特集 免疫力大作戦 新たな生活様式での新たな運動方法

文/渡辺由子

「自粛生活」で体を動かす機会が減り、運動不足を実感している人は多い。適度で効果的な運動は、食事・睡眠とともに健康維持には欠かせない生活習慣で、とりわけ免疫機能に大きく関係する。フィジカルディスタンスが求められる新生活様式の下での新たな運動方法は、これから新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と向き合っていかなければならない私たちにとって、健康を保つためのとても重要な要素になってくる。

筑波大学人間総合科学学術院教授

久野譜也(くの・しんや)

1962年生まれ。筑波大学大学院博士課程医学研究科修了。医学博士。2011年より現職。2002年に健康増進分野日本初の大学発ベンチャービジネス、株式会社つくばウエルネスリサーチを設立。代表取締役社長兼任。科学的根拠に基づいた、高齢化社会に対する日本の健康政策の構築を目指して、2009年、全国9市長とSmart Wellness City首長研究会を立ち上げ、現在43都道府県106区市町村に拡大。著書に、『100歳まで動ける体になる「筋リハ」』(幻冬舎)、『60歳からの「筋活」 一生歩ける・動ける体のつくり方』(三笠書房)などがある。

新型コロナウイルス感染症の感染拡大は世界規模で続き、日本をはじめ新規感染者数が減少している国でも、「第2波、第3波は必ずやってくる」と専門家が警鐘を鳴らしている(2020年6月末日現在)。新型コロナウイルスに対する治療薬やワクチンの供給はまだ先のことで、収束への道のりは容易ではないだろう。これからは、人類が新型コロナウイルスと共生する「ウィズ・コロナの時代」といわれており、新型コロナウイルス感染症への対策を取りつつ元気に過ごすには、感染しにくい、あるいは感染しても軽症で済む、免疫力や抵抗力の高い体づくりが大切になってくる。

私たちの体に備わる免疫力を支えているのは、日常生活の「食事」「睡眠」「運動」だ。特に外出自粛やテレワーク(在宅勤務)など、家庭や仕事場の環境が激変し、体を動かす機会や運動量が必然的に減っている。

「それによる免疫力の低下と、健康二次被害が問題になっています」と、健康政策とスポーツ医学を専門とする筑波大学人間総合科学学術院の久野譜也教授は語る。

「免疫に影響する要因は複数ありますが、大きな影響を与えるものの一つが運動で、運動不足が免疫力を下げることは科学的に立証されています。また、激しい運動も免疫力を下げるとされ、スポーツ選手に風邪などの感染症にかかる人が多いことが研究で実証されています。このことから、免疫力を高める要素の一つとして、“適度な運動”が重要なのです」

久野教授は都内の健康系企業との共同研究で、新型コロナウイルス感染症の感染予防に対処したテレワーク導入による、1カ月間の歩数を調査したところ、驚きの結果になったという(図1)。

図1 1カ月間のテレワークが歩数に及ぼす影響新型コロナウイルス感染症予防でテレワークが増えたため、オフィス勤務時と比較して1日当たりの歩数は約4000歩も減少している。

「約100人の平均値でオフィス勤務時に比べて29%減、歩数にすると約4000歩も減っていました。なかには70%減という方もいました。オフィス勤務では、通勤時はもちろん、オフィス内でもコピーを取る、打ち合わせの部屋に移動する、昼食に出かけるなど、実はかなり歩いているのです。外出自粛やテレワークで運動不足になり、“コロナ太り”といわれるように体重が増えてしまった人も少なくありません。これはビジネスマンに限らず、休園・休校が長期間に及んだ子どもから、外出による感染を恐れて家に閉じこもっていたお年寄りまで、すべての人に当てはまることです。外出自粛による運動量低下の影響は大きく、結果的に免疫力が下がる方向になり、新型コロナウイルスへの感染リスクが高まります。二次被害として、生活習慣病の発症や悪化、精神面を悪化させるリスクも高まると考えられます」

「アフターコロナ」を見据えた健康づくり

久野教授の研究室では、コロナ禍がじわじわと迫りくる3月初めに、新型コロナウイルス感染症予防としての注意事項を記した表裏1枚のチラシを制作し、自治体や企業のホームページなどで市民へ発信した。内容は、人混みを避けてのウォーキングや家庭での筋トレを推奨し、積極的な運動で免疫力を高めることを解説。筋トレメニューもいくつか紹介している(図2)。

図2 新型コロナウイルス感染症予防のチラシつくばウエルネスリサーチのホームページでは、表裏1枚の新型コロナウイルス感染症予防における注意事項や家庭での筋トレを掲載したチラシを公開し、自治体や企業などと連携し多くの人へ配布している。

