特集 ペプチドの世界 〈巻頭インタビュー〉
ホルモン作用に限らない多様性が注目されている

構成/飯塚りえ  イラストレーション/小湊好治

食品や化粧品などの表示でよく目にするペプチドとはいったい何か——。実は、このようなペプチドの他に、身体の中には、アミノ酸から合成されたタンパク質が分解されて生成されるペプチドが存在する。こうした多様なペプチドはさまざまなホルモン作用を持ち、強い生理活性を示す。また体内にある分子であることから、化学合成医薬品に比べると毒性は低く、創薬の分野では以前から注目されている物質なのだ。

東京薬科大学薬学部教授

林 良雄(はやし・よしお)

1960年、長野県生まれ。1983年、東京薬科大学卒業後、1985年、京都大学大学院薬学研究科修士課程修了。1986年、同科博士課程中退。1990年、京都大学薬学博士。いくつかの企業を経て、1999年、京都薬科大学講師。2001年、同大助教授。2007年から現職。日本ペプチド学会評議員、日本薬学会理事、同会医薬化学部会常任世話人、アメリカ化学会Journal of Medicinal Chemistry誌 Editorial Advisory Boardなどを務める。

ペプチドとは、2つ以上のα–アミノ酸(以下、アミノ酸)が結合した分子です。このアミノ酸の基本構造は、中央に炭素原子(C)が1つあり、そこにNH2(アミノ基)とCOOH(カルボキシ基)が結合しています。図1は、アラニンとグリシンという2つのアミノ酸です。2つのアミノ酸のうち片方のアミノ基ともう一方のカルボキシ基が脱水(HとOHが取れ、H2Oとなる)して結合するとペプチドとなります。この2つのアミノ酸が結合したペプチドには、端にまだNH2があり、これが別のアミノ酸のカルボキシ基と脱水してさらに結合できます。こうしてアミノ酸が次々につながり分子量の大きなペプチドになるのです。教科書的には、つながったアミノ酸が99個まではペプチド、100個以上になるとタンパク質とするという漠然とした決まりがありますが、アミノ酸200個でもペプチドとされる場合もあり、タンパク質とペプチドの境界というのは、実はかなり曖昧なのです。

図1 アミノ酸とペプチド2つのアミノ酸の間で脱水縮合が起きてHOが取れるとペプチド結合が1つできる。アミノ酸が2つ結合したものをジペプチド、3つをトリペプチド、それ以上をポリペプチドという。

ペプチドとタンパク質は機能で区分

さらに、ペプチドとタンパク質は、アミノ酸の数だけでなく、それぞれが持つ機能によって区分されることもあります。例えば細胞などは、その形を作ったり維持したりする骨組みが必要で、そうした骨組みを担う巨大なペプチドはタンパク質に分類されます。また酵素活性を持つペプチドもタンパク質に分類されます。酵素として機能するには、特定の物質を取り込んで化学反応を起こす工場のような空間を確保するために、ある程度の大きさと一定の形状を兼ね備える必要があるからです。ところが、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)が作り出すプロテアーゼは、とても小さな酵素で、99個のアミノ酸から成ります。ですから、大きさからはペプチドに分類されるべきですが、酵素なのでタンパク質に分類されるというわけです(実際の酵素機能は2量体として発現します)。

他方、生体内にあるペプチドでは、例えば有名な成長ホルモンは180個ほどのアミノ酸から成ります。数ではタンパク質の領域ですが、内分泌に関わるホルモンとして機能することからペプチドに分類されます。

では体内でペプチドはどうやって作られるのでしょうか。実はアミノ酸が結合して直接合成されるのではなく、まずアミノ酸から大きなタンパク質(前駆体)が作られ、それが特別な酵素によって各所で切断され、その断片がペプチドになるのです(図2)。またペプチドの種類も膨大です。ヒトの体内でタンパク質を構成するアミノ酸は20種あり、アミノ酸が2つつながっただけでも20×20=400種の異なったペプチドになります。実際にはもっと多くのアミノ酸がつながるので、相当数のペプチドが存在するのです。ただし、私たちの身体に必要なペプチドは遺伝子によって規定されているので、無限ではありません。

図2 生体内におけるタンパク質とペプチドの合成食物を摂取すると消化管で分解され、アミノ酸となる。そこからタンパク質が合成されたり、ペプチドを産生するためのタンパク質が作られたりする。

