちんと研究した結果ではなく、あくまでもこのデータからの考察ですが、“食事(昼食)の質が落ちた” “食事量の変化(増加)” “運動不足”などの原因が挙げられます。

一斉休校や緊急事態宣言などの直前に、インスタントラーメンやカップラーメンなどが売り切れるという社会現象が起こりました。給食の代わりの昼食や小腹がすいたときの手軽なおやつとして重宝したのかもしれません。そうでなくても、給食のように、一定の栄養基準を満たしてバラエティに富んだ献立を毎昼食提供するのは、一般家庭では難しいのではないでしょうか。これが食事の質(栄養バランスなど)の低下になったのは否めません。

また、食事の量も、学校では給食の時間が終了したら放課後まで間食はしません。しかし、自宅にいると、ついおやつに手が出てしまったりすることもあるでしょう。そのため食事量の増加を招いたと考えられます。運動不足は、休校に伴い、登下校や体育の授業、部活動など身体を動かす機会が消失したことによります。

給食の有無が、肥満など子どもの健康にどのような影響を及ぼすのかについての研究は、また別の機会に取り組んでみたいと思っています。中学校の完全給食未実施の地域を対象に、給食未実施時と実施後のデータを比較すると、給食と子どもの健康の関係がより明らかになるのではないかという期待があります。

給食の実施は、行政から住民へのサービス、あるいは子育て支援でもあります。子どもの健康のための社会支出とも言い換えることができます。

子育て世代が住居地域を選択する際に、今は保育園の充実度などが選択基準の一つになっている場合があります。また、わが子の私立中学受験を経験した人から、食育や健康支援の観点から「給食がある」ということを生徒募集時にアピールする中学校があると聞きました。今後、完全給食実施の有無が、行政の住民サービス充実度を評価する基準になることもあるかもしれません。

給食はどんな子どもの健康にも貢献する

私は、経済協力開発機構(OECD)諸国における、子どもへの社会的支出と小児肥満との関係を調べる研究にも携わりました。この研究論文“Relationships between social spending and childhood obesity in OECD countries: an ecological study”は、2021年に英国の医学専門誌British Medical Journal Openで発表しました。詳細な内容については、これもまたウェブ上でご覧いただけますので、ここでは簡単に結果のみに触れておきます。

用いたのは、2000〜2015年の間に公表されたOECD35カ国の社会支出データと教育財政指標データです。研究の結果、子どもへの社会支出が増加すると、小児肥満が抑制される可能性を示しました。給食が男子中学生の肥満を抑制する効果があることも勘案すると、日本の給食プログラムは子どもの健康に資すると評価できます。

ところで、最近、私には気になっている言葉があります。「親ガチャ」という流行語です。子どもがどんな親のもとに生まれるのかは運任せであり、家庭環境によって負け組か勝ち組か、子どもの人生が左右されることを意味しています。しかし本来、すべての子どもは健やかに育つべきですし、そのためにさまざまな政策や支援制度が設けられています。そして、給食プログラムもその一つです。給食実施率の向上や給食内容のさらなる充実は、子どもへの支援の拡充といえるでしょう。私たちの研究もその一助になればと思います。

給食が子どもの健康に貢献しているのは、管理栄養士をはじめ現場で従事する職員の皆さんのご尽力があるからです。ある自治体で給食に携わっている方から、給食の予算を増やしたいので、「給食が男子中学生の肥満を抑制する」という論文をその資料として利用させてほしいという連絡を受けたことがあります。もちろん、快諾しました。公衆衛生学は国民の健康に役立てるものです。私たちの研究結果をぜひ活用してください。

■学校給食の歴史

日本の学校給食は、1889(明治22)年、山形県鶴岡町(現・鶴岡市)の私立小学校で貧困家庭の子どもを対象におにぎりや焼き魚などの昼食を提供したことが始まりとされている。その後、1932(昭和7)年に国による助成が始まり、全国に広がった。しかし、戦争で中断。戦後、児童・生徒の栄養改善を主たる目的として再開された。

■学校給食をめぐる法律

現在、学校給食は、1954(昭和29)年に制定された「学校給食法」に基づいて実施されている。また、この法律は社会の変化に応じ、大幅な改正や一部改正などが、適宜行われてきた。直近では、減塩および鉄分や食物繊維の摂取量増加など摂取基準の変更などを内容とする、一部改正が行われ、2021年4月1日から施行されている。

■学校給食の実施率

2019年に文部科学省が発表した「2018年度学校給食実施状況等調査」によると、全国3万92校の国公私立学校における完全給食の実施率は93.5%だった。また内訳を見ると、小学校では98.5%、中学校では86.6%となっていて、中学校の実施率は前回調査(2016年度)より増加している。

■学校給食の種類

学校給食は、その内容によって「完全給食」と「補食給食」「ミルク給食」に分けられる。完全給食は、主食とおかず、牛乳から成る。補食給食は、提供する内容が、牛乳およびおかず等で、ミルク給食は文字通り牛乳だけだ。補食給食やミルク給食を含めた学校給食全体の実施率は、小学校99.1%、中学校89.9%となる(2018年度調査)。

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ヘルシスト 272号

2022年3月10日発行
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