「コロナ禍は長引くことが予想され、収束したとしても、その後に生活習慣病の発症や悪化、あるいは介護の必要性の高まり、認知症の発症や悪化などが、これまでの科学的知見から予測できました。そこで、3月初めに免疫力アップの方法を発信することで、新型コロナウイルス感染症が収束した後の生活を見据えた対策にもなると考えたのです。また、制限を受ける生活が長期にわたり、人に会わない期間が長く続くと、抑うつ傾向が高まり、メンタルヘルスの悪化も心配です。特に独居の高齢者にはその傾向が強い。運動は、脳へ快適なホルモンを増やすことが研究で示されているので、積極的に、かつ安全に体を動かすことを提案しました」

チラシは好評で、500ほどの団体のホームページ等で採用され、「コロナ禍で不安が渦巻く状況で、前向きなメッセージなのがうれしい」「運動が大切なのは分かっているが、具体的な筋トレ方法を知りたかった」といった声が届いたそうだ。

久野教授は筑波大学発のベンチャー企業、株式会社つくばウエルネスリサーチの代表取締役社長も務めている。同社は「日本全国を元気にする」を目標に、ITを活用して「科学的根拠に基づく健康づくり」という基本概念に基づき、健康増進事業を推進している。先のチラシ作成にも同社が関わっているが、さらに、同社ホームページ(http://www.twr.jp/)では家でできる筋トレや、屋外で運動するときの注意点なども含めたエクササイズ動画を公開中だ。また、YouTubeには【運動でコロナ予防】免疫力アップトレーニングシリーズというチャンネルを開設。スクワットに上腕の動きを加えた「まき割り体操」、テレワーク中もお勧めの「ツイスト体操」など、分かりやすく効果的な運動ばかりなので、ぜひチェックしてほしい。

さらに、久野教授はコロナ禍を「ピンチをチャンスにしたい」と前向きに捉えている。その根拠になるのが、健康づくりに対する無関心層の存在だ。久野教授の研究チームが総務省受託調査事業で、健康づくりをする人が増えない原因を調査したデータ(2010年度)がある。生活習慣病予防に必要な運動量が不足している人は67.5%で、そのうち運動実施の意思がない無関心層は実に71%に上る。

「健康ブームの真っただ中で、誰もが健康に関心を持っていると思われがちでした。健康科学や公衆衛生の分野でも、国民は健康に関心があり、運動が必要であることは理解しているが、できていない人たちを、どのように行動変容させるか、私たちはそのことを考えてきました。しかし、実はそうではなかった、と気づかされた研究結果でした。『健康づくりの重要性が分かっていても行動変容できない』のではなく、『分かっていない』可能性をデータは示唆しているわけで、無関心層は、健康づくりへの意欲が低いために情報が入ってこないので、行動を変容させる知識レベルにまで至っていない、とする仮説を立てたのです。

そうすると、コロナ禍によって、連日朝から晩まで、報道で感染状況や医療の問題、『新しい生活様式』などを事細かに知らされると、『健康づくりに関心がない』という状態ではいられません。健康づくりへの無関心層が、自ら情報を入手しようとしている現況は、まさにピンチでチャンス。これまで運動に対して関心がなかった人たちが、健康づくりに取り組むことで、コロナ禍収束の暁には、生活習慣病の罹患者数や、介護が必要な人の数の減少が期待できます」

人に迷惑をかけず自身を守る運動方法

日頃から運動習慣がある人は、コロナ禍で自治体の運動施設や民間のジムなどが閉鎖されて、運動する機会が激減。そういった人たちが、ウォーキングやジョギングのために公園や遊歩道に繰り出し、一時は混み合っている状況が報道されていた。運動する人が増えているのは喜ばしいことだが、人で混み合ってしまえば、感染のリスクを高める3密「密閉・密集・密接」のうち、「密集・密接」が起きる危険性がある。これについても、久野教授は注意を呼びかけている。

「室内の筋トレだけでなく、屋外で行う運動も組み合わせることで、運動効果はさらに上がります。ただ、感染予防の観点から、屋外の運動には十分な注意が必要です。科学的根拠には問題点もありますが、ベルギーとオランダの研究者による研究論文で、ランナーの吐く飛沫を浴びないためのフィジカルディスタンスについてまとめられています。歩く・走ることは、大気を押して前進することであり、自分の後ろに空気の流れができます。つまり、前方のランナーのすぐ後ろを走るということは、飛沫の中に飛び込んでいくようなものなのです。飛沫を浴びない間隔は、ウォーキングは5m以上、ジョギングは10m以上、サイクリングは20m以上を空けたほうが良いと考えられます(図3)。また、前方のランナーの直線上を走るのではなく、横に2m以上ずらしたほうが、さらに安全だと考えられます(図4)。コロナ禍では、人に迷惑をかけないことも大切なので、運動の際のエチケットとして、知っておいてほしいと思います」

