耳鳴りで圧倒的に多いのが加齢によるもので、難聴と表裏一体の関係にある。聞こえが改善されれば自然に治ることが多いが、心配のしすぎは要注意。「苦痛を感じる脳」が働いて自律神経に乱れが生じ、結果、「苦痛のネットワーク」が形成されて悪循環に陥るからだ。症状に一喜一憂せず、完全に治さなければという考え方を改め、いろいろな音を聞いてリラックスするのがいいという。
特集 気になる耳の病気 耳鳴りを軽減するには「心配しすぎ」ないこと
構成/渡辺由子 イラストレーション/青木宣人
音は外耳と中耳を通って、内耳にある聞こえを司る蝸牛に伝わります。蝸牛にはさまざまな神経細胞があり、音の振動を電気信号に変換し、聴神経を介して脳へと伝えています。蝸牛の神経細胞は精密機械のように非常にデリケートで、再生することはありません。特に高音域に対応する神経細胞は消耗しやすく、一般的に加齢に伴って高音域からだんだん聞こえが悪くなる「難聴」が起こり始めます。高い音が耳から入ってきても、電気信号が弱くなるために脳に届く高音域が減り、聞こえづらさが起こるのです。
原因は加齢によるものがほとんど
耳鳴りで悩んで来院する患者の多くは、「耳鳴りがあるから、音が聞こえにくい」と訴え、耳鳴りと難聴は別物であると考えています。しかし、耳鳴りと難聴は表裏一体にあり、聞こえが改善されると、耳鳴りも良くなることが多いのです。
脳はどの音域も同じ状態で感知しようとする働きがあり、蝸牛の高音域の障害で電気信号が十分に送られてこないのを感知すると、その音域をよりよく聞こうと働きます。高音域の電気信号が弱まっている分をより強くしようと脳は活動を高め、いわば脳が過度に興奮した状態になります。その結果、実際に音が鳴っていないのに、音が聞こえる耳鳴りとして発生するのです。
耳鳴りを訴える人で圧倒的に多いのが、加齢に伴って起こる「加齢性(老人性)難聴」です。聴力は20代から低下が始まるとされており、誰にでも難聴は起こりますが、難聴を自覚するのは平均50代からで、患者層として一番多いのが70代です。65~74歳では3人に1人、75歳以上では約半数が難聴になっているといわれています。
加齢性難聴では、主に高音域の音が聞こえにくくなり、それを脳が活動を高めて補うために、金属音や電子音の「キーン」「ピー」といった高音の耳鳴りが聞こえるようになります。病気の種類や難聴の進行度合いによって、低音域の聞こえが悪いと「ゴー」「ボー」、全音域にわたると「ザー」「ジー」といった耳鳴りが聞こえることもあります(図1)。
難聴になる病気は、耳鳴りを引き起こす可能性があります。蝸牛に障害を起こす病気に、ある日突然、片側の耳の聞こえが悪くなる「突発性難聴」、大音量の音楽をヘッドフォンやコンサート会場で聴いた後や、爆発音のような大きな衝撃音を聞いた後に強い耳鳴りと聞こえの悪さが起こる「音響外傷」、工場勤務やブルドーザーの運転手など、大きな音がする環境下で長年過ごしている人に起こる「騒音性難聴」、めまいと同時に耳鳴りや難聴が起こり、それを繰り返す「メニエール病」などです。蝸牛の障害以外では、耳垢が外耳道を塞ぐ「耳垢塞栓」、鼓膜の内側の中耳に滲出液が溜まる「滲出性中耳炎」、鼓膜に穴が開く「鼓膜穿孔」など、中耳や外耳の病気で難聴や耳鳴りを起こすことがあります。
耳鳴りを悪化させる「苦痛ネットワーク」
耳鳴りの感じ方には個人差があり、耳鳴りに気づく人、気づかない人、耳鳴りが気になって仕方がない人、気にならない人など、さまざまです。耳鳴りの症状が次第に悪化するのは、「脳の働き」が関係すると考えています。その中でもポイントとなるのが、「耳鳴りに注目してしまう脳の働き」で、私は「注意の脳」と呼んでいます。
人間の本能には、環境に予期せぬ変化が起こると、反射的に注意を向けるプログラムが備わっています。急な音は、命の危険に直結する可能性があり、耳鳴りに対しても同じように反射的に注意を向けてしまいます。そのうちに、耳鳴りが長く続いても生命の危険性には関係ないことが分かると、「注意の脳」はその音を危険ではないと判断して働きが弱まり、耳鳴りは徐々に落ち着いていきます。
