特集 そこが知りたい! お酒のこと 依存症患者推計107万人! 注目される「減酒治療」

構成/渡辺由子

アルコール依存症は精神疾患だが、患者数107万人と推計(2013年調査)されるうち、治療を受けているのはわずか6万人足らず。重症者と比べ自分は「そんなにひどくはない」と治療を受け付けない軽症者が大勢いるからだ。自分の病を否認する人たちに対し重症者と同じ「断酒一辺倒」では、たとえ治療を開始しても意欲が続かず中断してしまうことは多い。飲酒量を徐々に減らす「減酒治療」が選択肢の一つとして注目される。

久里浜医療センター院長

樋口 進(ひぐち・すすむ)

1979年、東北大学医学部卒業。1989年、アメリカ国立保健研究所へ留学。1991年、国立療養所久里浜病院(現・久里浜医療センター)医長。その後、同院臨床研究部長、副院長を経て、2011年から現職。2018年から依存症対策全国センター長併任。国際アルコール医学生物学会前理事長、国際嗜癖医学会アジア・太平洋地区代表、日本アルコール関連問題学会理事長、日本アルコール・アディクション医学会理事、WHO専門家諮問委員(薬物依存・アルコール問題担当)、厚生労働省アルコール健康障害対策関係者会議会長など、要職を務める。

アルコールは、適量であればストレスの発散や対人関係を円滑にさせる効用がある一方で、多量飲酒により、さまざまな問題が発生しているにもかかわらず、自分ではお酒の飲み方をコントロールできなくなる「アルコール依存症」を招くことがあります。

実は大勢いる「予備軍」

2018年12月、アルコール依存症の新たな診断治療ガイドラインを「日本アルコール・アディクション医学会」と「日本アルコール関連問題学会」が発表しました。皆さんがイメージするアルコール依存症は、「多量飲酒によって肝臓がボロボロになるなど健康問題を抱え、職場などでトラブルを起こし、家族に見放された孤独な人」ではありませんか。実際、従来のアルコール依存症治療のターゲットは、このような重症の人をメインとしてきました。

世界保健機関(WHO)が作成した診断基準の「疾病及び関連保健問題の国際統計分類第10版(ICD-10)」や、WHOが開発し飲酒問題の早期発見・早期介入のツールとして世界各国で使用されているスクリーニングテスト「アルコール使用障害同定テスト(AUDIT:Alcohol Use Disorders Identification Test)」から、日本で飲酒を習慣としている人の中には、軽い依存症や依存症予備軍といえる大酒飲みの人が大変多いことがわかってきました(図1)。これらの人のうち、飲酒によって何らかの問題が生じている場合は、治療せずに放置すると依存症に進行することが心配されるため、早期の治療開始が望まれます。

図1 アルコール使用障害が疑われる成人の推計数の変化AUDITは、全10項目の設問の合計点(最大40点)で飲酒問題の程度を評価する。区分点は集団の特性や目的に応じて決定し、15点以上を「アルコール依存症疑い」としている。

アルコール依存症の治療は、基本的にはお酒を一滴も飲まない「断酒」を目標にしていますが、世の中に大勢いる軽症や予備軍の人に対しても断酒一辺倒では、受診を拒否したり、治療への意欲を低下させたりしてしまうことがあります。そこで、これらの人たちをターゲットにした、飲酒量を減らしていく「減酒治療」が注目されるようになりました。新ガイドラインでは、減酒治療をアルコール依存症治療の一つの選択肢にしたことが、大きく変わった点です。

以前から、アルコール依存症は「治療ギャップ」の大きい病気だと指摘されています。治療ギャップとは、依存症の治療が必要な人のうち、治療を受けていない人の割合を指します(図2)。アルコール依存症を精神疾患の一部とすると、精神疾患の中で最も治療ギャップが大きいのは、洋の東西を問わず、アルコール依存症です。2013年に私たちが行った全国調査では、アルコール依存症の患者は約107万人と推計し、翌年の厚生労働省による調査で、アルコール依存症の治療を受けているのは6万人足らずであることがわかりました。つまり、残りの100万人以上は治療を受けていないと考えられます。

図2 調査前1年間に医療機関を受診した人の割合飲酒による問題を抱えている人が、過去にどこを受診したかを調査した。肝臓などの障害で医療機関を受診しているが、肝心のアルコール依存症治療の専門病院への受診率は非常に低い。

「自分はこれほどひどくはない」

治療ギャップの一因となるのが、アルコール依存症は、「否認の病」ともいわれていることです。本来は治療が必要なアルコール依存症なのに、重症者と比べて「自分はこれほどひどくはない」と考えるなどして、依存症であることや、治療を促す助言などを受け入れようとしない傾向があり、治療ギャップを招いています。

