特集 スポーツの奥深さ 小学・中学時代の運動が将来の健康寿命を左右する

構成/菊地武顕

高齢者、特に女性は歳とともに骨がもろくなり、例えば転倒して骨折するなど、生活への影響が極めて深刻となる。骨密度を上げておくことが、健康寿命を延ばすためには重要なのだが、では、どうしたらよいか——。実は、小学・中学時代に活発に体を動かすことこそが、大切なのだという。子ども時代の運動習慣が、将来の健康寿命を左右する。しかし、運動をしない子が多いのが実情だ。体を動かすことを楽しいと感じ、さまざまなスポーツ・運動遊びを経験してもらいたい。

早稲田大学スポーツ科学学術院教授

鳥居 俊(とりい・すぐる)

1983年、東京大学医学部卒業、同大整形外科学教室入局。静岡厚生病院、東京都立豊島病院、虎の門病院、東京大学医学部附属病院助手を経て、1993年、東芝林間病院(現・さがみ林間病院)整形外科部長。1998年、早稲田大学人間科学部スポーツ科学科助教授。2019年4月から現職。日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本陸上競技連盟医事委員。

人生100年時代を迎えましたが、単に寿命を延ばすのではなく、いかに健康に生活できる期間を延ばすかに関心が高まっています。いわゆる健康寿命を延ばすためには、骨密度をできるだけ高いまま維持することが重要です。骨がもろくなると、転倒した際の影響としての骨折のリスクが非常に大きくなるからです。

ホルモンの減少で骨密度は急激に下がる

そのリスクを避けるためには、小学・中学時代に活発に体を動かすことが大切です。私は、成長期の運動と老後の健康の関係について、調査研究をしています。高齢者が健康に過ごすためには、もちろん筋力も大切です。筋力は、高齢になってからでも努力すればある程度つけることは可能です。極端な例かもしれませんが、冒険家の三浦雄一郎さんは65歳のときに「5年後、エベレストに登頂する」と目標を掲げ、食生活を変えトレーニングを積んだ結果、しっかりとした筋肉をつけることができたといわれています。でも、高齢になって骨密度を上げることはほぼできません。若い頃にしか増やせないのです。

年齢を重ねるに従って骨密度にどのような変化があるのか。骨粗しょう症のリスクは女性のほうが高いわけですが、骨の量がグッと増えるのは成長期です。そして20歳前にピークに達し、その後ほぼ同じ水準を維持。50歳前後になると、著しい女性ホルモンの減少に伴って骨密度は急激に下がります。女性ホルモンにはエストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)とがあり、エストロゲンは骨代謝と密接な関係があります。全身にカルシウムを送るため骨を削る作用を抑え、新たに骨を作ることを促しているのです。そのためエストロゲンの分泌が低下すると、骨量が低下してしまうのです。

これまでは、骨が減るのを防ごうという治療が行われてきました。薬を用いることで、骨密度の減少を最小限にしようという考えです。しかしそれは予防とはいえません。

そこで、最近各国で研究されているのが、骨量が急激に増える成長期に、たくさんの骨量を獲得し、今よりも骨が強い水準を維持することで、50歳前後になって減少しても、骨が強い状態で老齢期を迎えるというものです。成長期での介入こそが大切であるという考え方です(図1)。

骨粗鬆症財団小冊子を基に改変

図1 女性の年齢と骨量の変化成長期に運動を行って骨量をより一層増やすことで、閉経後に減少しても老齢期に十分な骨量が保てるようにする。

実際に骨の量が一番増える時期について、私たちはより詳しい調査を行いました。もともと海外の研究で、男女ともに最も身長が伸びる時期の半年から1年後というデータが出ていました。私たちの調査でも同様の結果が出て、男子なら中学2年生ごろ、女子なら小学6年生ごろが、最も骨量が増える時期なのです。

骨量が増えるこの時期に、適切な栄養摂取ならびに活発な運動が必要とされるのです。骨を増やすためには、骨にある程度以上の強さの刺激を与えることが大切です。

女性の場合は小学時代の運動が大きく影響

運動をしっかりしていた人が、高齢者になったときの骨密度はどうなっているのか。その点について興味深い調査があります。

日本では、1964年の東京オリンピックに出場した選手の体力を継続して測定しています。4年に1度オリンピックのある年に、オリンピアンの体力測定を行っているのです。2020年はコロナ禍で実施できなかったので、2016年の調査が最新となります。

その調査では骨密度も測っていますが、オリンピアンの骨密度は驚くほど高い。20〜44歳の平均値を100とした場合の相対値(Young Adult Mean=YAM)は、男性なら100〜104という層が一番多く、次は105〜109です。オリンピックに出場した男性の多くは、半世紀以上たった調査でも20〜40代の平均より骨密度が高いのです。女性でも骨粗しょう症とされるYAMの70%はもちろんのこと、骨量減少とされる80%を下回る人ですら、26人の被験者の中に1人もいませんでした。

