月経を経験した日本人女性の誰もが、だいたい45~55歳ごろに更年期を経験する。その症状は、ほてりやのぼせ、肩こり、倦怠感など多岐にわたるため、それぞれの症状やつらさ、状況に応じたきめ細かな治療が必要という。治療の中心になっているのが「ホルモン補充療法」。最近の研究により、かつて心配されていた乳がんリスクは低いことが明らかになっている。更年期症状だと思っていたら、実は重大な病気が隠れていたということもあるため、早めに専門医を受診したい。
特集 その症状「更年期」!? HRT(ホルモン補充療法)の乳がんリスクに与える影響は小さい
構成/渡辺由子
暑い時期ではないのに自分だけほてっている、滴り落ちるほどどっと汗をかく、無性にイライラする……、閉経前後の女性が訴えるさまざまな症状は、女性ホルモン「エストロゲン」の分泌の減少が招いているのかもしれません。
45~55歳あたりが更年期
しかし、家族に訴えても、「更年期なんだから、しょうがないじゃない」と決めつけられ、訴えた本人も、「更年期だからしょうがないか……」と我慢してしまうことが少なくありません。一方で、症状を7つも8つも挙げて、「自分は更年期障害だ」と自己診断して来院しても、症状そのものは重くなく、お話を聴くだけで楽になるということもあります。更年期の心身に起こる症状やその重さ、つらさ、感じ方は、一人ひとりによってまったく異なることが、女性の更年期の特徴ともいえます。
その鍵を握るエストロゲンは、女性の生涯を通して、心身の健康に大きく関与しています。主に卵巣で分泌されるエストロゲンは、10~18歳ごろの「思春期」に増加することで初経を迎えます。18~45歳ごろの「性成熟期」にエストロゲンの分泌量は安定し、子宮の内膜を厚くしては消退し、月経を繰り返します。40代に入る頃から、卵巣の機能が徐々に低下するとともに、エストロゲンの分泌が増減するゆらぎを繰り返しながら次第に減っていき、月経不順などが起こり始めます。45~55歳ごろの「更年期」になると、エストロゲンの分泌はゆらぎつつ、急激に低下して閉経を迎えます(図1)。閉経後は、エストロゲンがほとんど分泌されなくなった状態で安定する「老年期」に入ります。
更年期は、閉経をはさんで前後各5年間としており、日本人の平均的な閉経年齢は約50歳なので、おおむね、45~55歳あたりを指します。しかし、閉経の時期は個人差が大きく、それに伴い更年期にも幅があります。特に症状を強く感じる期間は、これも人それぞれですが、閉経前後の2~3年間に多くみられます。
月経を経験した女性の全員が通る更年期に、体と心に現れるさまざまな症状を、「更年期障害」とひとくくりにされることが多いと感じます。実際は、症状が重く、日常生活に影響が出て障害となっている場合に限って更年期障害と呼び、障害にまで至っていない場合は「更年期症状」と呼びます。
例えば、5人の更年期の女性がいたら、1人は無症状、3人は「これが更年期症状ね」と気づき、1人は症状が重いために障害として治療が必要、といった割合です。
エストロゲンのさまざまな働き
症状を引き起こすエストロゲンには、さまざまな働きがあります。子宮内膜を厚くして、妊娠に備える働きに加えて、全身にエストロゲンを受け取る受容体(レセプター)があり、乳房の発育など丸みのある体をつくる、血管・骨・関節を丈夫にする、血中コレステロールを調整する、肌の潤いを保つ、自律神経を整える、精神を安定させる、記憶力や集中力を保つなど、その働きは全身に及びます(図2)。
一方、加齢によって卵巣機能が徐々に低下すると、分泌量が減り、これを感知した脳の視床下部から、「もっとエストロゲンを分泌せよ!」と、分泌を促す性腺刺激ホルモン(卵胞刺激ホルモン:FSH)として指令を出します。すると、卵巣は頑張って分泌しようとしますが、分泌できるときもあれば、できないときもあります。そのような乱れが、全身への作用や、自律神経のバランスにも及ぶと考えられています。
さらに、子宮や卵巣の疾患のために外科手術で両側の卵巣切除など、自然の閉経ではない卵巣機能の低下によって、閉経と同様の症状が現れることもあります。