ペプチドホルモンは、生体のさまざまな臓器から分泌されますが、脳では主に視床下部や下垂体から分泌されます。その流れは、まず視床下部から複数の視床下部ペプチドホルモンが分泌され、これが下垂体に到達すると、今度は下垂体からさらに異なった複数の下垂体ペプチドホルモンが全身に放出されます。

例えば視床下部から、44個のアミノ酸から成るペプチド「成長ホルモン放出ホルモン」が分泌されると、この刺激を受け、下垂体前葉から先の成長ホルモンが全身に放出されて、骨の伸長を促し、私たちの背を伸ばすわけです。

ペプチドのホルモン作用を利用した薬

ペプチドのこうしたホルモン作用を利用して昔から多くの薬が作られています。例えば、すい臓から分泌されるインスリンは51個のアミノ酸から成るペプチドホルモンです。全身の各細胞にはエネルギーの生産に必要な血糖を取り込むゲートがあり、インスリンはこのゲートを開ける鍵の役割を果たします。したがって、高血糖を起こす糖尿病の治療薬としてインスリンは欠かせません。一方、20年ほど前から、すい臓からのインスリン分泌を促すGLP-1というペプチドホルモンが注目され、そこから作られた医薬品が2型糖尿病の患者さんに使われています。

最近では、GLP-1作用を体内で持続するように設計された薬や、経口投与できるペプチド性糖尿病治療薬も登場しています。ペプチドホルモンを利用した薬は、消化されてしまうことから経口投与には向かず、それがペプチド創薬の一つの足かせになっていたのですが、この薬はGLP-1の化学構造を少し変えて、さらに特定の分子を結合させることで、GLP-1の血液中での分解を妨げて体内に蓄積させ、効果が持続するようになっています。

ペプチドそのものを利用するのではなく、ペプチドの化学構造を模倣して、医薬品としての有効性を強化するペプチドミメティクスという手法により作られる薬もあります。この創薬の手法を利用して抗HIV薬(抗エイズ薬)が開発されました。

HIVは、ヒトの免疫細胞に感染した後、最初に2つの巨大なウイルスのタンパク質を私たちの細胞に作らせます。さらにウイルス自身の持つタンパク質分解酵素(HIVプロテアーゼ)によってこの巨大タンパク質を特定の部分で切断し、そこから13個のウイルスタンパク質を生み出し、感染した1つの免疫細胞自体にたくさんのHIV粒子を作らせます。これを細胞から放出することで、感染を拡大させるという仕組みがあります。逆にいえば最初の段階で巨大なタンパク質の酵素による分解を止めることができれば、感染しても、細胞内でHIV粒子を作れず、ウイルスは増殖できなくなります。そこで、創薬化学者は、HIVプロテアーゼの作用を抑えるべく、巨大タンパク質の切断部分近傍にあるアミノ酸の配列を模倣した小さなペプチドを基に、薬の化学構造を論理的にデザインして、プロテアーゼの分解酵素としての機能を失わせてしまう阻害剤を開発しました。この阻害剤は、HIVプロテアーゼに強くはまって取れなくなってしまうのです。HIVのプロテアーゼ阻害剤は、創薬におけるペプチドミメティクスという手法の代表的な成功例となっています(図3)。

図3 ペプチドミメティクスとHIVプロテアーゼ阻害剤の仕組みHIVがタンパク質を切断する際のプロテアーゼを阻害することで、HIVの増殖を妨げる。

医薬品の化学構造として理想的な条件はいくつかあります。まず分子が小さいほうが吸収されやすく、体内で安定して存在するなど有効なのですが、ペプチドの分子は比較的大きいのです。また、患者さんの負担は注射より経口投与のほうが少ないのですが、ペプチドは消化酵素で代謝されてしまうので、一般に経口投与には適しません。同様に血中にも臓器にもさまざまなタンパク質分解酵素があるので、適度な持続性を持たせることも簡単ではありません。先のGLP-1というペプチドホルモンは、体内で5分程度しか維持できないのですが、にもかかわらず末梢に至るまで強く作用するのは、それだけ活性が強力だからです。扱いは難しいのですが、薬の作用点への特異性や選択性は非常に高いのがペプチドの特徴です。またペプチドは私たちの体内にある分子ですから、一般の化学合成医薬品に比べて毒性は低いのですが、製造コストがとても高いという欠点があります。