オリンピアンは特別なのだと思われるでしょうが、ごく普通の人でも、子ども時代の運動が高齢期の骨量に良い影響を与えていることは間違いありません。私たちは、スポーツを楽しんでいる高齢女性の骨密度について調査を行いました。ソフトバレーボールを行っている64歳以上、80代も含む女性たちの協力を得て、若い頃の運動と現在の骨密度の関係を調査してみたのです。

若い頃に運動をしていた人たち、若い頃に運動はしていなかったが好きだった人たち、若い頃に運動が嫌いでしなかった人たち。この3つのグループに分けて調べたところ、運動していたグループ、していなかったが好きだったグループ、運動嫌いなグループの順で、骨密度が高かったのです。

さらに彼女たちが運動をしていた時期と骨幅について調べてみました。骨幅が太いか細いかということは、家に例えればしっかりとした太い柱があるかないかという重要な問題です。中学・高校時代での「運動なし」と「運動あり」とでは骨幅にあまり差はありませんが、小学時代については「運動あり」のほうが骨幅が太い傾向が明らかでした。やはり女性の場合は、小学時代の運動が非常に大きな影響を持つのです。男性については同様の調査をしていませんが、男女の成長の違いによる骨量増加の時期の違いを考えても、中学時代までの運動が大きな意味を持つと思われます。

小学・中学時代の運動量は、将来の健康寿命に大きな影響を与えるのです。しかし残念なことに、その大事な時期に運動をしていない子が多いというのが実情です。

文部科学省(スポーツ庁)は、小学生・中学生の1週間の総運動時間を調査し、その結果を発表しています。体育の時間以外で、1週間にどれだけの時間運動しているか、0分、1〜60分未満、60〜420分未満、420分以上の4つから選ぶというという質問ですが、「0分」「1〜60分未満」と答えた人がたくさんいます(図2)。

令和4年度全国体力・運動能力、運動習慣等調査結果より(スポーツ庁ウェブサイトを基に改変)

図2 1週間の総運動時間の分布体育の時間を除く1週間の総運動時間は、420分以上が望ましい。しかし60分未満の児童・生徒が多く、中にはまったく運動をしない「0分」の子どももいる。

2022(令和4)年度の調査によりますと、「0分」と答えた児童・生徒の割合は、小学生男子で4.3%、小学生女子で5.8%、中学生男子で5.8%、中学生女子では12.3%もいたのです。特に中学生女子の低さが際立っていますが、これでも以前と比べればかなり改善しているのです。10年ほど前には、なんと4人に1人が「0分」と回答し、関係者に衝撃が走りました。その後、教育現場で指導があって、ようやく12.3%にまでなったのです。

1週間の総運動時間は、420分が一つの基準。世界各国で、最低でも1日平均60分は体を動かしましょうと推奨しているのです。「420分以上」と答えた児童生徒の割合を見てみますと、小学生男子で50.1%、小学生女子で29.2%、中学生男子で78.1%、中学生女子で57.7%となります。男女ともに小学生よりも中学生のほうが多いのは、部活のためでしょう。中学時代は、運動する子としない子の二極分化が見られます。

食事習慣や睡眠にも良い影響を与える

運動時間は、何十年か後の健康寿命に影響を与えるだけではありません。現時点での体力と直結するのは当然のことともいえるでしょうが、生活習慣にも良い影響を与えていると推測されます。運動をしている子としていない子を比較すると、している子のほうが食事習慣や睡眠について望ましい数値が出ています。

それに加えて私の研究室では、子どもたちの運動時間とQOL(生活の質)の関係についても調べました。中学1〜3年生306人(男子166人、女子140人)を対象に、子どもの健康関連QOLを測る尺度であるPedsQL(身体・活動、気持ち、交友関係、学校生活という4つの項目からなり、自分の毎日の生活全体をポジティブに捉えていると、QOLの点数が高くなるという調査方法)の日本語版を使用しました。すると、1週間当たりの運動時間が長い子のほうが、QOLの点数が高いという結果が出ました。運動時間の短い子を見ると、QOLが高い子もいますが、低い子たちがとても多いのです。運動をする時間が長くなるにつれて、低い子は少なくなっていきました(図3)。