耳鳴りが悪化して治りにくくなるのには、さらに「苦痛を感じる脳」が働いていると考えています。これは、耳鳴りによる不安や意欲の低下が続くと、一日を通して耳鳴りを強く意識するようになり、「注意の脳」の働きが一層高まって、「また耳鳴りだ」「今日の耳鳴りの大きさはどうか」などと、耳鳴りをより大きく聞こうと脳が働いている状態を指します。また、「耳鳴りは脳の病気ではないか」という誤った考え方(認知)や、交通事故の被害に遭ったときや身内の不幸があったときから耳鳴りが聞こえるようになったという、ネガティブなエピソードとの結びつき(記憶)は、「注意の脳」を刺激します。「苦痛を感じる脳」は自律神経と密接に関係して不眠・緊張・動悸・冷や汗といった身体症状も引き起こします。このように、「注意の脳」と「苦痛を感じる脳」、ストレス、自律神経の乱れが重なると、「苦痛のネットワーク」が形成されて悪循環に陥り、耳鳴りの悪化や治りにくさとして現れるのです(図2)。
問診の際に、「耳鳴りがあって、最も困っていることは、何ですか?」と、必ず聞いています。患者の答えから、心理的な苦痛度や生活への支障度を確認し、耳鳴りが悪化しているか、あるいはその可能性があるかを判断します。
心理的な苦痛とは、「①病気の心配」「②不安・イライラ・怒り」「③うつ」の3段階があり、「①病気の心配」は「大きな病気の前触れではないのか」「一生続くのではないか」といった、自分の行く末を案じる心理状態です。「②不安・イライラ・怒り」は、耳鳴りのたびにイライラが募ったり、腹が立って、「原因は何なのだ」とストレスが溜まってしまう状態で、さらに精神的な不安が蓄積されると、「耳鳴りがすると気分が落ち込む」「やる気が起きない」といった「③うつ」の状態になります。①から③まで段階が進むにつれて、心理的な状況が悪化します。
治療ではカウンセリングがとても重要
生活への支障度は、「①集中力が低下している」「②眠れないなどの睡眠障害がある」「③社会的な活動ができない」の3段階に分けて考えます。「①集中力が低下している」段階では、耳鳴りにより特に静かな所では仕事や家事に集中できないと感じるようになります。2段階目の「眠れないなどの睡眠障害がある」は、耳鳴りによって眠れない、寝付きが悪い状態です。3段階目の「社会的な活動ができない」になると、仕事を辞めてしまう、人と会えず自宅に引きこもるといった状態です。
また、患者が感じている耳鳴りのつらさを測る「耳鳴りの支障度に関する質問票(THI:Tinnitus Handicap Inventory)」は、アメリカのニューマンらが作成し、私たちが日本語訳しました(表1)。おおまかにTHIが50点以上は、耳鳴りによる心理的な苦痛度、および生活の支障度が高いと考えられます。
問診や「THI」で耳鳴りに関する情報の聞き取りや確認、耳の中を直接確認する「耳鏡検査」、どの音域がよく聞こえ、どの音域が聞こえていないかなどの聞こえの状態を確認する「純音聴力検査」、自覚的な耳鳴りを評価するための問診や機器を用いて耳鳴りの音域を特定し、聞こえの悪い音域も特定する「耳鳴検査」などを行って、治療方針を決めていきます。
治療は、原因が特定できる病気であれば、その治療を優先させます。特定の病気ではなく、耳鳴りを訴えている場合は、それぞれの患者さんの「耳鳴りで困っていること」に対して治療を行います。
当科の治療方針は、まずTHIが0~16点程度で、耳鳴りで最も困っていることは特になく、耳鳴りに対して病気の心配をしている人は、カウンセリング(耳鳴りの発生メカニズムなどの説明)と経過観察を行います。
THIが18~50点程度で、耳鳴りを重大な病気の前兆と考えたり、一生続くのかといった不安や心配、イライラや集中できない状態、時々眠れない、寝付けないと訴える人は、カウンセリングと経過観察に加えて、静かな環境において家庭でできる「音響療法」を行います。
