特集 子どもの感染症対策 流行パターンが大きく変化! 常に心がけたい感染症対策

構成/渡辺由子

コロナ禍の徹底した予防対策のおかげで感染症は一時減少していたが、規制が解除されると同時に、集団免疫が低下した子どもの間で、さまざまな感染症がこれまでとは異なる流行パターンで戻ってきた。例えば、かつて秋に流行していたRSウイルス感染症は、2021年と2023年には春先から流行が始まり、初夏にピークを迎えた。多くの感染症が流行の季節性を失いつつあるため、どの時期でも感染には注意を払う必要がある。日ごろから基本的な感染症対策を心がけることが大切だ。

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科、熱帯医学・グローバルヘルス研究科教授

森内浩幸(もりうち・ひろゆき)

1984年、長崎大学医学部卒業。1990年からアメリカNational Institute of Allergy and Infectious Diseases(NIAID)でウイルス研究とともに、臨床スタッフとして感染症診療にも従事。1999年に長崎大学医学部小児科学教室主任教授(同大医学部附属病院小児科長併任)、2002年から同大大学院医歯薬学総合研究科教授、2015年から同大学院熱帯医学・グローバルヘルス研究科教授、2023年から同大高度感染症研究センター副センター長を併任、現在に至る。日本小児感染症学会理事長、アジア小児感染症学会幹事、日本小児科学会代議員、日本ワクチン学会理事、日本ウイルス学会理事、日本臨床ウイルス学会幹事など。

2023年5月に、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の分類が2類相当から5類へ移行し、人の活動もほぼコロナ禍前の水準まで戻ってきています。コロナ禍でのマスク着用や手指衛生や換気などの徹底した感染予防策によって、感染症が激減していましたが、次第にさまざまな感染症がこれまでとは異なる流行パターンで増えてきています。

2歳になるまでに8割以上の子どもが感染

その一つが、「RSウイルス(RSV:Respiratory syncytial virus)感染症」です。新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスなどと同様に、感染や接触感染によって感染し、や鼻水、発熱などの症状が現れる呼吸器系感染症です(図1)。

出典:国立感染症研究所 感染症疫学センター「感染症発生動向調査 速報データ」

図1 RSウイルス感染症の流行状況(2018年~2023年)元は冬季に流行する感染症だが、2018~2019年は初秋に流行。2020年はコロナ禍の感染予防対策によりほぼ流行せず、2021年の大流行は冬近くに収束。2022年の流行は小さいが冬も続いた。2023年は2021年の大流行をたどる気配があったが、収束しつつある。

RSウイルス感染症は、子どもから高齢者まで市中で発生頻度の高い一般的な疾患です。患者の中心は乳幼児で、中でも1歳児までの子どもに多いことが特徴です。1歳になるまでに7割、2歳になるまでには8割以上の子どもが1回は感染します。麻疹や風疹のように、1回感染すると二度と感染しない感染症ではありません。1回の感染で十分な免疫を獲得できないために、何回でも感染しますが、1回感染すると、1回も感染したことのない子どもよりも感染しにくくなり、軽症になっていく免疫を身に付けることができます。

RSウイルスをはじめとした呼吸器系のウイルスに感染すると、無症状だったり、上気道感染(鼻風邪や喉の風邪)程度で治ったりする一方で、喉の奥の声帯の辺りが腫れるクループや、気管支炎、気管支の末端部分に炎症が起こる細気管支炎、肺炎といった下気道感染を起こし、重篤な状態に陥ることがあります。

RSウイルス感染症は、健康な年長児や大人がかかっても普通の風邪で済む場合が多く、心配はありません。しかしゼロ歳児や1歳児にとっては、下気道感染へと重症化するリスクが高い傾向があり、RSウイルス感染症のゼロ歳児の22.4%、1歳児の13.0%が下気道感染を起こすとされています。さらに、心臓や肺などに基礎疾患があったり免疫不全があったりする場合、重症化の恐れが強くなります。乳幼児にとっては命に関わることもある、非常に怖い感染症なのです。また高齢者や基礎疾患のある大人でも重症化することが知られています。

子ども用ワクチンは普及に時間がかかる

長崎大学病院に新型コロナウイルス感染症で入院した子どものうち、酸素投与が必要なのは10%未満ですが、RSウイルス感染症で入院が必要となる子どもの大半に酸素投与を行っています。さらに呼吸状態が悪い場合の気管内挿管や人工呼吸器の使用についても、当院に入院した新型コロナウイルス感染症の子どもでは経験していませんが、RSウイルス感染症では何例も診てきており、元々の重症度に格段の差があることを実感しています。

RSウイルス感染症をはじめとする呼吸器系感染症は、基本的には1週間程度で自然に治りますが、発熱や咳、呼吸困難などの症状が強い場合は、それらを鎮める対症療法を行います。RSウイルスを検出する検査が保険診療となるのは、1歳未満の子どもや、入院が必要な場合や重症化リスクの高い基礎疾患を有する子どものみで、この条件に当てはまりウイルスが検出された場合は、重症化しないかどうか注意深く診ていきます。