また、更年期は人生半ばあたりで、家族関係や仕事などの自身を取り巻く環境が大きく変わる時期です。子どもの受験・進学、自身や夫の昇進・転職・リストラ、親の介護、家族の病気など、女性の負担が増し、心理的要因が大きな割合を占める時期と重なりがちです。エストロゲンの分泌低下に加えて、自身や周囲が大きく変化する心理的要因が、自律神経を乱し、多彩な症状につながると考えられています。
他に、更年期症状であると強く思い込んでいるケースも散見されます。ある40歳の患者は更年期障害を訴えて来院しましたが、月経周期は大きく乱れておらず、血液検査の値も年齢相応の正常範囲内で、更年期にはあたりませんでした。反対に、60歳すぎの方が「更年期障害です」と訴えていましたが、その方の閉経の年齢を確認すると、すでに更年期を越えていました。いずれのケースも、更年期のエストロゲンの乱れよりも、家庭に大きな悩みを抱えていることが、体や心の症状として現れていたと考えられます。
さて、更年期に現れる症状は200~300種類以上あるともいわれるほど多彩ですが、「血管運動神経症状」「精神症状」「身体症状」に大きく分けることができます(図3)。
血管運動神経症状 ほてり、のぼせ、発汗、ホットフラッシュ、寝汗など。
精神症状 不眠、不安、イライラ、無気力、もの忘れなど。
身体症状 動悸、不整脈、手足の冷え、肩こり、めまい、浮遊感、頭重感、疲労感、腰痛、関節痛、性器の乾燥やかゆみなど。
気をつけなければならないのが、更年期に現れる症状を引き金に、症状が重くなっていく「負のスパイラル」に陥ることがあるということです。例えば、更年期症状を代表するホットフラッシュは、ほてりやのぼせ、発汗です。特に発汗は、今までかかなかった耳の後ろや眼の縁などから、大量の汗が出ることがあります。寝汗がひどく、一晩でパジャマを何度も着替えなければならないほどになると、生活の質(QOL)を下げてしまいます。活発だった女性が、日中は寝不足で気力も体力も落ちてしまい、友人からランチに誘われても断ってしまう。それを繰り返すうちに、お化粧すらできず、外出もできなくなる「負のスパイラル」に陥ることがあるのです(図4)。このようなケースでは、更年期障害をきっかけにした「うつ」を考慮し、精神科での専門的な治療が必要となることがあります。
訴えをきちんと聴く問診が重要
更年期症状だと思い込んでいたら、実は重大な病気が隠れていたということがあります。動悸があるので精査したら甲状腺疾患のバセドウ病だった。だるいなと思い血液検査で甲状腺の値も調べたら、低くて橋本病(慢性甲状腺炎)が疑われた。不整脈は心疾患が隠れていたり、めまいの原因はメニエール病であったり、不調の症状は疾患のサインなのかもしれません。
重大な疾患ではないことをすべて否定してから、更年期障害の診断・治療が始まります。当院は総合病院なので、疾患が疑われるケースでは各診療科に検査を依頼し、結果によっては各診療科での専門的な治療を行います。疾患の疑いが晴れて、婦人科に戻って更年期障害の治療が始まることも、往々にしてあります。あるいは、関節痛があると整形外科を受診しても問題はなく、逆に婦人科の受診を勧められるケースもあります(図5)。
治療に際しては、更年期と判断するために、必要に応じて血液検査を行います。エストロゲンを構成する成分の一つの「エストラジオール(E2)」とエストロゲンの分泌が低下した場合に、エストロゲンの増加を促すために分泌される「FSH」の2つの値が指標になります。E2が20pg/㎖以下、FSHが40㎖U/㎖以上を更年期と判断しますが、ホルモン値はゆらいでいることが多く、あくまでも12カ月以上月経が止まっている場合に閉経と判断し、閉経前後各5年を更年期といいます。
治療では、症状や患者の背景について、その訴えをきちんと聴く問診が非常に重要です。話を聴いてもらったことで落ち着く患者もいますし、更年期症状について理解することで、治療が1回で終了する患者も多くいます。