さらに、医療体制の問題として、例えば多量飲酒で肝臓の調子が悪く内科で治療した場合、患者の背景にアルコール依存症が疑われたとしても、アルコール依存症治療の専門病院を紹介して、依存症の治療につなげることは、ほぼないといっても過言ではありません。新ガイドラインでは、アルコール依存症の軽症の人や予備軍の人が受診する機会の多い、精神科医以外の地域のかかりつけ医や内科医、研修医が対応できるように、具体的な症例を挙げて解説していることも特徴となっています。

アルコール依存症では、治療を途中でやめてしまうことがないように、医師と患者がしっかり話し合って、患者に適した治療を選択し、継続をサポートすることが特に重要です。当センターでは、依存症まで至っていない大酒飲みの人に対して、お酒を減らす「簡易介入(ブリーフ・インターベンション)」を導入し、現在ではアルコール依存症の患者へも拡大し使用しています。ブリーフ・インターベンションでは、患者本人の飲酒を取り巻く状況についてじっくりと話を聞き、飲酒の問題や依存のレベルを評価し、飲酒の目標値を設定し、減酒治療や断酒治療を選択します。断酒を目標とするか、減酒にするか、あるいは減酒でスタートして最終的に断酒を目指すか、患者の希望が反映され、飲酒量の目標値を決める際も、患者の希望に寄り添った目標値を設定します。そして、その目標を達成するには、どのような方法が適しているのか、徹底的に話し合い、患者が理解して実践に導きます。依存症治療の成功の鍵は、何よりも治療を継続することです。

「減酒」という治療の選択肢が増えることで、治療からの脱落を防いで、患者が意欲的に治療に取り組みやすい環境が整ってきました。治療法の幅が広がることは、治療への門戸を広げて垣根を低くし、アルコール依存症の早期発見・早期治療につながると期待しています。このような治療ギャップを少なくする取り組みが、新しいガイドラインには盛り込まれています。

当センターは、2017年4月に国内初の「減酒外来」を開設しました。アルコール依存症治療の知見を発信する役目を担っており、国際的に注目されている減酒治療について、日本における診断モデルをつくり、広めることを目的に開設したという経緯があります。現在では、筑波大学附属病院のアルコール低減外来をはじめ、地域のクリニックなど、全国への広がりを見せています。

減酒外来の治療は、依存症治療の主体となる心理社会的治療と呼ばれる対話やカウンセリングです。会話を通して、飲酒に対する考え方や捉え方を振り返り、その考え方や捉え方を変えることで、行動や感情、生活の改善を促すもので、「集団精神療法」や「認知行動療法」などがあります。

また、減酒外来では、日々の飲酒行動を記録する「飲酒日記」をつけて、具体的に飲酒量の低減を目指していきます。飲んだ場合は、お酒の種類や量、飲んだときの状況などを記録します。もっと簡単に、目標値で収まれば○、超えてしまったら×、飲まなかったら◎だけでもよく、医師とともに設定した飲酒量の目標に向けて、毎日、どう行動しているかを記録することで、自分の飲酒量を意識させることが大切なポイントです。そもそも、日記をつける行為は本人が意識していなければできないことで、アルコール依存症に限らず、ダイエットでも運動でも、目標値に向かって継続するには有効な方法です。次回の受診時は、この記録を元に飲酒量が少しでも減っていれば、「良いペースですね、このまま減らしていきましょう」とか、うまくいかないようなら、「断酒にしたほうがいいかもしれませんね」などと話し合い、患者をサポートしていきます。

報酬系の神経回路が快感をもたらす

アルコール依存症の治療における薬物療法では、お酒の飲み方を改善させる4種類の薬を使用して、断酒治療、減酒治療を補助しています。

断酒治療では、以前から使用されてきた抗酒薬の「ジスルフィラム」「シアナミド」と、30年ぶりの新薬として2013年に承認された、飲酒欲求を抑制する薬の「アカンプロサート」を使用します。

アカンプロサートは断酒治療の第1選択薬なのですが、作用機序はよくわかっていません。脳内には、依存症の形成に大きく関係する、快感をもたらす報酬系の神経回路があり、さまざまな神経伝達物質がその調節を行っています。アカンプロサートは、神経伝達物質の一つであるグルタミン酸の受容体のNMDA受容体の働きを阻害し、飲酒欲求を抑える効果があると考えられています。