高齢者(60歳以上)のRSウイルス感染症の発症予防や重症化予防のためのワクチンは、2023年9月に厚生労働省が製造販売を承認しました。しかし、子ども用のワクチンの開発・普及までには、まだまだ時間がかかりそうです。

現段階では、子どもがRSウイルスによる重篤な下気道感染を発症することを予防する手段として、抗RSVヒト化モノクローナル抗体製剤「パリビズマブ」があります。これはワクチンではなく、RSウイルスに対する中和抗体(感染をブロックする抗体)を製剤にしたもので、非常に高価であるため、重症化リスクの高い早産児や基礎疾患を有する乳幼児にしか使えず、しかも効果が短期間で低下するため、流行期に毎月の投与が必要となり、子どもやその家族への負担が大きいことが課題となっています。

欧米では、効果が半年間ほど持続する新しい抗体製剤の投与が始まっています。さらに妊婦へのワクチン接種も承認されています。これは、ワクチンで母体に抗体を作り、胎盤を介して胎児に抗体を渡すためのもので、治験により、乳児のRSウイルス感染症の発症や重症化の抑制が確認されています。

ワクチンも新しい抗体製剤も、それぞれの良さがあり、人によってどちらを使用するかという選択肢があったほうがよいと考えます。どちらも日本でも承認申請が出されており、一日も早く承認されることを願っています。

RSウイルス感染症の流行期は、本来は晩秋から冬にかけてで、インフルエンザが流行する少し前の12月ごろにピークを迎えていました。ところが流行の始まりがどんどん前倒しになり、新型コロナウイルス感染症流行前には夏から流行が始まり初秋ごろにピークを迎えていました。

前倒しになったのは、温帯地方では日本だけに見られる特徴で、原因は解明されていませんが、日本特有の気候と生活環境の影響を受けていると見られています。実は、RSウイルス感染症は熱帯や亜熱帯地方では雨季に流行しています。乾季は窓を開け放して屋外で過ごすことが多い生活ですが、雨季になると窓を閉め屋内で過ごすため、ウイルスがヒトからヒトへ感染しやすい状況であると考えられます。近年の日本の夏は酷暑であり、同様の状況(屋内で窓を閉め切り冷房)が考えられ、RSウイルス感染症に限らず、新型コロナウイルス感染症やインフルエンザの夏場の流行についても、このような生活環境が影響していると見られています。

さらにこの3、4年の流行のパターンは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが大きく影響しています。コロナ禍前の2019年にはRSウイルス感染症の流行が例年通り見られましたが、2020年に入ってコロナ禍での感染予防策の徹底によって、ほぼ流行しないまま終わりました。しかし、2021年はこの間に生まれた未感染のゼロ歳児や1歳児に加え、再感染しないまま過ごした年長の子どもたちの間で感染が広がり(図2)、前年分を取り戻すように早くから前倒しで流行が始まって、7月上旬にピークを迎えました。この年は例年を超える大流行になり、冬になってようやく収束しました。2022年は前年の大流行で多くの子どもたちが感染したためか、夏から秋にかけて、前年よりも小さな流行となりました。2023年は、2021年の大流行時と同じような勢いで、急速に患者数が増加したものの、2021年ほどの大流行には至らず、収束の方向へ向かっています。

図2 RSウイルス感染症の感染拡大イメージRSウイルスは感染を繰り返すたびにかかりにくくなり、次第に軽症で治るような免疫が付与される特徴がある。そのため、通常は集団内でのウイルス感染スピードは速くないが(上図中央)、RSウイルスの流行がない状態が続くと未感染の患児が増えているため、感染が一気に広がってしまう(上図右)。

また、RSウイルス感染症をはじめ、呼吸器系感染症の多くは、西から東へと流行が移っていく傾向があります。ただRSウイルス感染症は、地域によって疫学像が異なることも特徴です。長崎県を例に挙げると、2021年の大流行時は、全国に先駆けて春先から流行が始まり、2022年はさらに早い1月に流行のピークがあり、その後はしっかり収束しないまま、ある程度のレベルで感染が続きました。さらに、保育園や幼稚園単位で集団感染が散発し、同じ市内のA保育園で多数の園児が感染する一方で、そこから徒歩数分にあるB保育園では感染者ゼロ、といった事態もよくある話です。年や地域によって、さまざまな流行の様相があるため、流行の時期を把握しづらくなっているのが現状です。

合併症に注意が必要な感染症

次に挙げる「ヒトメタニューモウイルス感染症」は、一般的には聞き慣れない感染症でしょう。ヒトメタニューモウイルスは、発見されたのは比較的新しく、RSウイルスと同じグループのウイルスです。そのため、症状もよく似ていて、感染しても無症状で済んだり、症状が出ても普通の風邪程度で終わったりする一方、RSウイルス感染症ほどではありませんが、細気管支炎や肺炎などの下気道感染を起こすリスクの高い感染症であり、注意が必要です。RSウイルス感染症の好発年齢よりも年長の子どもの感染が多いことが特徴で、10歳ごろまでに誰もが1回は感染し、1回の感染では十分な免疫を獲得できないので、何回も感染する可能性があります。流行の時期は、以前は春から初夏でしたが、近年ではコロナ禍の影響もあり、流行のスタートがさらに前倒しになっているようです。