図3 前の人の飛沫が飛んでくる可能性が高い距離運動不足を解消するためウォーキングやジョギングをする人が増えているが、前を走る人の飛沫が届く距離を考慮する必要があると訴える久野教授。また他人に迷惑をかけないためにもマスクは必要という。

図4 他の運動者から飛沫を受けないための距離運動を継続して行うためには、独りで黙々とやるよりも家族や友人と一緒に運動することが大切とされる。そのときには前後の距離だけでなく、横も2m以上の距離を空けるようにしたい。

久野教授自身もランナーで、仕事の合間などにジョギングをして、運動不足の解消とともに、気分転換にも役立てている。また、酷暑の季節が近づき、マスク装着による熱中症のリスクについても注意を促す。

「マスクによるウイルス侵入の抑止力には、疑問符が付きますが、人に迷惑をかけない、という点で装着が望ましいと考えます。しかし中国では、中学校の体育の授業で医療用の高性能マスクを装着した生徒が亡くなっています。運動することで体温が上昇するのに加えて、呼気による体内の熱の放出が制限され、熱中症のリスクは非常に高くなります。そこでマスク装着時の運動は、通常よりも強度を落とす、ウォーキングやジョギングならスピードを落とす、そして水分摂取も忘れないのがポイントです。

マスク装着により運動強度が上がっていて、マスク内は湿気がこもり、喉の渇きが抑えられているように感じますが、実は脱水を起こしやすい状況なのです。通常よりも脱水状態が進行するため、水分摂取のタイミングも大切となり、必要な臓器に水分が届くまで20分くらいかかるので、喉が渇いたときに水分を摂っても間に合いません。運動をする前にコップ1杯の水などを飲み、運動の途中でも補給することを心掛けましょう。特にコロナ禍で急に運動を始めたような方は、こうしたポイントに気をつけてください」

また、ウォーキングやジョギングを始める場合、シューズは良い品を選ぶと、膝や腰の故障の軽減が期待できるという。シューズの重要性や選び方についても、先のYouTube動画で紹介されている。

運動習慣を継続させるための励まし合い

運動を始めたけれど、三日坊主という人は少なくない。久野教授は1000人を対象にした調査結果から、独りで黙々と運動に取り組める人、継続できるという人は、15%くらいしかいないという。

「85%の人は独りで黙々とやっても脱落する、ということで、逆に15%の人のほうが変わり者かもしれませんから、安心してください」と笑う。「家族や友人と一緒に運動して、チェックし合うのが継続のポイントです。その際は、きちんとフィジカルディスタンスを保って運動をしましょう」とアドバイスをいただいた。

運動をしたからには、体重が減った、筋肉が付いたようだなど、なんらかの効果を実感したいものだ。

「その人に適した運動をすると、3週間目くらいで効果を実感すると思います。実感できない場合は、運動の内容や量が適していないことが多いのですが、それを判定するのは専門家でないと難しいと思います。そこで、例えばつまずかなくなった、駅の階段を上っても息切れしなくなった、ジョギング時に息苦しくなくなったなど、運動に取り組む前の状態と比べて、どう変わったかを感じてください」

最後に、「運動に直接関わることではないですが、独り暮らしの高齢者のメンタルヘルスには、思いやりを持って接してください」と久野教授は力を込めて語る。久野教授の研究室は新潟県見附市との共同研究で、コロナ禍で高齢者向けの健康運動教室が休止したため、参加者のメンタルヘルスが、2カ月後にどのように変化したかを調査した。520人の参加者(平均年齢69.8歳)のうち、運動不足を実感する人は70.4%で、自粛前と比べて、健康状態が悪化したと感じる人は自粛前の2.5%に対し自粛後は12.3%と4.9倍に増えている。

「さらに、会話の頻度が減少した人の中で、物忘れがひどくなった人が約15%いました。わずか2カ月ですが、会話をする機会の減った群のほうが、メンタルで危うい条件が揃っていたのです。健康運動教室の指導者や仲間たちとの会話は、高齢者にとって楽しみの一つ、意欲向上の鍵だったのでしょう。ですからメンタルヘルスを向上させ、運動に対する意欲を向上させるためにも、遠方に住む両親や祖父母には、これまでの生活以上にコンタクトをとってほしいと思います」

ウイルスの恐怖と不安に向き合い、共に生きる時代がやってこようとは、感染症の専門家でも気づかなかったはずである。「ウィズ・コロナの時代」では、頼るは自分の力、それも免疫力である。免疫力向上のために、真剣に運動に取り組むチャンスがやってきたと考えたい。

「それぞれの人生にとって、運動はメリットがあるということを、これからもどんどん伝えていきたい」と、久野教授は強調した。

(図版提供:久野譜也)

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ヘルシスト 262号

2020年7月10日発行
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