利用のトレンドが変わってきている

創薬においてペプチドは、主にホルモン的要素、酵素阻害剤、そしてタンパク質間相互作用(PPI:protein-protein interaction)のいずれかとして作用します。PPIは細胞内でタンパク質同士がくっついたり離れたりして情報をやりとりすることを指しますが、そのとき、間にペプチドが割り込んでタンパク質同士のやりとりを遮断することで阻害剤にできる可能性があります。タンパク質同士の相互作用は、タンパク質が物質として大きいのでその結合面が大きく、分子量500以下の低分子薬では、広大な結合面をカバーできず結合を阻害することが困難でした。しかし分子量500~2000程度の中分子ならこれを阻害できるので、PPIの阻害剤としてのペプチドが注目されるようになりました。ペプチドのホルモン作用に基づく創薬から、PPI阻害剤の創薬へとペプチドの利用のトレンドが変わってきているという感触を持っています。

ペプチドは、食品にも使われています。おそらく唯一、化学合成品として食品に使われているペプチドがアスパルテームです。アスパラギン酸とフェニルアラニンというアミノ酸が結合したペプチドで、砂糖の100倍とも200倍ともされる甘味があります。完全な化学合成品で食品添加物として認可されています。他には天然由来のペプチドを使って特定保健用食品として販売されているものもあります。

化粧品の基材として使われることも多く、特に美容の分野ではコラーゲンペプチドという名称を聞くことも多いかと思います。

最初に触れたように、ペプチドは体内ではアミノ酸から作られたタンパク質が切断されて作られます。コラーゲンの場合は、タンパク質ができた後に、その中にあるプロリンというアミノ酸の多くが酵素によって酸化され、OHという構造が入り、ヒドロキシプロリンに変わります。コラーゲンは巨大な高分子で、アキレスなどの腱は、コラーゲンの塊といえます。ところがコラーゲンは水に溶けません。ですから、コラーゲンを含んでいる食品には、コラーゲンをさまざまな酵素によって切断したペプチドの断片が含まれています。これらを摂取すれば、基本的に消化管でアミノ酸に分解されます。最近では、アミノ酸が2つのジペプチドや3つのトリペプチドのほうが腸から吸収しやすいといわれているので、消化機能が低下しているときには、アミノ酸の摂取を促進するという意味でこうした食品が有効です。

しかしコラーゲンペプチドを摂ったら、それがそのまま体内でコラーゲンとして利用されるというわけではありません。つまり、コラーゲンを含むとされる食品を食べても豆腐を食べても、基本的にはどちらも同じようにアミノ酸が供給されるのです。巷では「肌に良い」といわれているコラーゲンですが、たくさん摂ると肌に良いという科学的根拠はまだ確立していないのです。

ペプチドにはホルモン作用だけでなく、例えばディフェンシンなど多数の抗菌作用のあるペプチドが知られています。抗菌ペプチドは、概ね正の電荷を帯び、ターゲットとなる微生物の負電荷を持った細胞膜に作用することで抗菌作用を発揮します。広範囲の微生物に作用し、100種以上の抗菌ペプチドを持つ生物種もいます。またヒトから微生物まで、抗菌ペプチドは多くの生物種が持っているのも興味深い点です。

微生物が作る多様なペプチド

ペプチドの中には、ヒトの免疫を抑制するペプチド、シクロスポリンもあります。アミノ酸11個から成るペプチドで、非常に強い免疫抑制作用を持っています。免疫作用を担うT細胞の活性化を促すサイトカイン、インターロイキン2の産生を抑え、免疫系を不活化するのです。シクロスポリンは微生物から採取したペプチドで、ヒトの遺伝子にコードされたタンパク質を構成する20種のアミノ酸以外の、特殊なアミノ酸が含まれています。微生物は、特別な酵素によってペプチドを組み上げているので、ヒトの体内では見たこともないようなアミノ酸を含んでいることがあります。微生物が作るこうしたペプチドに関して、最近はとみに研究が進み、大腸菌を利用してこれらのペプチドの化学構造を人工的に変化させ、さまざまな新規構造を有するペプチド分子を創製する生物合成化学が盛んになっています。今後、医薬品にもその成果が還元されてくると思います。

ペプチドは、私たちの生活のあらゆる場面で遭遇する、基本的な物質なのです。

(図版提供:林 良雄)

この記事をシェアSHARE

  • facebook

掲載号
THIS ISSUE

ヘルシスト 269号

2021年9月10日発行
隔月刊

特集
SPECIAL FEATURE

もっと見る