薬物療法は、漢方薬とホルモン補充療法(HRT:Hormone Replacement Therapy)を中心に行います。漢方薬に含まれる数種類の生薬は、体と心の乱れを整える働きがあり、症状の改善に適しています。ホットフラッシュが強い方、神経過敏な方、月経不順の方など、患者のタイプに合わせて処方する漢方薬をベースに、不眠を訴えているなら睡眠導入剤を追加するなど、患者の訴えに応じて抗うつ薬、抗不安薬などの向精神薬を組み合わせることで、効果を上げることもあります。
そしてHRTは、減少するエストロゲンを少量補充する治療法で、ホットフラッシュなどの血管運動神経系の症状や、萎縮性腟炎で性器の乾燥やかゆみがある場合に非常に効果的です。HRTでは、子宮の有無によって、人工的に製造したエストロゲンと黄体ホルモンのプロゲスチンの薬剤を組み合わせて使います。まず、エストロゲンには子宮内膜を厚くする働きがあります。子宮内膜増殖症のリスクが上がるため、子宮のある方は、エストロゲン単独投与による子宮内膜の過剰な形成を抑えるために、黄体ホルモンも投与する「エストロゲン・黄体ホルモン併用療法(EPT)」を行います。一方、エストロゲン単独投与による影響のない、子宮筋腫や子宮がんなどで子宮を摘出した方には、「エストロゲン単独療法(ET)」を行います。
一番つらい症状と時期を乗り越える
HRTに使う薬剤には、飲み薬、貼り薬、塗り薬などいろいろなタイプがあり、特徴や、メリット・デメリットをお話しし、患者と相談し処方しています。以前は、HRTを長期間続けると、乳がんのリスクが高まることが心配されていましたが、現在は研究によってリスクは低いことが明らかになり、日本産科婦人科学会の「ホルモン補充療法ガイドライン 2017年度版」でも年数の制限は設けていません。
治療では更年期症状で一番つらい症状と時期を乗り越えることを重視しています。HRTを6年でも7年でも続けたいという患者のニーズはあまりないことから、長くても2~3年で使用を終えられるように考慮しています。HRTは、一定の症状に対する効果が高いけれど、すべての症状に効果を期待できるものではありません。不眠があるならば睡眠導入剤を、骨がもろいなら骨粗しょう症に効果のある薬剤を、というように、それぞれの症状にピンポイントで薬剤を使用したほうが、より早くより効果があると考えています。
また、更年期がそろそろ終わりに近づいているのならば、HRTをやめる時期を患者と一緒に決めています。例えば、夏ならば汗を大量にかいても周囲に気づかれにくいので、「次の夏に服用をやめるために、春ごろから減らしていきましょう」などと、更年期障害から卒業する時期を相談しています。
HRTの最新情報として、国内初の経口天然型黄体ホルモン製剤が2021年11月から販売されるようになりました。海外では長年使用され、乳がんリスクを減らすことが期待されています。
また、エストロゲン製剤は経口薬が主体でしたが、10年以上前から貼り薬や塗り薬など経皮製剤が使用されるようになっています。経皮製剤は肝臓での初回通過効果がないため、経口より全身へのリスクが少ない投与経路とされています。
症状が重くて、明らかに更年期障害となっていたら、我慢せず、受診をためらわないようにしてください。できれば、更年期からのライフステージや体や心に起こるさまざまな出来事について話せる、かかりつけの婦人科医を見つけることもお勧めします。
「更年期症状だから、診てもらうのが恥ずかしい」と考えるよりも、「この症状が更年期症状ではなかったら、重大な病気だったら、どうしよう」と考えてください。「閉経したから、自治体のがん検診に行かなくてもいい」ではなく、更年期を経て老年期に入っても、自治体のがん検診を通して、婦人科との関わりも考えてほしいと思います。
さらには、更年期を乗り越えるには、つらいときに耳を傾けてくれる、真剣に聴いてくれる、相談できるキーパーソンの存在が重要です。重かった体と心が、話すことで軽くなるかもしれません。自分の体と心を大切にして、健やかに更年期を過ごしてほしいと願っています。