気になる人の「気にする食卓」第72回 角田光代

構成/編集部  写真/石川啓次

HEALTHIST INTERVIEW

角田光代(かくた・みつよ)

(作家)

1967年3月8日生まれ、神奈川県出身。早稲田大学第一文学部卒業。1990年に『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞、2003年に『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年に『対岸の彼女』で直木賞、訳書『源氏物語』(全3巻)で2020年度の読売文学賞を受賞。近著は読売新聞朝刊の連載を単行本化した『タラント』(中央公論新社)。

運動を長く続ける秘訣は競争心よりも
志を低く持ち緩く楽しむことが大切

直木賞作家の角田光代さんは、ボクシングジムに20年以上通い続け、フルマラソンに何回も挑戦しているが、運動がそんなに好きなわけではないという。逆に、体を動かすことが嫌いだからこそ、長く続けるためにはどうしたらいいのかを理解し、実践することで自分なりの楽しみを見いだしている。

角田光代さんに、まずは子どもの頃の食生活について伺った。

私は、小さい頃から大好きな肉、ご飯、魚卵、乳製品ばかり食べていて、野菜や青魚はほとんど食べませんでした。親が戦争体験者なので、子ども時代に好きな物を満足に食べられないというつらい経験をしており、好きな物を好きなだけ食べなさいと育てられ、野菜や魚を食べなくても怒られませんでした。

幼少期から偏食だった角田さんは、あることがきっかけで食生活が一変したという。

大学時代から作家活動を始め、会食の機会も増えていったのですが、私は食べられない物が多いためお店選びでも周りの人が気を遣ってくれました。でも、29歳のときに好きになった人の食生活が私と正反対で、野菜とキノコ、青魚が大好物だったのです。それで私は、その人と一緒に食事へ行きたいという一心から、とにかく嫌いな物を繰り返し食べることで一つずつ克服していきました。でも、食べられるようになって気がついたのですが、ほとんどの物が食べず嫌いだったのです。

嫌いな食べ物を克服したことで食に対する興味は広がり、作品にもその効果が表れていく。

21歳から一人暮らしを始めましたが、まだ嫌いな物が多いときでしたので、たまに料理を作っても自分の好きな食材ばかりでした。そのため、食材の旬を意識したことがなかったのですが、偏食を克服したら、季節に応じた食材のおいしさに気がつくようになったのです。それは、自分の小説の食事の場面描写にも反映されました。以前は食事の場面を細かく書くことはなく、単に食事をしたと1行で済ませていたのですが、お店はどれくらいの価格帯で、どのような料理を頼むかなど、細かな描写で登場人物の関係や親密度も表すようになりました。食卓の場面でも、どういうものが並んでいるのかをしっかり書くことで、家庭の雰囲気を表現できます。自分が偏食だったときは、そんなことを考えたことはなかったのですが。

ある日の夕飯は、切り干し大根、大根と厚揚げの煮物、エノキ煮、白身魚とキノコのホイル焼き、味噌汁。夕飯時はお酒を飲むため、ご飯を食べないようにしている。(写真提供:角田光代)

自分の性に合った運動は長続きする

スポーツとは無縁だったという角田さんだが、33歳からボクシングジムに通い始める。

偏食を克服するきっかけとなった大好きな人とは、結局付き合うことなく33歳のときにふられてしまいました。それですごく落ち込んで、精神的にも弱ってしまったため、失恋に負けない精神を鍛えるためには体を鍛える必要があると考えたのです。それで何かスポーツを始めようと、自宅から徒歩圏内にあるボクシングジムに通い始めたのですが、運動とは無縁の私とボクサーを目指すジムの練習生では練習風景が明らかに違っていました。そのときに、誰かと比較してうまくなるのではなく、自分の課題を一つひとつこなしていき、続けていくことが重要だと思いました。結果、今でも週1回ボクシングジムに通っています。

現在、フルマラソンやトレイルランなどにも挑戦しているが、決してスポーツ女子ではないという。

30代後半になると、知人が会長を務めるランニングチームにも入りました。走りたいからではなく、大会後の飲み会に参加したいために入ったのです(笑)。普段の練習は個々でやり、年に1、2回チームで駅伝大会やハーフマラソンなどに出場していたら、雑誌の企画でフルマラソンに挑戦してみないかという話が来たのです。それで、2011年の東京マラソンに初参加し、4時間43分45秒で初完走を果たしました。この結果でマラソン好きになることはなかったのですが、沖縄に行く理由をつくるためNAHAマラソンに出場したり、海外のレースにも挑戦したりしています。また、トレイルにも挑戦していますが、ずっと走り続けるマラソンとは違い、上りは歩いても大丈夫ですし、景色がとてもきれいなので参加していて楽しいです。このような話をすると私がスポーツ好きかのように思われますが、決してそんなことはなくて、ボクシングジムやマラソンを長く続けているのは自分の性に合っているからだけなんです。実は、やめどきがわからないというのも正直ありますけれど……。

最後に、食事面で気をつけていること、運動を長く続けていく秘訣を伺った。

食事は3食とも規則正しい時間に食べ、夕飯は19時と決めています。夕飯後は、TVや映画を楽しみながらお酒を飲んでいたのですが、最近、肝臓の数値が悪くなってきたためお酒は控えめにしています。普段の食事でカロリーを気にすることはありませんが、大会に出場する1週間前から4日間は炭水化物を抜き、当日までの3日間は炭水化物ばかり食べるというカーボローディングをやっています。

私は運動を続けるうえで、自分で考えた中年体育心得8カ条を大切にしています。①中年だと自覚する。②高い志を持たない。③ごうつくばらない。④やめたくなったら、やめる前に高価な道具をそろえる。⑤イベント性を持たせる。⑥褒美を与える。⑦他人と競わない。⑧活動的な(年少の)友人をつくる。

つまり、競争心よりも自分との闘いであると、志を低く持ち、緩く楽しむことが大切だと思います。

フルマラソン5回目の挑戦となった2014年のロッテルダムマラソンで、それまでの記録を14分も短縮する4時間26分16秒をマーク。このタイムが角田さんの自己最高タイムとなっている。(写真:榎本麻美)

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ヘルシスト 272号

2022年3月10日発行
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