ジスルフィラムとシアナミドは、肝臓に作用する薬で、体内でアルコールを分解するときのアルデヒド脱水素酵素の働きを阻害することにより、有害物質のアセトアルデヒドがもたらす悪酔いや二日酔いのような不快な症状が続きます。断酒治療で抗酒薬を服用していると、飲酒したくなるような状況になっても、「不快な症状が起こるから、飲むのをやめよう」と、飲みたいという欲求を失わせる心理的な効果があり、断酒の継続をサポートします。

また、2019年3月に「ナルメフェン」が承認され、減酒治療で使用しています。中枢神経のオピオイド受容体に作用して、飲酒すると得られる快感を抑え、それにより飲酒欲求を抑える働きがあります。アルコール依存症は、飲み始めるとコントロールできないことが問題で、飲酒前にナルメフェンを服用しておくと、飲みたいという気持ちが抑えられ、飲酒量の低減につながる効果があるとされています。ただし、ナルメフェンは処方制限があり、当センターで実施している重度アルコール依存症の入院医療管理加算を取るための研修を受けなければ処方できません。研修は3日間20時間を要するため、アルコール依存症を診ようという意欲のある内科医でも、参加へのハードルは高くなっています。ナルメフェンは、外来患者が飲酒をコントロールするためのサポート薬なのですから、処方制限が緩和されることを願っています。

このように現在、4種類の薬で補助していますが、依存症の専門家は、より多種類の薬が開発されることを願っています。アルコールは薬物の一種ですが、摂取量は他の薬物依存症よりも、群を抜いて多いことが特徴です。覚醒剤の摂取量はミリグラム単位であるのに対して、アルコールは純アルコール量に換算するとグラム単位で、1000倍の差があります。アルコールは単純に摂取量が格段に多いので、脳内のさまざまな神経系に影響を与えていると考えられます。そのため、さまざまなメカニズムの治療薬があれば、多種類の中から組み合わせて、断酒治療や減酒治療を確実に継続できると期待されます。

また、多種類を組み合わせた薬物治療の効果が、時間をかけて患者と対話し、断酒や減酒を納得して継続して実践してもらうカウンセリングと同等か、それ以上の効果が得られると確認できれば、専門医だけでなく、内科や精神科クリニックによるアルコール依存症治療への参加のハードルが下がることでしょう。それは、治療ギャップの大幅な減少にもつながることでもあり、国内外の製薬会社に取り組んでもらいたいと考えています。

飲酒量が一気に増加するリスク

減酒外来を受診する患者は、3つのタイプに分けることができます。当センターの減酒外来の治療成績を報告する論文の発表はこれからですが、依存症まで至っていないタイプと軽症タイプの2つは、減酒治療で良い成績が得られていると実感しています。3つ目の、本来断酒しなければならない重症なのに、「どうしても減酒治療をしたい」と希望するタイプは問題です。減酒で治療をスタートし、うまくいかなかったら断酒へ切り替えることに同意してもらいますが、重症になると、やはり減酒治療では本人が希望するようにはうまくいかず、断酒にも切り替えられずに治療をやめてしまうことがあるため、どのようにサポートしていくかが課題でもあります(図3)。

図3 久里浜医療センター 減酒外来の流れ久里浜医療センターの減酒外来では、医師の診断をもとに、お酒でさまざまな問題を抱える患者の希望を丁寧に聴き取り、治療法の選択と目標値を設定し、脱落のない治療に取り組む。

減酒治療については、アルコール依存症の患者家族にとって、安全で安定的な断酒治療の希望が少なからずあります。減酒治療はちょっとでも気を緩めると、飲酒量が一気に増加するリスクがあり、その懸念に対して、家族の理解が得られるよう丁寧に説明することも求められています。

新型コロナウイルス感染症の感染拡大による、外出自粛や在宅勤務とともに、いわゆる「家飲み」が増え、アルコール依存症の増加について、よく質問されます。しかし実態調査はなく、アルコール消費量は年々微減しているところに、「外飲み」の機会の激減が影響して、アルコール消費量も減っているのではないかと考えています。当センターの新規受診者数も外出自粛があるとはいえ、減っていることから、アルコール依存症の増加を実感することはありません。ただし、危惧されるのは、「家庭内暴力」の増加です。原因はいろいろありますが、飲酒は大きな理由の一つです。家にこもる機会が増えて、ストレスが家庭内にどんどんたまり、暴力につながるのですが、暴力を受ける側は逃げることも、助けを求めることも難しく、非常に心配です。

最後になりますが、アルコール依存症は重症だったとしても回復が可能なので、自分や家族の方に飲酒による問題があると気づいたら、できるだけ早く専門病院やクリニックに相談してほしいと思います。現在は、減酒治療もありますし、柔軟性をもって対応していますので、怖がらずに、ぜひ受診してください。

(図版提供:樋口 進)

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2021年7月10日発行
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