THIが50点以上で、耳鳴りへのより強い不安や心配、イライラや集中力低下、眠れないと訴える人には、耳鳴りを詳細に説明するカウンセリングと、必要に応じて家庭でできる音響療法を行います。また、THIが50点以上で、強い不安や不眠、うつ症状により社会的活動に支障をきたしている、あるいはうつ傾向が強まって落ち込みが強い人などは、耳鳴りを詳細に説明するカウンセリングと、心療内科や精神神経科での治療を行います。
耳鳴りの治療の中でも、カウンセリングは非常に重要で、発生のメカニズムをきちんと説明すると、約半数の患者は「耳鳴りがあっても、問題ない」「大きな病気の前兆ではないのだな」などと納得し、特に治療することなく終了することができています。
一方で、当科を受診する前に何軒もの耳鼻咽喉科を回っている方が多くみられます。大体が医師からメカニズムなどの説明がなく、「年のせいだからあきらめましょう」「治らないから一生付き合っていくしかありません」などと言われた経験は、「注意の脳」や「苦痛を感じる脳」の働きを強める一因になっています。カウンセリングで耳鳴りの発生や悪化のメカニズムの説明を受け、正しく理解して納得することで、「注意の脳」の働きを弱め、「苦痛のネットワーク」の悪循環を改善していくことができると考えています。
騒がしい環境に脳を慣れさせる
「音響療法」は、静かな環境下では耳鳴りが際立ち、「注意の脳」が強く働くため、生活空間の中で何らかの音を流し、静かな環境をつくらないようにします。他の音とともに、耳鳴りの音も常時聞こえていることがポイントで、好みの音楽では「聴こう」と意識が働くので、意識がニュートラルな状態でいられる川のせせらぎ、滝の音、波の音などの自然な音が良いでしょう。ラジオのザーッという雑音を小さく流すのもお勧めです。音量は大きすぎないのが重要で、耳鳴りの音量を10として、自然音などの音量を8~9くらいにすると、耳鳴りの音が自然音などに相殺されて、1~2程度の音量に聞こえます。就寝時に小さく流し続けることも勧めています。耳鳴りの音を相対的に小さく感じさせることを日常的に継続し、脳を慣れさせようという療法なので、短期間では脳の働きは変わりません。開始から半年~1年間くらいで効果が表れています。
聞き取りづらさや難聴による不自由を感じている、すべての耳鳴りの人に行っているのが、「補聴器療法」です。聞こえの悪くなっている音域を調べ、その音域の聞こえを補聴器で補って、減っていた電気信号を増やし、本来の聞こえの状態に近づけます。脳の興奮が抑えられ、耳鳴りの軽減を目指す治療法です。
音の刺激の少ない状態に慣れてしまった「難聴の脳」を変えるには、2つの重要なポイントがあります。①初日から常時装用、②トレーニング期間の目安は3カ月。寝るときと入浴以外は常時装用が原則で、最初は目標値の70%程度の音量を入れて、徐々に音量を上げていきます。最初の1カ月目までは週に1回程度受診していただいて、補聴器を細かく調整していきます。「難聴の脳」に慣れていると、最初は非常にうるさく、ある患者は「地獄のようだ」と訴えていましたが、我慢して、音がたくさん聞こえてくる騒がしい環境に脳を慣らせていくことが大切です。3カ月経過すると、音がたくさん聞こえてくる環境に脳が慣れ、聞こえにくい音域を聞こうとする脳の興奮が抑えられてきます。この変化を、私たちは臨床研究で明らかにしてきました。脳の適応力は驚くほど高く、脳は新たな音の環境に慣れて、耳鳴りの音はだんだんと小さくなり、気にならなくなっていくのです。
補聴器療法のトレーニングの期間中は専門医や補聴器の取り扱いを熟知する言語聴覚士による細かな調整が必要で、どの医療機関でも行えるものではありませんが、実践する医療機関は徐々に増えつつあります。
最後に、耳鳴り改善のための生活の工夫を挙げましょう。耳鳴りが発生するメカニズムを理解し、日々の耳鳴りの大きさや症状に一喜一憂せずに長い目で見ることを心がけ、耳鳴りが完全になくなることを望む「完璧主義」の考え方を改めてください。そして、生活を制限せずに、好きなことをして、豊富な音環境に身を置いていただきたいと思います。