早稲田大学スポーツ科学部運動器スポーツ医学研究室調査より

図3 運動時間とQOLとの関係運動時間が短いと、QOLが低い子が多くいる。運動時間が増えるにつれQOLの低い子が減っていき、平均値も上昇する。

前述のように、ここでいう運動時間とは体育の授業以外で体を動かす時間のことですので、鬼ごっこのような運動遊びも含まれます。骨密度を増やすには、骨に刺激を与える必要があります。その点、縄跳びとかゴム跳び、そしてケンケンパはとても良い遊びといえますが、最近、そのような運動遊びをしている子どもを見かけなくなりました。スマートフォンをいじったりゲームをして遊ぶ時間が多くなったのでしょう。でも将来の健康寿命や、現時点でのQOLを良くするものですから、運動遊びをしてほしいと思います。

子どもたちが運動をしない理由はいろいろ考えられますが、体育の好き嫌いとも密接な関係があります。私たちが、体育が「大好き」「まあ好き」「あまり好きでない」「嫌い」の4つの群に分けて運動時間を調べてみたところ、予想通り体育の好きな子たちが最もたくさん運動をしていました。他にも、体育の好きな子は嫌いな子よりも、体格指数(BMI)が低く骨密度が高いことが分かりました。

また、日本整形外科学会広報・涉外委員会が2021年に50歳以上の女性1000人を対象に行った調査で、体育の好き嫌いが、生涯にわたって運動への取り組み方に影響を与えることも分かりました。50代、60代、70代のすべての年代において、小学校時代に体育が好きだった人ほど、現在の運動頻度が高いのです。

この調査では、50歳以上の女性たちがどの段階で体育を嫌いになったのかも調べています。それによると、小学校・中学校・高校と上がっていくに従って、「嫌い」「やや嫌い」と感じた人が増えていくことも分かりました。また嫌いになった理由については、小学校・中学校・高校と上がっていくに従い、「教員」を挙げる人が増えていきます(図4)。子どもたちが運動嫌いにならないようにするため、体育を「楽しい」と感じるような授業の工夫が必要となります。

日本整形外科学会広報・涉外委員会調査より
2021年7月実施

図4 50歳以上の女性1000人対象意識調査「子ども時代の体育の好き嫌い」50歳以上の女性がどの段階で体育を嫌いになったかを見ると、小学校・中学校・高校と上がるに従い嫌う人が増える。またその理由として、多くはもともと運動が嫌いとか苦手という「自分」自身を挙げるが、上がるに従い「教員」を挙げる人が増加する。

部活が必ずしも良いとは言い切れない理由

さて、先に見たように中学生の1週間の総運動時間調査では、部活をするか否かによって運動量が二極分化していることが分かります。運動時間が長ければよいという観点からすると、運動部での活動に一生懸命取り組めばよいということになりますが、必ずしもそうとは言い切れない部分もあります。

日本の場合、ある運動を始めると、その種目にのみ集中して練習を繰り返します。すると特定の部位に大きな負担がかかります。一つ例を挙げて説明しましょう。例えば野球だと、投げるという動作を毎日繰り返すことで、肘や肩のケガが必然的に起こりやすくなります。まだ骨がしっかりとしていない成長途上の体で、特定の部位に負担をかけることは避けなければいけません。よかれと思って行うスポーツが、体にマイナスになってしまうことがあります。

私たちは早稲田大学の運動部の協力を得て、各部の選手の骨密度や骨の長さを測定してみました。利き腕と反対の腕との比較も行いました。野球選手の場合、利き腕のほうが骨密度が高く、これは予想通りでしたが、骨の長さは左右の腕で差がありませんでした。というのも、利き腕の骨のほうが長い選手がいる一方で、反対側の腕の骨のほうが長い選手もいたからです。そのため平均値では左右で差がないという結果になりました。通常でしたら利き腕の骨が長いのが当たり前。なぜ反対側の腕の骨のほうが長いのか。考えられるのは、成長障害です。

少年野球選手の肘障害について調査を続けている徳島大学整形外科によると、負荷をかけすぎたことで成長軟骨を損傷して骨の成長が阻害され、利き腕の骨が反対側と比べ短い子がいるというのです。左右の腕で、7㎝も長さに違いがある子もいたそうです。

最近はスポーツ障害のことも話題に上り、指導者の考え方にも変化が起きています。それに加えて、運動部に入ってその競技だけを続けるというやり方を考え直す時期かもしれません。欧米のように複数の競技を楽しんだり、シーズンによって行う競技を変えるなどして、いろいろな部位に負荷がかかるようにしたほうがよい。総合型の地域スポーツクラブが望ましいともいえます。

大人は「健康のために体を動かさないといけない」ということを知っていますし、その目的のために体を動かしています。でも子どもはそのような理屈では動きません。楽しいか楽しくないかが重要なのです。いろいろなスポーツや運動遊びを体験することで、スポーツは楽しいと感じる。それがスポーツを長く続けるために必要なことですし、将来の健康寿命を延ばすことにつながるのです。

(図版提供:鳥居 俊)

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ヘルシスト 281号

2023年9月10日発行
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