呼吸器系感染症の一種で、ウイルスではなくグラム陽性菌による「A群溶血性レンサ球菌(溶連菌)咽頭炎」にかかる子どもも増えています。喉で溶連菌が増え、突然の発熱、全身倦怠感、咽頭痛を訴え、が腫れて白いのようなものが滲出する急性咽頭扁桃炎を起こします。咳や鼻水など普通の風邪症状はあまり見られず、喉の強い痛みが特徴です。学童期の子どもに多く、冬から初夏にかけて流行します。

A群溶血性レンサ球菌咽頭炎では、回復後に合併症を発症することがあります。合併症は、溶連菌を排除しようとする免疫反応が私たちの体に不都合な炎症を起こすもので、その一つに、腎臓の糸球体に炎症が起こる急性糸球体腎炎があります。治癒した2~3週間後に、頭痛、血圧の上昇、体のむくみ、赤茶色の尿などの症状が現れます。また、最近ではほぼ見られなくなっていますが、心臓や関節、神経系などに多彩な症状を起こすリウマチ熱を合併する場合もあります。

A群溶血性レンサ球菌咽頭炎の治療の最大の目的は、これらの合併症の発症リスクを抑えることです。喉の強い痛みや扁桃の膿などが確認できる場合、溶連菌を検出できる検査を行い、A群溶血性レンサ球菌咽頭炎と診断されると、ペニシリン系の抗菌薬を10日間処方します。患児や家族には、「この薬は喉の症状の解消や解熱が目的ではなく、合併症を防ぐことが目的です。症状が治まったからといって、自己判断で服薬を中止せず、10日間飲み切ることが大切です」と説明しています。

感染力が強く手指や食品を介して感染

その他の感染症として、感染性胃腸炎にも注意が必要です。ウイルスなどに感染することが原因の胃腸炎で、「ロタウイルス胃腸炎」と「ノロウイルス胃腸炎」がよく知られています。

ロタウイルス胃腸炎は、乳幼児に多く、発熱、下痢、嘔吐が見られ、を起こすこともあります。ロタウイルスには2種類のワクチンがあり、2020年10月からは定期接種となりました。一つは生後6〜24週の間に2回、もう一つは生後6〜32週の間に3回接種します。ワクチン接種が進んだことにより、現在、感染者はほとんど見られなくなりました。コロナ禍での徹底した感染対策が現在は緩み、呼吸器系感染症がはやり出しても、ロタウイルス胃腸炎にかかる乳幼児はほとんどなく、今後もワクチン接種をきちんと行っている限りは、乳幼児の間で大流行することはないでしょう。

一方のノロウイルスは、急性胃腸炎を起こすだけでなく、食中毒の原因としても第1位のウイルスで、乳幼児から高齢者まで感染します。1年を通して発生しますが、特に冬季(忘年会や新年会のシーズン)に多発します。手指や食品を介して感染し、感染力が非常に強いので、流行時は特に注意が必要です。また、ノロウイルスは変異を起こすために、1回感染しても、変異株に対する免疫が十分でないために感染を繰り返すことがあります。

ノロウイルスに対するワクチンはありません。症状は、吐き気、嘔吐、下痢、腹痛などの胃腸症状が主で、特に嘔吐が強いのが特徴ですが、重症化は少なく、基本的に命に関わる感染症ではありません。しかし、介護施設でクラスターが発生すると、死亡者が出るケースがあります。これは、寝たきりの高齢者が嘔吐すると、吐物で窒息したり、性肺炎を起こしたりするためで、注意しなければなりません。

また、どのような感染性胃腸炎であっても、脱水に対する手当てを行わないと命に関わります。乳幼児は年長児や成人に比べて脱水症状を起こしやすいので、十分な水分補給を行います。

呼吸器系感染症や感染性胃腸炎の予防は、手洗いや消毒、咳エチケット、換気が基本です。乳幼児では、しぶきやよだれが付いている物を他の子どもが触ったりなめたりする接触感染が多く、何らかの感染症が流行しているときは、子どものしぶきやよだれが付いている物は、きちんと消毒するか廃棄しましょう。嘔吐物やおむつの便の処理についても、介助者の手指衛生が重要です。

乳幼児と接する年長児や大人がうつさないことも重要で、例えば、お兄ちゃんやお姉ちゃんの通っている保育園でRSウイルス感染症がはやっていて、その子も風邪症状がある場合は、生まれたばかりの赤ちゃんのそばに寄らせないようにすることも必要です。周囲の人たちが感染させないことを徹底し、子どもたちの健康を大切に守っていただきたいと考えています。

(図版提供:森内浩幸)

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ヘルシスト 282号

2023年11月10日発行
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